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好者、邪多し(サイラスの場合)

「本当によろしかったので?」


 修道院からの帰り道。車窓から外を眺めているサイラスに尋ねたのは、彼の忠実なる執事ことバスティアンだった。


「なにがだ?」


 苛立ちを執事に向けたサイラス。


 虚栄。後悔。不満。

 溜め続けた感情が滲み出ているらしいその視線は、並の者ならすくみあがって――


(――て、この光景……以前にもあったな)


 バスティアンはそんなことを思い出しながら、口を開いた。


「このまま王都に帰ることについてです。サイラス様が多忙であることは重々承知しておりますが、ここで一泊したところで、スケジュールに影響はないように思うのですが?」


 バスティアンは思った。

 先ほど、サイラスはアン元王女に「ここまで往復五日。その上一泊できるほどヒマじゃない」なんて言っていた。が、実は彼らには一泊するぐらいの余裕はあったのだ。


 その理由は簡単。サイラスたちが王都を出てから、実はまだ二日と経っていなかったから。


 サイラスが法務省に届け出た休暇日数は五日で、ノースケイプと王都までの往復日数も、ほぼ同じ五日だ。

 けれど、一体なにがそうさせたのか? とにかく彼は、ここに来るまでの間、御者にも馬にも、そして自分自身にすらもほとんど休憩を許さずに、ここまで駆け通させていたのだ。


 だから、本来取るべきだった休憩分を今ここで消化したとしても、特に支障はないはずなのだが……


 しかしその意見を聞いたサイラスは、急にムッツリし出し、


「スケジュールに影響はないだと! そんなことは言われなくても分かっている!」


 サイラスは、余計な口出しをする執事を一喝した。




 分刻みのスケジュール。――それはサイラスにとって、避けては通れない宿命だった。

 なにしろ彼は摂政家の人間で、いつか来るであろう摂政の座に就いた時に備え、日頃からこういった厳しいスケジュールに慣らされているのだ。


 けれど、それは裏を返せば、前倒しして空いた時間は自分の時間として確保できると言うこと。

 だからバスティアンは、今回の強行軍も、アン元王女との時間を取りたいがためにそうさせたのだ。と、解釈していたのだけど……




「失礼いたしました。差し出がましいことをいたしました」


 近ごろの主はどうもご機嫌斜めだ。バスティアンは頭を下げた。


 しかしバスティアン、サイラスがイライラしてばかりしているその理由に心当たりがある。


(何をキレてんだよ? 折角アン様が部屋を用意してくださるとおっしゃったんだ。それを断ったのはテメエ自身じゃねえか)


 バスティアンは思春期男子を見るような目で、サイラスを見ていた。


 この主のこと。どうせ彼女が「泊って――」なんて言うものだから、つい反対のことを言い出してしまったんだろう。


 バスティアンは知っている。

 この主。巷では駆け引きにも長けた稀代の政務官として通っているが、実は全然そんなことはないということを。

 今回のことだってアン元王女と一緒の時間を確保したいのなら、ここで一泊する以外の選択肢なんてないことぐらい分かっているだろうに。

 相手に好意を気取られたら負け、とばかりに逆張りばかりしている。


(そういうのはだいぶ前に卒業してなきゃダメだろ。大体お前、そのやり方でアン様と上手く行くビジョンが見えてんのか?)


 どこまで行ってもガキだ。

 バスティアンは、ちっとも成熟していない主の恋愛観に不安を感じずにはいられない。


(ま、いいさ。こいつの恋路がどうなろうが俺には関係ないことだ。せいぜい俺を楽しませてくれよ)


 こうして、バスティアンの主への忠誠心は、どこか微笑ましい感じになってゆくのだった。




 ◇◆◇




「なあ」


 馬車がノースケイプの門前町を出てしばらく。サイラスからの呼びかけに、それまで微睡(まどろ)んでいたバスティアンは目を覚ました。


「――どう見えた?」


 またか……――前回と同じようなタイミングで振られた相談に、微睡みを邪魔された不快さを表に出さないよう気を遣うバスティアン。


 どうもこうもない。どうしてこの主は、アン様を前にするとああも傲慢なやつになってしまうんだ?

 もっと普通に接してれば、好かれたの嫌われたのと一喜一憂する必要もなくなるだろうに。

 でもまあ、前回の忠告をちゃんと聞き入れて、事前に先触れを出したのは、間違いなく加点要素だろう。


「そうですね。これまでと異なり、先触れを出されたことは先方にも喜ばれたと思います。しかし、前回も申し上げましたが、私の如き者が、主人の良し悪しを評するなど許されないことで――」


「何を言ってるんだお前は?」


「は?」


 サイラスの言葉に、バスティアンは口を噤んだ。


 恋愛相談じゃないのか? 前回とほぼ同じような流れでここまで来たのに。

 しかしそうなると、サイラスの言う「どう見えた?」とは、一体何を指しているのか。


「院長のことだ。お前にはあいつがどう見えた?」


「は。そうですね……」


 あらためて尋ねられたバスティアンは、すぐに頭を切り替えた。


 あの院長。アボットとか言ったか。

 出自はいいらしいが、どうにも品が感じられなかった。個人的には好きになれないやつだ。

 だがそれはどうでもいい。どうせ主も、そんな個人的な感想を聞きたいわけじゃないだろうし。

 主が尋ねているのはおそらく……




「これと言った証拠はございませんが、どうも裏があるように見受けられます」


 あれは信用に(あたい)しない。バスティアンは思った。

 とは言え、あんなに分かりやすく腹の内が見え隠れするやつも珍しい。「それでは話が(ちが)――」なんて言っていたのを聞き逃さなかったのはバスティアン一人じゃないはずだ。

 あんなセリフが出て来る時点で、我々の知らない裏があることは明らかだろう。


「お前がそう言うのなら、任せる。いいな?」


「御意に」


 急に降って湧いた仕事に、バスティアンはニヤリと笑った。


 そうだ。自分のような者が、これほどの貴人に仕えられているのは、こういう時のためだ。

 決して……そう。決して、ままごとの延長みたいな主の恋愛を指導するためじゃない。


 バスティアンは、ここのところだだ下がりだった主の評価を上方修正した。


 の、だが――


「だが、そうだな……確かにお前の言う通りだ。今日は先触れを出したせいか、いつもより歓待された気がするな……どうだ? もっとここをこうした方がいいとか、思うところがあれば遠慮なく言ってみろ」


「……」


 やっぱりコイツはダメだ。バスティアンは主の評価を再度下方修正した。


【登場人物とか】

アン王女      ……ローレンシア王国第8王女。ボクっ娘15歳。星彩の花

サイラス      ……ヘーゼル侯爵家嫡男。オレ様系18歳

ミセス・アラン   ……アン王女のメイドを束ねる婦長。しっかり者系三十路(アラサー)

アボット      ……ノースケイプ修道院の院長。小太りの中年


わたし       ……アン王女のメイド

バスティアン    ……サイラスの執事。腹黒系


ローレンシア    ……西の方にある小さな島国

ノースケイプ修道院 ……ローレンシアの最北端にある修道院


タイトルについて……色事を好む人には、邪な誘惑が多いと言うこと。


【更新履歴】

2024.6.15 少しだけエピソード追加&微修正


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