3.3 サイラスの場合
ここは法務省の某所――
「サイラス様!」
「なんだ騒々しい!」
バスティアンがノックもせずに執務室に入ると、サイラスが苛立ちを見せた。
「ご、ごほうこ……ご報告したいことが――!」
けれど、そんな主人の不快感に気を回せるだけの余裕がないバスティアン。ドアを閉めることすら忘れて、報告を始める。
とんでもない事が起こっている。
たった今、配下の者から受け取ったばかりの報告が、バスティアンをそうさせるのだ。
いつだって冷静すぎるぐらいに冷静なこの執事をここまで焦らせる報告とは、それは――
――アン元王女の暗殺が企画されている――
決してあってはならない報告だった。
サイラスの命令で、あの胡乱な修道院長を探っていたら、予期せずそんな情報に突き当たってしまったのだ。
しかしただの暗殺計画ならば、バスティアンがここまで動揺することはなかっただろう。
アン王女はああ見えて敵の多い人物だったし、幼少のころより裏の世界を見てきたバスティアンにとって、人の生死などはそれほど価値のあることではないからだ。
そんなバスティアンを動揺さえたのは、その首謀者があまりにも予想外だったからなのだ。
宮内省。
そして、第9王女・リリー。
それがバスティアンが掴んだ首謀者たちの名だ。
法務省のトップですら手も足も出ない超大物だ。
王統の恒久的継続に心血を注ぐはずの宮内省がなぜ?
半姉妹とは言え、アン元王女とは特に仲が良かったはずの第9王女がなぜ?
疑問はある。誤報の可能性もある。
しかし、その疑問を解消するために時間を費やし、結果、事が防げなかったのでは本末転倒だ。
「サイラス様。大至急ご報告したいことが――」
バスティアンはふっと息を整えると、報告を始めた。しかし、
「待て。貴様、入室の際にノックもせず、そして開けたドアも閉めず、オレの不快にすらお構いなしに報告を始める気か? それだけの価値のある情報なんだろうな?」
「はい」
睨み付けてくるサイラスに真正面から答えるバスティアン。そして続きを述べる。
「申し上げます。以前指示のあったアボット修道院長の身辺を洗っていて判明したことなのですが、アン元王女に対して、あんさ――」
暗殺。その言葉を、バスティアンは寸でのところで呑み込んだ。
もし今、自分が配下の者から受けた報告そのまま報告したとして、この主人は、どう動くだろうか?
この、態度だけは無意味にツンツンなくせに、内心ではアン元王女のことが好きで好きでしょうがないこの恋愛観クソガキ主人が、冷静でいられるか?
「えー……アン様に関してなのですが……あー……」
そこに気付いたバスティアンは口籠った。
この主人が、アン元王女の危機を知って大人しくしているはずがない。
相手があの神聖にして不可侵の存在とされる二大巨頭、宮内省と王族だろうと、お構いなしに噛みつくだろう。
(いやまあ。最悪、こいつがどうなろうと知ったこっちゃないんだが……)
その結果サイラスがどうなろうとそれは自身の蒔いた種。
しかし、宮内省と王族に楯突いたとなれば、その配下であるバスティアンにも当然咎が及ぶわけで。
「――この度、修道院の主催でチャリティーイベントが開催されることになったのですが、その一演目の主演に、アン様が抜擢されたようです」
「なんだとっ!? それは本当かっ!?」
とりあえずはこれでいい。
ガタッと椅子を倒して立ち上がったサイラスに、バスティアンはうなずいた。
【登場人物とか】
アン王女 ……ローレンシア王国第8王女。ボクっ娘15歳。星彩の花
サイラス ……ヘーゼル侯爵家嫡男。オレ様系18歳
ミセス・アラン ……アン王女のメイドを束ねる婦長。しっかり者系三十路
アボット ……ノースケイプ修道院の院長。小太りの中年
エラ ……アン王女のメイド。わたしちゃんの後輩
オリバー ……孤児。倉庫の幽霊の正体だった
わたし ……アン王女のメイド
バスティアン ……サイラスの執事。腹黒系
ローレンシア ……西の方にある小さな島国
ノースケイプ修道院 ……ローレンシアの最北端にある修道院
タイトルについて……ん???