プロローグ 2 王女とフィアンセ(2)
サイラス様は語った。アン様がクビになるその理由を。
一つ。その髪容が、王女としての品格に欠け、奇妙なものであること。
一つ。その言動が、王女としての知性に欠け、聞く者を困惑させるものばかりであること。
一つ。その行動が、王女としての自覚に欠け、接する者を増長させるものであること。
「――他にもお前について耳に入ってるが、大きいところで言うとこの3つだ」
長ゼリフの果てにその理由を告げ終わったサイラス様が締めくくると、この場に居合わせた者は皆一様に黙り込んだ。
(ふーん。そういうことね)
冷めた目でサイラス様のことを見たわたしは、一応言われたことの是非を考えてみた。
まずは髪容。
アン様の髪は動きの邪魔にならないよう短くまとめられて、活動的なアン様にとてもマッチしているものだった。
動くたびに銀色の髪がふわっと揺れて、わたし個人の感想を述べさせてもらうなら「ちゅき」の一言に尽きる。
けど、人によってはまさか王女がその身分に有るまじきショートヘアーにしているなんてと思うだろうし、だから受け入れられないこともあるだろう。
次に言動。
アン様は良く喋る。そしてその言葉はハキハキと明朗快活で、遠くまでよく通るものだった。
その愛らしい声はまるで天上世界の歌曲を聞いているみたいで、わたし個人の感想を述べさせてもらうなら「だーいちゅき」の一言に尽きる。
けど、人によっては言い回しが芝居がかっていると感じるかも知れないし、だから受け入れられないこともあるだろう。
最後に行動。
アン様は王女でありながら、直接民の声を聴くことを好む実践派だ。
アン様は、何かにつけて市井に繰り出しては身分の上下、仕事の貴賤に関係なく市民と接していて、わたし個人の感想を述べさせてもらうなら「狂おしいくらいにちゅき」の一言に尽きる。
けど、人によってはいかがわしい人物とも交わろうとする節操のない王女と感じられるだろうし、受け入れられないこともあるだろう。
(はあーなるほど……)
わたしはサイラス様の告げた理由に感心した。
こうしてみると、聞かされた理由は侍女のわたしから見ても、ぐうの音も出ないぐらいに心当たりのあるものばかり。
さすがにこれだけ揃えば、お咎めの一つぐらい貰ったって当然のような気もする。
だけど警告もなくいきなりクビって言うのはどうなんだろう。
「まあ色々言ったが、何よりも決め手になったのがお前の魔法だよ」
わたしが理由を一つ一つ精査して納得していると、サイラス様はこれこそが本命だとばかりにビっとアン様を指差した。
「王族と言えば五大元素のすべてに素質があるものだろう? だが、なんだお前は?
王族にもかかわらず、すべてどころか一つも使えないときた! 何故だ?」
アン様に向かって突き付けたサイラス様の指先に、小さな火がボっと灯って、そして消える。
今、彼が見せたのが魔法。
王族と、五摂家筆頭・ヘーゼル公爵家の人間のみがその素質を持つとされる五大元素〈火〉の魔法だった。
◇◆◇
魔法――それはこの世界で、貴族と平民を分ける根拠となる超常の力。
貴族は魔法が使えて、平民は使えない。それがこの世界の決まり。
一口に魔法と言っても、中身を覗いてみれば実にさまざまな属性がある。
有名なところで言えば、今サイラス様が見せた〈火〉に代表される五大元素の――木、火、土、金、水――
他に確認されているだけでも、魔法属性は無数にあるのだけれど、特にこの五つに関しては、天地万物の変化循環を象徴する高位の属性とされ、それを操れること自体が権威の象徴にもなっていた。
そしてこの国の王家と、政務を牛耳る五摂家とは、つまり五大元素を操れる血筋のことだった。
でもアン様は王族であるにもかかわらず、どう言うわけだかこの五大元素魔法どころか、どれ一つとして使うことが出来ないようで――
◇◆◇
「なあ教えてくれ。何故お前は五大元素魔法がどれ一つとして使えないんだ? いや、それどころか魔法自体まったく使えないじゃないか。魔力の内包は確認されているとのに、何故なんだ?」
彼の詰問に、ピーンと張りつめた空気が漂っていた。
「そりゃあな。本来ならオレだけはどんな時でもお前の味方であり続けるべきだとは思うさ!でもこれだけひっきりなしに陳情が上がってくるようじゃ、責任ある五摂家筆頭家の人間としては、何かしらのけじめをつけざるを得ない」
サイラス様は悲喜交々の長ゼリフを吐くと、沈痛そうに振舞った。
「なるほど。で、そのけじめって言うのが、『Fired』と言うわけかい?」
「ああ。お前は本日付けですべての公務から外され、無役になる」
そう告げられたアン様は、諦めてしまったかのように、やれやれと首を振ると紅茶を一口飲んだ。
「ところでサイラス。今日は実にいい天気だと思わないかい? 出来ることなら、こんな日ぐらいは公務など休んで、のんびりと散策にでも出かけたかったよ」
アン様は、眩しそうに庭の景色を眺めていた。
◇◆◇
(ふうん……公務から外れて無役に、ねえ?)
ただ見守ることしかできないわたしは、二人のやり取りをできる限り冷静に眺めていた。
王女であるアン様の公務と言えば、当然王女であることだ。
(なのにクビって?)
意味が分からない。
王女って血筋でしょ? なのにクビになれるものなの?
もしかしたら、これは事実上の王籍除籍勧告なのかも。
でも、いくらアン様が王族にしてはちょっとおちゃめなところがあるからって、たったそれだけのことで除籍までされるなんてことあるものなんだろうか?
「で、では……主人は、アン様はどうなるのですか!?」
貴人たちが貴人らしく独特の間を入れていると、口を挟んできたのは一人の使用人だった。
その人はミセス・アラン――王女に仕えるメイドたちを一手に束ねるメイドたちのリーダー、婦長様だ。
彼女、ミセスとは言っても実はまだ三十路そこそこの未婚。
この若さで王女付きの婦長だなんて有能さの表れでもあるのだけれど、でも今回ばかりはその有能さも若さに負けてしまったようで。
「なんだ貴様は? 下女如きが貴人同士の話に割って入るな!」
使用人に有るまじき不敬を働いたミセス・アランのことを、五摂家筆頭家のご令息様が見逃すはずがなかった。
「出過ぎたことであることは十分承知しております。ですが、主人の一大事に居ても立ってもいられず……」
「貴様、仮にも王族である主人を言い訳に使うのか? まったくとんでもない使用人がいたもんだな? なら貴様もクビだ! 貴様のような分際も知らんような奴、今すぐここから――」
「いや。待ってくれヘーゼル卿。これはボクの責任だよ」
ヒートアップするサイラス様を止めたのはアン様だった。
「彼女はショックで言葉を失ってしまったボクの代わりに尋ねてくれただけなんだ。――だからすまない。ここはどうか一つボクに免じて彼女を赦してやってはくれないか?」
アン様は怒れるサイラス様に頭を下げた。
一人の使用人のためにそこまでするなんて。控えていたメイドたちがにわかにざわめいている。
「お、おい。何もそこまでしなくても……ま、まあいい……そいつはお前の使用人だしな。そこまでするなら許してやるか……」
貴人としての格の違いを見せつけられたサイラス様は、後ろに控えていた自分の執事に詳細を任せたのだった。
【登場人物とか】
アン王女 ……ローレンシア王国第8王女。ボクっ娘15歳。星彩の花
サイラス ……ヘーゼル侯爵家嫡男。オレ様系18歳。文武両道
わたし ……アン王女のメイド。隠れアン様オタク
ミセス・アラン……アン王女の婦長。アラサー
ローレンシア ……西の方にある小さな島国
【更新履歴】
2024.1. 2 全体修正
2024.1.10 誤用修正
2024. 5. 6 微修正