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A gohst in the warehouse(1)

「満月の晩になると倉庫にゴーストが出る?」


 アン様がそんな疑問を発したのは、満月の夜の翌朝、ミセス・アランが不在にしている時のことだった。


「それってどういうことだい?」


 そんな突飛(とっぴ)な話を持ってきた院長にアン様が尋ねる。


「それがですね……満月の晩になると倉庫に保管してあった物資が消えるようなのです」


「具体的にはなにがどれだけ消えるんだい?」


「あ~……正確なところは、ただいま調査中なのですが……食料を中心に……その……インクや紙……あと、キャンドルなどが消えるようでして……」


 院長、責任問題に発展するのを恐れているのか、歯切れが悪い。


「それ、いつからだい?」


「いつからとは明確に申し上げられないのですが……その……はっきりと気付いたのは、ごく最近のことでして……」


 院長の目は、やり取りを重ねるごとによく泳ぐようになっていく。


「ふうん……窃盗、かな?」


「と、とんでもない!」


 アン様の言葉に、院長が気色ばんだ。


「倉庫には必ず鍵をかけるよう徹底させております! 昨夜だって鍵はちゃんとかかっていたのです! 窃盗だなんて、そんな……とんでもないことで!」


「でも窃盗じゃないとなると、なにが原因なんだい?」


「は? や……それは……その……」


 意見を求められた院長は、またうつむいた。


「……分かったよ。詳細が分かったらまた報告してくれたまえ」


 アン様が了承すると、院長は逃げ出すように退出した。


 ◇◆◇


「『倉庫のゴースト』、か……うう~ん。これはなかなか面白くなってきたねえ」


「面白い、ですか?」


 院長が行ったあと、そんなことを言うアン様に、わたしは怪訝な顔をした。


 院長は「消える」とか言ってたけど、どうせ窃盗に決まっている。

 そしてアン様もそう考えているはず。そんなことが面白いだなんて、本気?


 あ。でも、舞台演劇のダイナミックで情熱的な世界観に魅入られて久しいアン様のこと。「義侠心に駆られた義賊。修道院に盗みに入る」なんてエピソードを連想してしまったとか、そういうことなのかも知れない。


(あーそう言うの、いかにもアン様好みの展開よね……)


 わたしは困った。もし本当にそうなら、ちょっとマズい事態だ。

 だってこのままだと、アン様は、「ならばボクが探偵となり、この事件を見事解決して見せようじゃないか!」とか、言い出しかねないのだ。




「ボク、ちょっと思い付いたのだけど――」


「ダメです。それは承知できません」


 わたしはアン様が言い出す前に提案を拒否した。


「おや? ボクまだ何も言っていないけど?」


「聞かなくても分かりますから」


 心外そうなアン様に、まるでミセス・アランみたいな返事のわたし。


 原則的に、アン様のお気持ちは是も非もなく尊重するわたしだ。けど、それにだって例外はある。

 それは、アン様の身に危険が及ぶと判断した時。

 だから今回みたいな、分かりやすく危険が伴いそうな探偵ごっこなんて、承知できるわけがない。


 わたしは、そのことをアン様に伝えた。

 するとアン様、計画を看破されたにもかかわらず、手を叩いて喜び出して――


「あっはっはっ! 大正解だよ。ホント、凄いよねキミ。ボクの考えはいつでもお見通しじゃないか!」


 アン様はご満悦だった。


「でもそう言うことなら話が早い。早速、今夜から作戦を開始して――」


「だからダメですて」


 わたしの否定をなかったことにしようとするアン様と、それでもアン様の話に乗らないわたし。

 何度でも言うが、アン様の身に危険が及ぶようなことは絶対にダメだ。


「うう~ん……どうしてもダメかい?」


 アン様が、残念そうにわたしを見た。

 それはまるで、ご主人様に構ってもらいたくてしょうがないワンコみたいな眼差し。


 ええっ!? なにその愛らしい表情!? そんな顔されたら――


「……っ! ダメです! ……万が一ってことがあるでしょう? そんな危険なことをさせるわけにはいきません」


 わたしは心を鬼にして言った。


「それにですよ? わたしたちには財務改善(すべきこと)があるじゃないですか? 今年度中に結果を出さないといけないのに、そんなことに関わってる場合ですか?」


「あ。うーん。それは勿論そうなのだけど……」


 わたしの指摘に、アン様はしょんぼりと肩を落とした。


「……確かにキミの言う通りだ。今のボクたちには使命がある。しょうがない。諦めよう」


「はい」


 アン様の様子に、心がチクッとしたわたしは、それでもほっとした。

 ここでもしアン様が、「それでもやる」なんて言い出したら、わたしには止める術がない。


「でも残念だよ。キミのような頼れるメイドが相棒(バディ)を務めてくれれば、さぞロマンチックなドラマが生まれただろうに」


「え?」


 わたしがアン様の相棒? ――思わぬ大役を任されるはずだったと知ってしまったわたし。急に惜しむ気持ちが湧いてくる。

 するとアン様、そんなわたしの気持ちを察したのか、おもむろに立ち上がって、


「そう。例えばこんなのはどうだい――?」


 ◇◆◇


 首尾よく盗賊一味を追い詰めた探偵。

 けれど、「好事(こうじ)()多し」とはよく言ったもの。一瞬の油断を突かれた探偵は、相棒を人質に取られてしまう。


「く……なんて卑怯な! 彼女を離せ!」

「へっへっへ。それはそっちの出方次第よ。さあ、どうする探偵さんよ? このまま見逃してくれるってんなら、それでよし。さもなきゃあ……」

「待てっ! 助手くんには手を出すな!」

「探偵様! わたしはどうなってもいいの! この者たちを捕らえて! この修道院に平和を!」

「テメエっ! 余計なこと言うんじゃねえっ!」

「キャア――!」

「相棒君っ!」


 さあどうする探偵?

 悪を倒し正義を顕すため、相棒を犠牲にするか?

 何物にも代えがたき相棒への愛情のため、この邪悪を見逃がすか?

 正に究極の選択。


 ◇◆◇


「……ごくり……」


 わたしは、アン様の熱演を固唾を飲んで続きを待った。

 探偵はどっちを取るんだろう?

 正義? それとも、愛?

 ああでもでも。そもそも人質に取られた相棒って、要はわたしのことなわけでしょ? だったらもう、愛一択にしかならないわけで――


「何をバカなことを」


「うひゃあっ!?」


 突然背後からかけられた冷水のようなセリフに、わたしは思わず飛び上がった。


「え? あ。ミセス・アラン!」


「おや、ミセス・アラン。今帰ったのかい?」


「ええ。ただいま戻りました。それにしても、今のお話、一体なんなんです?」


「ああそれかい。いいところに来たね。実は――」


 興が乗ってきたらしいアン様は、ミセス・アランにもこの話の続きを聞かせた。


【登場人物とか】

アン王女      ……ローレンシア王国第8王女。ボクっ娘15歳。星彩の花

サイラス      ……ヘーゼル侯爵家嫡男。オレ様系18歳

ミセス・アラン   ……アン王女のメイドを束ねる婦長。しっかり者系三十路(アラサー)

アボット      ……ノースケイプ修道院の院長。小太りの中年


わたし       ……アン王女のメイド

バスティアン    ……サイラスの執事。腹黒系


ローレンシア    ……西の方にある小さな島国

ノースケイプ修道院 ……ローレンシアの最北端にある修道院


タイトルについて……倉庫の幽霊。「phantom(ファントム) inventory(インヴェントリー)」のこと。


【更新履歴】

2024. 6.28 新月の夜から満月の夜に変更

2024.10.11 誤字修正、微修正


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