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短編

悪辣女神のひまつぶし

作者: 猫宮蒼



「なんで……? だって絶対上手くいくって思ったのに」


 呆然とする少女に、女神は思わず鼻を鳴らした。


「本気でそう思ってたんですか? おめでたいですねぇ」


 そう、思わず現実を叩きつける。


「……知ってたの? 上手くいきっこないって」

「むしろ何故上手くいくと思ったのですか。折角明晰な頭脳を与えたのにそんな事もわからなかったなんて……与えた才能をここまで無駄にされるなんて思いもしませんでしたよ」


 呆然とする少女に、しかし女神は何の感情も湧きあがらなかった。これでこちらの予想を超えてくれれば面白かったのに、驚く程に予定調和だったからだ。



 暇を持て余していた女神は、とりあえず適当な魂を自分の世界に転生させてみようと思い立った。

 異世界転生した事に気付いた人が新たな世界で奮闘する様を見るのも楽しいが、あえてこれから異世界転生をしますよ、と教えた相手がどういう行動をとるかに興味を持ったのだ。

 前にも似たような事はしたけれど、正直あまり面白い結末にはならなかった。

 けれども人はその数だけ個性がある。もしかしたら今回は面白い結果になるかもしれない。そう、無駄ではあるだろうけれど期待したのだ。


 己の実力のみでのし上がる様を見るのも楽しいが、今回は転生特典を与えてみる事にした。

 こちらで適当に決めた能力でもいいが、上手く使いこなせた試しが今までなかったので相手の希望を聞く形で。


 その結果、今回異世界に突っ込む予定の少女は明晰な頭脳と、誰が見ても非の打ちどころのない美貌を希望した。まぁありきたりなステータスである。女神からすればちょちょいのちょいで付与できる。

 とはいえ、この時点で女神は先が見えてしまった。

 そのせいで始まる前からテンションが下がっていたのだ。実のところ。


 転生した少女は生まれた時からその愛くるしさと年齢の割に賢い頭脳で家族から愛されて過ごした。

 年を重ねるごとに愛らしさは美しさへと変化し、またその頭脳も賢さに磨きがかかっていった。

 傍から見れば完璧なる勝ち組人生を送っている女である。


 幼い頃から年を経ても変わらぬ美。それはこの先の未来でも続いていくのだろうと思われた。

 幼少の頃より抜きんでていた智。年を重ねる事にそれらは洗練されていった。


 美しさで周囲の視線を掻っ攫い、そしてその頭脳で家の、ひいては国の繁栄に貢献するのだろう、そう思われていた。



 少女の前世は一言で言うならばパッとしない人生であった。

 見た目は普通。いや、どちらかといえば中の下か下の中あたり。あまりのブサイクさに周囲が二度見してくるほどではなかったが、人の記憶に残らない程度の顔立ち。化粧などで顔面を盛ればいくらか見れるものになったかもしれないが、そういった事を少女はやってこなかった。

 勉強もそこまで好きではなかったからこそ、成績もパッとせず。

 学校のクラスの中での立ち位置は、正直下から数えた方が早かった。

 虐めにあうような事もなかったが、クラスの中で目立つ人物からそんな奴いた? と言われる程度に影が薄い。

 性格も大人しくぐいぐい前に出るタイプではなかったので、親しい友人もほぼいない。故にうっかり学校を休んだ時、休んだ日のノートを見せてくれる友人がいないため、そしてさして親しくもないクラスメイトに頼めるだけの度胸もないため、授業はあっという間についていけなくなっていた。


 要するにまぁ、典型的な、というか割と駄目な方向のぼっちである。



 さて、そんな少女が周囲も羨む美貌と明晰な頭脳を与えられて第二の人生に踏み出したわけなのだが。


 早々に死んだ。


 美人薄命とは言われるものだが、生憎と病気だとかで死んだわけではない。ある意味で謀殺である。

 いっそ病気で死んだ方がまだマシだった。



 ちょっとやそっとの失敗はその愛らしさや美しさでカバーして周囲から甘やかされていた少女は、一言で言うと調子に乗っていた。

 友達同士のふざけあいで可愛くってごめん☆ なんて言ってるくらいなら良かったが、よりにもよって中世ヨーロッパ風の、乙女ゲームを舞台にしてそうな世界観で生まれてよりにもよって調子に乗ってしまったのである。

 身分は決して平等ではなく平民と貴族に分かれた世界。前世でも昔はそうだった、とはいえその時代を生きていなかった少女からすれば、お伽噺の中のような感覚であった。

 身分が高ければ多少調子に乗っていようとも、まだ許されたかもしれない。

 しかし彼女は平民の生まれであった。

 女神は言われた通り美と智という特典を与えはしたが、身分だとかの言われていない部分は一切ノータッチである。


 優秀さを買われ貴族たちが通う学院に特例で入学を許された少女。

 貴族たちの中にたった一人の平民、という図は一昔前の少女漫画の世界のよう。

 そして持ち前の美貌。

 平民同士であってもその愛らしさからちやほやされていた少女は、それが当たり前と思い込み、また前世の価値観のまま周囲に関わってしまった結果、お察しではあるが遠巻きにされた。


 遠巻きにされる程度で済んだうちに、反省しておけば良かったのだ。

 だがしかし少女はそこでポジティブな方向に誤解をしてしまった。


 あたしが可愛いばっかりに皆気後れしてるのね。


 そんなわけない。

 そりゃあ男子生徒の一部はえっ、平民が今年は特例で入学する? 一体どんなのが来るんだろ……という雑な好奇心から思ってたよりも美人な少女がやって来た事で、ちょっとドキッとしたりもした。

 だが平民はあくまで平民である。

 家を継ぐ予定の者は大半婚約者がいたし、平民にしては美人だけど婚約者の方がもっと素敵だ。そう思う者が大半であった。

 後継者になれず、将来的に自分で自分の人生をどうにかしなければならない者だとか、愛人を持つことを許されているような者は目をつけていたかもしれないけれど、少女はそこら辺の暗黙の了解がわかっていなかった。


 友人だとかがいれば、もしかしたら忠告はしてくれたかもしれない。


 貴族社会の常識をわかっていない少女にそれらを教えてくれる誰かがいれば、一応明晰な頭脳を持って生まれた少女だ、理解できないはずはなかった。

 だが、少女は知らず婚約者のいる男性に近づいて、その婚約者からやんわりと注意を受けた時に、

「あたしが美しいばっかりに……ごめんなさい。この美貌に免じて許して」

 なんて言い放ったのだ。調子に乗ってる以外のなにものでもない。


 前世でもロクに友達のいなかった少女は、友達の作り方がいまいちわかっていなかった。

 結果としてその美貌と己の優秀だと思っている頭脳で何でもできると信じて疑っていなかったが、同性から蛇蝎の如く嫌われる事となってしまった。

 過ぎた謙遜も場合によっては嫌味でしかないが、彼女は自らを優秀だと公言して憚らなかったのだ。


 美人で頭もよいなんて今世のあたしって最強ね! そんなノリだった。

 ホントの事とはいえムカつくー! なんてノリで返してくれる友人がいれば状況は変わっていたかもしれない。けれども、貴族令嬢たちはあの平民立場を弁えられていないのね……関わらないでおきましょう。そんな風に距離を取ったのであった。少なくともやんわりと忠告はしたけれど、少女が軽いノリでしか受け取らなかったのも距離を取ろうと思われた原因である。



 いくら優秀な頭脳を持っていたとしても、彼女にとって知らない事は知らないままであった。いくら頭脳が優秀であろうとも、神が如き全知全能というわけではない。あくまでも人としての範疇での優秀さである。

 勿論勉強を学べば前世と比べて圧倒的にするすると理解できるのだが、肝心の対人関係に関しては学ぶ機会がやってこなかったのである。周囲は案外大人の対応をして、こいつとは関わらんとこ……となってしまったのだ。


 だがそれすらも、自分が美人で周囲は気後れしているし、しかもこんな美人で優秀とかそりゃあ尻込みだってしちゃうよね! と恐ろしいまでのポジティブ思考で思い込んでいたのである。

 傍から見ている分にはそこそこの見世物。

 だが、調子に乗っていた少女はそこで素敵な男性を見つけて、前世じゃロクに恋もできなかったけど、今なら美人だしこんな優秀な才女だったら上手くいくんじゃないか。そんな風に思い込んだのである。

 別に世の男性全てが美人で賢い女性以外と付き合わないというわけでもないというのに。


 優れた頭脳を女神によってもたらされたけれど、それはあくまでお勉強をする時に困らないといったものであったり、優れた記憶力だとかであって、これをこうしたらこうなる、というような発想力はそこに含まれてはいなかった。そして少女は想像力だとか発想というものが劣っているとはこれっぽっちも思っていなかったのである。

 前世の記憶があるせい、と言ってしまえばそれまでだった。

 前世で散々見てきた漫画やドラマといったものから得た知識のせいで、固定観念が思った以上にガッチリと存在してしまっていたのである。


 創作物の中の展開など、確かに現実に通じる部分があったとしても必ずしも現実で何もかもが通用するとは限らないというのに。


 少女漫画のヒロインが自称平凡だろうとも読者からすれば充分に美少女である事だとか、行き遅れと言われそうな年齢になりつつあるバリキャリ女性が燃え上がるような恋をしてあっという間に結婚だとか、女性向けのコミックにありそうな展開が、自分にも適応されると思い込んでしまっていた。

 何せ転生する時に女神様から特典として美貌と優れた頭脳を与えられたのだ。ヒロインとしてやっていけるだけのスペックがあると信じて疑っていなかったのである。


 少女は確かにスペックだけなら乙女ゲームのヒロインにもなれただろう。


 例えば学院なのだから少女の頭脳を以てすれば学友を作るにあたり、一緒に勉強会をしないか、なんて誘いをすればもしかしたらそれなりに友人ができたかもしれない。たった一人の平民ではあるけれど、成績が優秀なのは間違いないので。

 けれども少女は。

 前世パッとしなかった事もあって、脚光を浴びるという事に慣れていなかった。

 テストの結果からの学年での成績が貼り出されたりする中で、当然のようにトップをとったのは言うまでもないのだが、そこでまだ少女について関わらないようにしよう、とは思っていなかった令嬢から声をかけられたりもしたのだ。

 凄い。平民って事は家庭教師だとか雇ったりしないんでしょう? それでそんなにお勉強ができるの? 何かこうした方がいい、みたいなのがあったりするのかしら?

 男爵令嬢や子爵令嬢は、当初そんな風に会話の取っ掛かりとして話しかけて仲良くなろうとしていた者もいたのだが。


 今まで平民相手からはちやほやされていたけれど、少女にとってそれは当然のものだった。ゲームで例えるなら低レアキャラばかりの中にウルトラレアな自分がいるのだ。優秀さを凄いと言われるのは当然で――というよりもどちらかといえば見た目の方を言われる事の方が多かったのだが、ここにきて自分よりも身分が上であるというお嬢様方からのそんな羨望の眼差しや言葉は、少女にとんでもない優越感を抱かせた。


「えっ、授業は話を聞いていれば充分理解できるし、教科書を読めば流石にわからないなんて事ありませんよ」


 ゆえに、そんなセリフを吐いてしまったのである。


 確かに漫画だとかでそういった、話を聞くだけ、教科書を読むだけでやたら理解力を発揮する天才キャラみたいなのはいる。現実でもいるだろうけれど、その数は少数だ。

 漫画の中なら別にそういう言動をするキャラがいても特に何も思わないが、現実でそれをやっちゃうとどうなるか。少女はわかっていなかった。

 漫画の中のように周囲が羨望の眼差しを向けて、天才だと褒めそやす――そういう場面しか想像できていなかった。


 しかし実際はそこで反感を買った。


 周囲からの注目を浴びる事で、脳内にどっぱどっぱと麻薬的な成分が分泌されていたのもあったかもしれない。


「まさか教科書読んで理解できないなんて人、いるわけないでしょ。もしいたら、今まで何を学んできたのかって話よね」


 そんな風にも言ってしまったのだ。大いに余計な一言である。


 確かに少女以外の生徒は貴族であるけれど、皆が皆必ずしも家庭教師を雇って幼い頃からバリバリと学べるわけじゃない。財政的な理由からそれが難しく、最低限の学びしかできなかった者もいる。


 謙遜通り越して最早周囲に喧嘩を売っているとしか思えない。

 他にもいらぬ一言をそこそこの場面でのたまった事で、少女は学院に入学してから半年と経たないうちに完全に孤立してしまったのであった。


 自分よりも優れた生まれの人間よりもあたしは優れているから、だから遠巻きにされているのね。

 なんて、とんでもなく能天気な事を思っていたがもし周囲の感情だとか考えだとかがもっとはっきりわかっていたら。

 とてもそんな風に呑気に構えていられるはずはなかったのだ。



 気付いた時には小さな嫌がらせをされるようになっていた。

 声高に被害を訴えようにも、嫌がらせはとても些細なもので。

 ともすれば気のせいではないか? と言われてしまうようなもの。


 例えば教科書がいつの間にやら机からなくなっていた。

 だがしかし隣の席の机に入っていてすぐに見つかった。

 隣の席の生徒が自分のと間違えてしまったようだ、と言ってすぐさま返してくれた。

 隣の席の生徒の教科書は全く別の所で見つかったので、この場合隣の席の生徒の方こそが嫌がらせを受けているのではないか? と思われるような事もあった。


 直接的なわかりやすい嫌がらせというよりは、間接的に誰かに巻き込まれているような。

 そんな、ちょっとした被害である。

 そうして巻き込まれる事にすっかり慣れた頃、少女はとある令嬢の私物を盗んだ疑いで訴えられたのである。


 学院に私物を持ってきてはいけない、という決まりはない。

 婚約者から贈られた物を身に着けたりする事だってある。

 あまりにも場所を取るような大きな物であれば教師から苦言を呈されるかもしれないが、身に着ける事ができる程度の大きさであればそこまで目くじら立てて叱られる事はない。


 いつもは自分の荷物が他の誰かの机の中に入っていたりしたけれど、この時は逆だった。自分の机の中にその私物が入っていたのである。

 そしてそれは、侯爵令嬢が公爵家の婚約者から贈られた髪飾りであった。

 程よい大きさの宝石があしらわれた、上品な意匠のそれは一目見た他の令嬢たちがとても素敵ですわ、と称賛するような物で。そう言われた令嬢も婚約者からの贈り物だと嬉しそうにこたえていて。

 髪飾りの持ち主が誰であるかなんて聞くまでもない程に知られていた。


 その髪飾りがなくなったのだという話を聞いたのは、髪飾りが素敵だという話が出た翌日の事であった。

 どういう経緯でなくしたのかを少女は詳しく知らない。けれども、それが少女の机の中から出てきた事で。


 そういえば昨日の放課後、髪飾りを失くしたと言っていた時に少女の姿を見たという目撃者が現れ。

 ちょっと不審な動きをしていた、と更に証言を補足する者が現れ。

 まさかとは思うけど、違いますわよね……? とできれば信じたいけれど、疑いの気持ちが出てしまった事で少し調べさせて下さいと言う流れが出来上がり。

 そうして机の中から件の物が出てきて。


 そういえば朝からちょっと様子がおかしかったけど、机の中の物を見つけられたらどうしようとでも思っていたのではなくて? などと言われ。


 少女が否定しても状況証拠と証言が揃いすぎていて。


 少女は盗人として捕らえられたのである。


 少女は冤罪だと訴えた。訴えたのだけれど、少女の行動を証言してくれる者は誰もいなかった。友人と呼ぶべき者もいないような少女には、アリバイを証明してくれる人がいなかったのだ。

 そして少女の目撃者たちはこぞって少女にとって不利な証言を重ねていく。

 その証言も少女にとっては身に覚えのないものが含まれていたが、前もって話を合わせていたのか証言に綻びが出なかった事で。

 少女の罪は確定してしまったのである。



 学院は特例で入った平民の生徒である少女に関して、学ぶ事に関しては他の貴族の令嬢令息たちと同じく平等であると言われていたけれど、それ以外は違う。貴族相手に罪を犯せば罰はとんでもなく重たくなる。しかも盗んだとされるのは、公爵家が侯爵令嬢へと贈った物。

 令息からすれば婚約者へ贈った物にケチをつけられたようなものだし、令嬢にとっても折角の素敵な贈り物を汚された気分になってしまった。


 たとえばここで、あまりにも綺麗でもっと近くでよく見たくて魔が差してしまって……などと言いながらも平身低頭謝罪をすれば、もしかしたら助かる道があったかもしれない。

 けれども実際に少女は盗んではいないのだ。状況証拠が揃いすぎていても、少女に身に覚えのないものも多すぎた。

 つまりはそれだけ多くの人間が結託して出る杭を打ちに来たとも言えるのだが、音声やその場の状況を録音録画できるような機材も魔法道具も存在しないこの世界で、少女の訴えは逆に罪を認めず見苦しい言い訳を繰り返しているだけにしか見えなかったのである。


 反省の色なし。


 そう判断されて、学院から退学を言い渡され、更には貴族の持ち物を盗んだという罪により、鞭打ちの刑に処された。

 法に則っての処罰であれば、被害に遭った物相応の慰謝料だとかを支払う事になるのだが、公爵家からの贈り物。値段は平民には到底手が出せないものだった。賢い頭脳を用いたとしても、巨額の富を稼げるくらいにならなければ返済は不可能だった。


 勿論、明晰な頭脳を以てすれば大きな発明一発ドカン、で一攫千金も夢ではなかったかもしれない。

 しかし少女はその時、己の無実を訴える事に意識が集中しすぎて冷静に状況を打開する事を思いつけなかったのである。

 自分はやってないのに周囲が自分を犯罪者を見る目で見てくる。それは、少女にとってとんでもない恐怖体験であった。周囲の証言をひっくり返せるだけの決め手が何もない。

 どうしてあの人たちはあんなことを言ったのだろうか、そう思って本当のことを言ってほしい、なんてこちらが訴えてもまるで偽りの証言をしろと言われたかのような反応を返される。


 おかしな証言をしたのが一人や二人なら、愉快犯が紛れ込んでしまったのだと思ってまだどうにかできると考えたかもしれないが、証言をした者はそれ以上の数存在している。少なくとも少女と同じクラスであった者たち全員が結託しているし、更には他のクラスの人たちも手を組んでいた。


 権力も持っていないちょっと頭が良いだけの平民が、権力を持ち得る貴族の集団を相手取って状況全部ひっくり返せるかとなると――



 到底無理な話だったのである。


 一対一のレスバだとかであれば、まだ少女にも勝ち目はあったかもしれない。けれども気付いた時には学院の生徒の大半が敵に回っていたのだ。圧倒的数の暴力に、少女はなす術もなかったのである。


 周囲が犯罪者を見る目を向けてきて、更に聞こえる噂話も少女にとっては事実無根であってもさも真実として広がって。必死に無実を訴えても言えば言うだけどんどん立場が悪くなる。

 そうして慰謝料を支払おうにもあまりの大金に更に頭は混乱して、払えないならばと少女は鞭打ちの刑に処されたのである。


 本来の鞭打ちであれば、別に死にはしなかった。


 ただ、学院にいた時に発言した余計な一言の中には将来的に身分を取り払うようなものもあった。学院以外も平等であれば、だとか自分の頭脳があればきっと素晴らしい法律を作る事ができるだとか。調子に乗って言った言葉の中には身分制度がある国で言ったらアウトなものもそれなりに含まれていた。

 それが何の学もないただの平民の戯言であれば貴族たちも笑って受け流しただろう。けれども少女は学院での成績だけはトップクラス。いずれ本当にそれを実行できるのではないか、と思わせるだけの土台は充分に存在していた。だからこそ、危険視されたとも言う。


 国に忠誠を誓うような相手であれば見逃されただろう。

 けれども少女の価値観は前世基準に偏っていて、その思想は少なくともこの国では危険視されるものであったのだ。


 そうでなければその頭脳を活かした贖罪方法を告げられていただろう。

 だが危険視された事で、野放しにはできないと判断された。

 その結果少女は激しい苦痛の中で死に絶えたのであった。



 周囲を敵に回した事による冤罪での死亡。


 普通に考えればとんでもないバッドエンドである。


 再び死んで魂となった少女は女神のところへ戻ってきて、納得がいかないとばかりに叫んだ。


「こんなの絶対間違ってる!」


 だがしかし、女神の反応は思った以上に淡泊だった。


「そうでしょうか? 今までのアナタの行動見てましたけど、まぁなるべくしてなったとしか言いようがありませんでしたよ」

「なんでっ!?」

「まず態度が失礼。親しき仲にも礼儀ありってアナタの住んでた世界にない言葉です? それでなくとも身分制度のあるところで、下々と称される平民が貴族に対して失礼な事言ったら反感買うのなんて当然でしょうに。

 正直いつ無礼である事を理由に処分されるのかと思ってみていましたよ」

「なん、えっ、だって」


「学院では平等とはいいますが、学院を卒業した後は違うのですよ。勿論それくらい理解していたのですよね? 折角優秀な頭脳を授けたというのにまさかその程度の事も思いつかないなんてまさかそんな、ねぇ?」


 ふふふ、と笑う女神に少女は思わず黙り込んだ。

 少女は前世学生のうちに死んでしまったので、社会人としての経験がそもそもなかった。だからこそ、学院を卒業した後、というものを想像しても明確なビジョンが浮かばなかったのである。

 前世であればどこか適当な会社に入って、そうして毎日変わり映えのしない仕事を繰り返すのかもしれない、と漠然と思ったかもしれない。こちらの世界ではそれに近いのは文官だろうか。国のアレコレを担うエリート。転生特典を与えられた自分なら余裕でこなせる。……と思ってもその未来は既に閉ざされている。


 もし文官として王城だとかで働く事になったとして、そこでもしかしたら素敵な男性に見初められたかもしれない。そんな妄想だってよぎったりもした。だが悲しいかな、あの世界は基本的に身分があり優秀な男性というものは早々に婚約者がいるかとっくに既婚である。若くてイケメンで権力もあって才能もあって、と少女漫画の世界に出てくるだろうスーパーダーリンな男性は仮にいたとしても女に興味がないか、はたまた周囲と一線を画す性癖をお持ちでそれを外に出せないからこそ独身を貫いているか、もしくは最愛の女性に先立たれ生涯喪に服すとか宣言してる愛の重たいタイプである。


 美貌を与えられたとはいえ傾国の、という程ではない。高望みをしなければ充分すぎるものではあれど、世界で一番美しいとまではいかなかったのでそうなると後はその才能というか、優秀な頭脳頼りになるわけだが……


「アナタ、お勉強ができるだけの馬鹿、みたいな認識されてましたものねぇ……せめて見た目に伴って中身もそれなりに可愛らしければマシだったんでしょうけれど……」

「まるであたしが可愛くないみたいな言い方じゃない!」

「事実そうでしょう。可愛げのない性格、過ぎた謙遜による周囲への見下しとしか受け取れない言動、性格悪すぎて同性の友人一人マトモに作れやしないとか、致命的が過ぎます」

「じょ、女性の友人はその……話が、そう、話が合わないからよ。口を開けば皆お洒落がどうだとか浮ついたものばっかりで、あたしとは話が合わないもの」


 少女の言葉は苦し紛れなものだった。

 前世でも同じような事を思っていたから、少女はそれが当たり前であると信じ自分に悪い部分があるとは微塵も思っていない。

 クラスの女子は誰それがカッコイイだとか、流行りのメイクがどうだとか、アイドルがどうとか。そんな話ばっかりで、少女とは一切会話が合わないだろうなと思っていたのだ。優秀ですらなかった前世、少女の趣味はロクな友達もいない事で一人でできるものに限られていた。

 ゲームに読書に映画鑑賞。その趣味が悪いわけではないが、読書は漫画を中心として文学と呼ばれるような小難しい響きのものには一切手を出していなかったし、映画鑑賞だって基本的にみるのはアニメばかりだった。全米が泣いた、なんていうキャッチコピーの有名映画すら、少女は興味を持つ事なく見ようと思った事もないのである。


 そこら辺は個人の趣味なのでとやかく言われる事もないが、しかしそれにしたって周囲に一切歩み寄ろうという気がない。たまに気を使って話しかけてきた女子も早々そういったものを感じ取ってすっと距離を取っていた。何故って別に友達になれたらいいなとは思っても、接待がしたいわけではないので。通常の関係が常に相手を一方的に接待するしかないとなれば、そんな面倒な人間関係を構築しようなんて思うはずがない。


 前世の、身分など関係ない状態でこれだったのだ。

 身分がある令嬢が平民である少女にそんな接し方をするなど、到底有り得ない話だった。


「話が合わないのではなく、合わせるつもりもなかったでしょう。向こうは何度か歩み寄ろうとしていたけれど、アナタはどうでした? 一切歩み寄ったりしてなかったじゃないですか。常に向こうがくるのを待ってるだけ。受け身の姿勢だけならまぁ引っ込み思案だと思われるだけだったでしょうけれど、口を開けば周囲を馬鹿にしたような発言。

 率先して敵作ってどうするんです。そんなんだから嫌われて、周囲が結託して排除しようとしたんですよ」


「やっぱり冤罪だったんじゃない! あたし悪くないじゃん!」

「その原因を作ったのは紛れもなくアナタですけれどね。

 あぁ、安心なさいな。アナタの両親だった人たちには害が及んでいませんわ。アナタみたいなのを育てた両親もとんでも思考の持ち主かと思われてアナタを排除する前に一応調べたりしてたようですけれど、アナタの両親は平民にありがちなただの善良な人間だという事が判明してましたので。

 むしろアナタに振り回されて苦労していた、とみなされて手出しはされない事になりました」

「え?」


 女神曰く。

 もし両親もアレな人間で、その結果少女のような人間が育ってしまったのだとなれば危険思想の持ち主とみなされて両親も何らかの処罰を受ける事になっていたらしい。

 冤罪ではあるけれど、平民の手には一生涯かけても触れる事もできないような高価な品を盗んだ事になっているのだ。子が責任をとるのが難しい場合その親が、、というのは平民も貴族もそう変わらない。


 少女の両親だった人たちは、少女の前世基準の価値観がどれだけ危ういかをわかっていた。

 だからこそどうにかそうじゃないんだよ、と平民としての常識を教えていたのに少女はそれを、時代遅れと言い切ってこれから先時代はどんどん新しく変わっていくんだから、なんてのたまっていたのだ。

 なまじ下手に優秀な頭脳があるからこそ、両親は娘の言葉に言いくるめられてしまう事も多かった。両親までもが娘の思想に染まらなかったのは人生経験の差だろうか。


 口が達者な娘にはもう何を言ってもダメかもしれない。

 いやでも実際頭がいいのはそうだし、下手に平民の中に留め置くよりはその頭脳が真の意味で役立つところへ行った方が、もしかしたら娘もきっと幸せになるんじゃないか。

 苦悩や葛藤の末にそういう結論になり、だからこそ少女は学院へ行く流れとなっていたのだ。貴族が通う学院に平民が、というのは滅多にない事だが前例がなかったわけじゃない。ただ、そのために少女の両親はとても大変な思いをしたのだけれど少女がそれに気付く事はなかった。



「アナタの言動のせいでご両親まで実は危険な状況にあったのですよ。そこんとこわかってます?

 ま、アナタは罪人として死んだ事になって、その両親は罪人の親という目を向けられかけたものの貴族たちの計らいでそこはどうにかなりましたが」


 冤罪なのだから計らいも何もあったものじゃないが、気に入らない娘の親もきっと駄目だろうと考える事なく処分しようとしないだけあの貴族たちはまだ冷静さがあった。それが少女にとって何の救いにもなっていないのは言うまでもないが。



「なんで、だって、頭脳明晰な美人になったら人生イージーモードのはずじゃない……それが、なんで、どうして……っ!?」

「アナタのその考えがまずずれている、と指摘すべきかしら? 周囲に人間が誰もいなくてアナタ一人でそれ以外はロボット、なんて孤高の科学者みたいな感じで生きていたらこうはならなかったんでしょうけれど……」


 ただその場合、少女が孤独に耐えられるかどうかだ。

 友人もロクにいないぼっちではあったけれど、一生涯お一人様で平気だと言い切れる程開き直れてはいなかった。友達がいなくても家族との会話はあった。だがしかし、女神の言い分だとその家族との関わりも何もあったものではない。


「周囲がいつ敵になるかもわからない状況なのに味方を作ろうともしなかった。これが全てだと思いますよ。

 アナタに必要だったのは美貌でも頭脳でもなく、まずは対人関係を良好にできる能力だったのではありませんか?」


 正直その言葉に全面的な納得ができたわけではない。

 だって賢い美女とか絶対イージーモードになれるはずだったもの。今でもその思いは残っている。

 だがしかし実際はどうだ。

 女神の言うように周囲ともうちょっとうまく関わっていれば、冤罪で嵌められるような事にならなかっただろう。


「アナタは優秀だと自分で思いこんでたみたいですけれど……あぁ、いえ、与えた特典で確かに優秀な頭脳を持ってはいましたけれど、宝の持ち腐れでしたねぇ……その優秀さを全く活かせていなかった。

 アナタがもっとうまくやっていれば将来的に自派閥で囲い込もうとか国のためにだとかでいい職場を斡旋される事もあったかもしれませんけど、アレじゃぁねぇ……あんな失礼な人間身の内に招き入れたらどんなトラブル巻き起こされるかわかったものじゃありませんし。いっくら優秀でもソレが招いた厄介事の尻拭いをしたい、っていう人はそもそもあまりいませんから」


 頬に手をあて「ふぅ」とまるで困った生き物を見るような目をして溜息をついた女神に、少女は何も言えなかった。


 学院を卒業した後、自分はきっとお城とかそういう、将来的に安泰な職場で働くものだとばかり思っていた。だがしかしその言い分だと能力があっても厄介者という認識でしかない。

 前世学生だった少女は働くといっても精々コンビニバイトが関の山だった。

 それよりももっとキッチリカッチリしている職場なら、試験だとか面接だとか、きっともっと堅苦しくもしっかりとしたやりとりが発生するのは想像に容易い。前世であともう一年程生きていれば、面接の練習だとかを学校でしたかもしれないが、生憎それを体験する事はなかった。


 女神はつらつらと転生してからの人生についてあれこれ駄目出ししてきたが、少女はそれを真正面から受け止めるだけのメンタルを最早持ち合わせていなかった。調子に乗ってた自覚はちょっとはあったけれど、自覚していた以上に女神からの客観的な指摘でアウトだったのだと知る。どの派閥とかじゃない。全方向に喧嘩売ってるも同然だった。あれで学院卒業した後は平民として身の丈に合った仕事をしていればまだしも、学院にいた時には既に王城で働く文官を目指すだとか、かなり調子に乗った事を言っていたのだ。

 将来的に関わらなければあんなことにはならなかっただろうけれど、関わるのがわかっているなら早いとこ余計な芽は摘んでおこうと同じく将来を背負っていく世代の貴族たちが手を打つのは当然の事だった。


 成績は少女に劣るも、しかしだからといってあの令嬢や令息たちが無能というわけではなかったのだ。

 少女は成績だけで自分が優秀であると信じ、それ以下の人間は優秀ではない、と無意識に思い込んでいた事もここにきてようやく理解したのである。



 いくら優れた頭脳を与えらえたとはいえ、それを有効活用できなければ何の意味もない。

 女神の駄目な生き物を見る目も溜息も、当然の事だった。



「とりあえず次の生はそうですね……もうちょっと社会性を身に着けた方がいいと思うので、アナタには蜂として生まれ変わってもらう事にしましょうか。

 女王バチの産んだ子を育てるために蜜を集め、外敵と戦い仲間たちとただひたすらに与えられた仕事をこなす。うん、いいんじゃないですか。徳を積む意味でも」

「え?」

「え? まさかまた普通に人として生まれ変われるとでも思ってるんですか? 特典まで与えられてもそれを活かせなかったくせに? 御冗談でしょう? 次もまた人にしたってどうせロクな結果にならないのにわかりきった無駄な事をするわけがないでしょう」


「いや、でも」


 確かに今回特典を与えられてもダメだった。

 でも次は。

 今回の失敗を活かして次こそは。

 少女はそう思ってそれを口に出そうとしたが、女神の方が圧倒的に早かった。


「それでは精々頑張って。あ、期待はしてませんけど」


 言って、同時に少女の姿が消える。


 少女が最後に見た女神の顔は、それはもうとんでもなくいい笑顔だった。

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[良い点] 性格悪い同士のレスバマウントが好きな人にはいいかも [気になる点] 逆ご都合主義がイラっとする
[一言] 足りないところを補うような転生先を見繕うなんて、女神様優しいですねぇ(棒読み) 契約書はよく読んでサインをと言いながら読む時間を与えない系女神ではあるものの、契約は違反してないし、うん(棒…
[一言]  IQの高い人間はその高さから他者の感情を理解できないという、つまりそんな人が居たら異世界からの転生者と思えってことですね?よし捕まえて転生方法を聞き出さないとな!まずロープとノコギリと監禁…
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