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プロローグ 1 王女とフィアンセ(1)

 プロローグ


 これは、むかーしむかしのものがたり。


 とある大陸から海を挟んだローレンシアと言う小さな島国に、それはそれは愛らしい王女様がおりました。


 しかしその王女様、他の兄弟たちとは違い、ほんのちょっとだけ変わったところがあって……




 ◇◆◇




You’re(お前は) fired!(クビだ!)


 一介のレディースメイド(侍女)に過ぎないわたしがその言葉を聞いたのは、午後の穏やかな日差しが瞼を重くするガーデンテーブルで、主人の介添えを務めている時のことだった。


「どうした? 驚いて声も出ないか?」


 そう言ってニヤリと不遜な微笑を見せる美形の青年は、何の予告もなく突然やって来たお客人様。

 彼は呼ばれもしないのにノコノコとやって来ると、誰憚ることもなくお茶の席に同席していたのだ。


(ハァーアーア……)


 わたしは心の中で長~いため息を吐いた。

 ただでさえ前触れなしの来訪で迷惑だって言うのに、なんだその言い草は?

 無礼にもほどがある。


 しかし、そうは思っても今のわたしはしがないただのメイド。

 相手がどんなに不躾で失礼な輩に見えたって、主人のお客人である以上、ホウキでバシバシっと叩き出したりするなんて許されるはずがない。


 そうしてわたしがイライラしていると、それまで紅茶の香りなどを優雅に楽しんでいた主人が口を開いた。


「驚いたかって? いいや、別に驚きはしないさ。ただ、ボクにはどうしても話が見えてこなくてね。申し訳ないが、どういった経緯でボクがクビ(・・・・・)になるのか、そこのところを教えてはもらえないだろうか?」


 その様子は、お客人様とは対照的だった。


 どこまでも優雅で洗練された所作。

 ふんわりと短くまとめた銀の髪が庭園の景色によく映える。

 もう何もかもが気品の塊だ。


(でゅふっ! ボクっ娘のくせにかわちいとかホンに溜まらにゃ……――おおっと)


 思わず変な声が出そうになっていたわたしは、それとなく周囲を見回した。


 ……うん。どうやら、わたしに注目してる人はいなさそう。

 どうやら大丈夫だったらしい。


 一安心したわたしは、あらためて主人と同じ空気を吸えるこの幸せを堪能する。


(いや~それにしても溜まりませんにゃ~~。高貴なお人ってのはやっぱりこうでなくちゃ)


 そう。わたしの主人は貴人だ。

 それもそこらの成り上がりどもとはわけが違う、極上の貴人。



 ◇◇◇


 わたしのご主人様の名前はアン=シャーロット様。花も恥じらう15歳。

 ローレンシア王国が誇る星彩の花、第8王女アン=シャーロット・オレアリー殿下とは彼女のことだった。


 ◇◇◇



「経緯を教えろ? ハハハッ! どうしてこのオレがそこまでしてやらなければならん?」


 せっかくアン様がその愛らしいお口を開いて、事情を説明するよう要望してくださったと言うのに、あろうことかこのお客人様はその僥倖に感謝するどころか、ますます増長した。


「そう言わずに頼めないだろうか? キミに振られてしまったらボクは何も分からないまま市井に放り出されてしまうのだよ?」


 アン様は最後にちょっとだけ首をかしげて見せた。


(ほぅあぁ!? そ、それはぁっ!? ああっ!! アンしゃまそれはいくら何でも尊すぎましゅよぅ!)


 決してへりくだるわけでなく、それでいて相手の心を絶妙にくすぐってくるアン様の仕草の何と尊い事か。

 ああ……今悟ったわ。わたしの人生はこの日のためにあったんだ。


 するとお客人。アン様のあまりの尊さに胸を打たれたのか、やおら態度を軟化させて、


「……ま、そこまで言うなら教えてやらんでもないが」


 お客人様はもったいつけたようにアン様の要求を受け入れた。


「だが今さら理由を聞いたところで撤回の余地があるとは思うな。この処分は宮内省が主導し決めたことだ。そして宮内省が一度決めたことについて、決定が覆された前例はない」


「勿論。すべては承知の上さ」





 しかしなんなんださっきからコイツの態度は? アン様は王女様だぞ? ――わたしは彼のことを睨んだ。


 傲岸不遜とは彼のことか?

 嗚呼……願わくば、彼の椅子の脚が今すぐにバキッと折れて、無様に転んでしまいますように。


 ――とは言え、彼がアン様に対してこんな態度を取れるのにもそれなりの理由がある。

 なにしろこのお客人様もまた貴人。それも主人と同格……いや。人によってはそれ以上の存在として見る向きもあるぐらいに立場のあるお方だったのだから。


 ◆◆◆


 ただでさえこちらの都合を無視して来訪してきた上に、クソうざってえ態度でアン様に接しているのこのお客人様の名はサイラス。18歳。

 この国を支配する五つの摂政家、その筆頭格たるヘーゼル侯爵家の次期当主にして、アン王女のフィアンセ、サイラス・ヘーゼル卿とはこの人のことだった。


 ◆◆◆


「オレは栄えあるヘーゼルの家を継ぐ男。であればこそ、オレは幼少の時から様々な大人たちと交わり、信頼を築き上げてきた」


 サイラス様は何を始めるにも、まず自らの出自を誇ることから始める人だった。

 すると、その言葉に反応したアン様は、


「ああ、そのことなら当然ボクも知っているよ。なにしろボクはキミのフィアンセ。キミのことはすべて承知しているからね。

 キミはサイラス・ヘーゼル卿。18歳。

 五摂家筆頭ヘーゼル侯爵の嫡男にして不世出と噂される若手期待の星さ。

 類稀なその容姿と、目標達成のためには手段を選ばないその性格は、公務に携わるようになってまだ一年だと言うのに、もはや宮中で知らぬ者はないほど。

 あとは……そうだね。他にもキミに関することなら色々知っているけれど……どうだろう? もっと聞いてみるかい?」


「あ、ああ……そうか。いや、いい……」


 自分が言うはずだったことを全部言われたサイラス様は狼狽えた。

 しかしまあそれも無理はない。

 だって彼にしてみたら、ちょっと自分語りをしようと思ったら、機先を制された上にこれだけの内容が語られるんだもの。


「と、とにかく! オレは昔から実力も立場もある人間だから、王宮内じゃまだ若輩と言えど、任される仕事も多いんだ!」


 サイラス様は語気を強めた。

 きっと主導権を取り戻したいんだろう。


 けど、主人にとってはそんなサイラス様の態度もすっかり慣れたこと。だからそんな怖い顔したところで通用するはずもなく。


「だろうね。しかしそれは王女たるボクにも言えることさ。

 さすがにキミには及ぶべくもないだろうが……ほら、見てみたまえよ。あそこに積みあがっている書類の山を。

 ――あれだけの量を今日中に決裁しなきゃいけないなんて、まったくこれも仕事とは言え、本当につらいものだねえ」


「ああ、うん。そうか……」


 とうとうサイラス様は黙りこくってしまった。


 それを見ていたわたし、ざまぁと思うと同時に彼への同情も禁じ得ない。

 アン様は何と言うかこう……ちょっとだけ喋り過ぎるのだ。

 こっちが一言発すれば、その倍以上の言葉が津波のような勢いで返ってくる。これじゃサイラス様がどれだけ頑張って喋ろうとしても、意気を削がれると言うもの。


「なあ……オレは世間話をしに来たんじゃないんだが? お前、本当にオレの話聞く気あるのか?」


 案の定、心を挫かれていたサイラス様はどこかしょんぼりした感じになってしまっていた。


「おや、これは申し訳ない。つい興が乗り過ぎてしまったよ。いや、本当にすまない。どうもボクはキミが相手だと、はしゃぎすぎてしまうきらいがあるようだから」


「ま、まあそれはいい……とにかく。お前がクビになる理由だが――」


 気を取り直したサイラス様は、今度こそ主人がクビになる理由を語ったのだった。


【登場人物とか】

アン王女  ……ローレンシア王国第8王女。ボクっ娘15歳。星彩の花

サイラス  ……ヘーゼル侯爵家嫡男。オレ様系18歳。文武両道

わたし   ……アン王女のメイド。隠れアン様オタク


ローレンシア……西の方にある小さな島国


【更新履歴】

2023.12.28 全体修正

2024. 5. 6 微修正


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