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3.5

 サイラスの執事から手紙らしき四つ折りの紙切れを渡されたわたしは、小用にかこつけて席を外した。


「まさかラブレター……なんてまさか」


 ――そんなロマンスじみたことは欠片も期待していないわたしだ。

 けど、今までなんの接点もなかったあの執事が突然こんなものを寄越してくる。わたしにはその理由が思い浮かばない。


 外に出たわたしは疑問に思いながら、その手紙を開いた。すると、そこにはただ一言。




 ――アン元殿下を守れ




「は?」


 わたしは眉をひそめた。


 アン様を守れ? そんなの言われなくたっていつもやっている。

 実は、アン様は王女時代からどういうわけだか他の御兄弟と比べて極端に使用人の数が少なく、メイド衆がアン様の護衛を兼ねることも珍しくなかったのだ。


 わたしみたいな平民の娘が王女(アン)様に仕えていられるのもその辺の事情が絡んでいるのだけど、あの執事はそう言う背景を知った上で、こんな警告を?


「当然知っているに決まっているだろう。あまり見くびらないで欲しいもんだな」


「うわっ!?」


 背後からの声に、わたしは飛び上がった。


「まったく。開演前で忙しいだろうと気を利かせてやれば、ノコノコと席を外すとは……いや。まあ結果的にはその方が好都合なんだが……」


 執事だった。

 いつだってサイラスにべったりのはずの執事が、珍しく一人でいる。


「あの……ちょっとこれ、どういうことです?」


 わたしは尋ねた。

 ふふんと嘲笑するようなしぐさを見せた執事にちょっとイラっとはしたものの、そんなことでいちいち突っかかっていたらメイドは務まらない。


「どうもこうも、アン元殿下が狙われているから守ってやれと言うだけの話だ」


「え? え? え?」


「……やれやれ」


 言われていることをすぐには理解できなかったわたしに、執事は肩をすくめた。


 ◇◇◇


「院長がアン様の命を狙ってる? ちょっと信じられないわね。だってあの院長よ?」


「なら信じなきゃいい」


 せっかくの忠告を信じようとしないわたしの言葉を、執事はあっさりと肯定した。


「俺はアンタの上役じゃないからな。あんたの考えなんてどうでもいいからやれなんてことは言えないし、言う気もない。もっとも、あんたが信じようが信じまいが事は必ず起こるんだが」


「……どうしてわたしに?」


 投げやりなくせに説得力がある。執事の言葉を信じたくなったわたしは尋ねた。


「それはあんたには関係ない。俺個人の都合という面が大きいな。俺は別に無宿を厭うような人間じゃないが、それでも今の生活がそれなりに気に入ってるんだ。その生活を守るためにはアン元殿下が健在が必要。それだけさ」


「……」


 わたしは執事の口ぶりに胡乱な目を向けた。

 これがあのサイラスの執事なの? サイラスの後ろに控えていた姿からは想像もできない変貌ぶり。


「ま、どうするかはあんたが決めればいい。演劇会なんて所詮は茶番なんだろう? 中止に追い込もうが、決行の上で守ろうが結果がすべてだからな」


「あなた……何者なの?」


「俺は五摂家筆頭ヘーゼル家御嫡男様の執事。それだけさ。もっとも、主のいない所じゃ少しばかり行儀が悪かったりもするけどな」


「……そう」


 嘘吐きめ。

 こいつからは昔のわたしと近い臭いがする。わたしの嗅覚がそう告げていた。


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