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【短編】ポジティブ聖女は崩壊した土地へ追放されましたが、前向きにスローライフを望みます

作者: よどら文鳥

「ルーシアよ、おまえは魔女ではなく災いの力を持つ聖女だったのだな。騙してきた罪とし王都から追放とする」

「何度も私の力は魔力ではないとベネギフト陛下にはお伝えしていますが」


 私ルーシアは、精霊の力を宿った力=聖なる力を使うことができた。

 王都では、かつて聖なる力を持つ者によって重大な災害をもたらせたことから嫌われている力だと認識されている。


 しかし、聖なる力とは異なった魔法を使える魔女の力と同じようなものを咄嗟に発動してしまったとき、たまたま目の前にいるベネギフト陛下に見られてしまった。

 ベネギフト陛下は、『貴重な魔力を使えるなら王宮で力を貸してほしい』と言ってくれたのである。

 そのときに私の力は聖なる力ですとしっかりと伝えていたんだけどなぁ。


 当時のベネギフト陛下はなにごともなかったように、そのまま私を受け入れてくれた。

 ビバ、貧民街脱出。さようなら、地獄生活の日々。


 とは思ったものの、案外と安い報酬で食べていくのが精一杯。

 それでも、今までの暮らしと比べれば天国であった。


 そのまま何年も経ち、力を使い続けていても誰も文句を言ってこなかったから、受け入れられたものだと思い込んでいたのだ。

 先日咄嗟に発動した力によって、ついに聖なる力だと認識されたのだが、その結果冒頭のような言葉を告げられてしまった。


「ルーシアは王宮に残りたいがためにわざと力を隠していたのだろう? 魔女たちと同じような魔法をあえて使い、王都を支えようといていただろうが、残念だったな」

「違いますよ。先日は緊急性があったために聖なる力を使っただけですよ。しかし、これからも災いになるような使い方は絶対に致しません。それでも追放ですか?」

「本来ならば処刑だ。だが、幸いルーシアの力はたいした威力もないことも理解できた。追放だけでありがたく思うのだな」


 あまり余計なことを言うと、本当に処刑されてしまいそうだったため、なにも言わないでおくことにした。

 むしろ、追放されるだけだったらまだこの先もなんとかできる。

 ここはベネギフト陛下の気分が変わらないうちに従っておいたほうが良いだろう。


「承知しました。処刑宣告にならなかっただけ感謝します」

「相変わらずのお気楽な前向き思考だな……。追放場所を聞いてもまだ平気でいられるかな?」


 ベネギフト陛下がニヤニヤと笑みを浮かべてくる。

 毎度のことではあるがこう言う場合、私の気持ちをどん底に落としたいときだけである。

 とはいえ、私は王宮に拾われる前までは貧民街で地獄の毎日を過ごしてきた。

 あのときの経験があるから、どんなことがあっても前向きに元気に過ごせるのである。


 一緒に活動している魔女たちの輪に入ると、

『貧民街出身のくせに生意気に私たちの中に入ってこないでよね』

『そんなダッサイ格好と手入れもしない顔を見せないでちょうだい。目が腐るわ』

『ろくに魔力もないくせに……。アンタなんか私たちのしもべとして動いていれば良いのよ』

 などと言ってくる。

 別に否定はしないんだけど。

 私はお金持ちのお嬢様や魔女様みたいに化粧はしない。お金がもったいないから。

 ダサい服でも着れれば、隠す部分隠していれば良いって思っている。そもそも買うお金が……なーい。

 貧民街の人たちは差別されやすいから、魔女さんたちが私のことを嫌ってくるのも仕方がないかなと思う。


 それでも、いつも元気に明るくひゃっほーって私は笑っているから、それがベネギフト陛下たちにも魔女たちにも気に食わないらしい。

 でも、元気に生きていれるだけで私は幸せなんだから仕方がないのだ。


「私はこのあとどこへ連れて行かれるのですか?」

「すでに崩壊している辺境地ライブルだ」

「はい。ではそちらで今後は生活してきます」

「余裕の顔をしおって……」


 そんなこと言われたって、貧民街出身だし、ろくに給金ももらえなかった私が王都以外の街の情報なんて知らないし。

 自分で行ってみてそれからどうするか考えれば良いや。

 幸い、聖なる力さえ使えればそれなりに生活はできるはずだ。


「まぁ良いわ。今回ばかりは行ってみればわかる。わざわざ処刑にしなかった理由もさすがにわかるであろう」

「はい。承知しました」

「分かったら、さっさと王都から消えるが良い。馬車の手配だけはしよう。なお、我が国内で災いの力を使うようならば今度は処刑とする。覚えておくように」

「馬車の手配感謝しますが、聖なる力は禁止なのですか?」

「あたりまえだ。二度と目障りな魔法など使うでない。ま、向こうの頭の悪い辺境伯が許可するならばそれも構わんが。わざわざ危険な魔法で自滅するのもそれはそれで良いからな」

「わかりました」


 辺境伯様に、『お願い、魔法使わさせてー』とお願いしてなんとかしてもらおう。

 仮にダメだったら……、そのときはそのときだ。

 水と食べ物さえあれば生きていけるさ。

 これからは自給自足で生活することもできるかもしれないし、むしろワクワクしてきた。


 ♢


 馬車に揺られて十日以上。

 ようやく辺境地ライブルに到着した。


「すまんね、国からの命令だからキミを降ろしたらすぐに戻らなきゃいけねぇんだ」

「いえいえ、送り届けていただきありがとうございます。長旅も楽しかったですよー」

「こんなに元気でしっかりしている子を王都から追放だなんて、陛下も良くわからんねぇ……」

「まぁ、気にしていませんよ。こっちで楽しくやっていきますから♪」

「たいしたもんだ。また来る機会があれば様子でも見に来るよ」


 御者を見送ってから、私の笑顔は一瞬で消えた。


「うそでしょー!」


 ベネギフト陛下が言っていたことは本当だったなぁ。

 辺境地の周りは、元気のなさそうな木々ではあるものの、山に囲まれていて、ある程度の自然に恵まれているように思っていた。


 だが、肝心の辺境地はそうではない。

 家はちらほらと建っているものの、どれもすぐに壊れてしまいそうなくらいのボロボロである。

 野菜や果物を育てているような畑もあるが、どれも枯れ果てていて作物が育っていない。

 おまけに、向かっている最中から感じていたことではあるが、乾燥しすぎていているうえに暑苦しい。

 川は完全に干上がっているし、もう何年も雨が降っていないような状態である。


「こりゃー、ベネギフト陛下は私にこっち来て勝手に朽ちてってことだったのかぁ」


 ベネギフト陛下の言っていた意味がわかってスッキリした。

 貧民街がマシだと思えてしまうくらいの環境である。

 さて、このままだと本当に私はすぐに死んでしまいそうだと思った。

 頼みの聖なる力も許可が出ない限りは使うなって言われてしまっているし……。

 うーん、さすがに困った。


 ひとまず、こういうときは誰かいないか探してみよう。

 人の気配があるんだけど、誰も外に出てこない。

 どうなっているのだろうか。

 とにかく太陽の日差しが強くて、ボロボロの肌がさらに焦げてしまいそうだ。


「喉渇いたなぁ……」


 ボロボロの家の日陰に隠れて地面に座り込んだ。

 これからどうしていこうかなぁ……。


 さすがに悩んでしまっていたときのことだった。


「火事だーーー!!」


 私は立ち上がり、声の聞こえてきたほうへ走っていく。

 すぐに火元がどこなのかがわかった。


「森林火災か……」


 うかつだった。この辺りの散策をもう少し長くしていればもっと早く火事に気がついたのに。

 日陰でダラダラとしてしまっていたから。

 だが、今は過去の行動に後悔している場合ではない。


 火元から辺境地まで草がそこら中に生えているため、このまま放っておいたら辺境地全体が火事になってしまう可能性がありそうだ。

 どうしようか……、などと考えるつもりはない。

 聖なる力は使うなと言われていたが、そんなことお構いなしだ。

 火を止めなきゃ。


 私は精霊の力を宿る力=聖なる力を発動した。


『水の精霊よ、水を放出したまえ』


 禁止されていたものの、聖なる力を発動した。

 燃えている山に向かって上空から大量の水を流す。

 水の勢いで火は消火され、山火事は沈静された。


「ふぅ……。危なかったぁ」


 御者さんに感謝したい。

 少しでも遅かったらこの辺境地は……と、思うとゾッとしてしまった。


「き……キミは魔女か? あの炎を消してくれたのか?」

「へ? えぇ。消火したのは私です。魔女ではないですけど」


 私に早々と声をかけてきた人は、王宮の中にいても自然だと思うような煌びやかな格好をしている。

 見た目は私よりちょっとだけ年上くらいの十代後半くらいだろうか。

 お顔が整っているし、青い髪が片目を隠しているがもう片方からは優しそうな瞳がキラキラしている。

 服装は汚れているし、かなり痩せ細っているものの、それはこの辺境地がいかに過酷な生活だということを物語っているのだろう。


「魔女ではない……? ともかく助かった。逃げ場もないからな……危うく領民全員息絶えるところだった。本当にありがとう」

「いえ、間に合って良かったです。申し遅れました。王都で魔女のようなことをしていたルーシアと申します」

「私はこの地を所有、管理しているアルフレッドだ。さきほどの力は魔法だと思ったのだが」


 なんてラッキーなんだろう。

 こんなにも早く辺境伯様と対面ができるなんて。

 どうせアルフレッド辺境伯様の許可が取れなければ、聖なる力はもう使えないのだし、迷うことなく言ってしまおう。

 もしも怒られて王都へ強制送還の刑にされるようなことがあったら、それはそのときに考える。


「私は魔女ではなくて、精霊の力を授かっている聖女なんです」

「せ……!?」


 やっぱり驚かれてしまったか。

 どこへ行っても聖なる力は嫌われる存在なんだな。

 だが、すぐにホイホイ怒鳴られたくもないし、少しはダメ元でも抵抗してみる。


「危険なことには使っていませんからね! それに、私の力なんててんでたいしたことないって、王都の魔女さんたちから散々バカにされてきましたから。はっははぁ〜」


 笑ってごまかす。

 こっちとて処刑されるかもしれない状況なのだ。

 笑っていなければやっていられないでしょう。


「危険もなにも……。聖なる力で助けられた事実には変わりない。本当に感謝している」


 アルフレッド辺境伯様は片方の手を私に出してきた。

 握手を求められたのなんて初めてじゃないだろうか。

 良いのだろうか迷ったが、ここは遠慮せずに私も手を差し出して握手を交わした。


 暖かいぬくもりを感じて、なんだか嬉しい。

 さっそく追放されて万歳。王都さようなら。


 しかし、まだ油断はしないほうがいい。

 今回は火事の消火に聖なる力を使ったから許してくれただけのような気がする。

 それくらいに精霊の力を宿す聖なる力は危険視されているのだから。


「命を救ってくれたルーシア様にお礼がしたいのだが」

「ルーシア様って……」

「恩人には敬意を払うのが当然だろう」

「恩人って……。当然のことをしただけですから、元王宮勤務として」


 王都で魔法活動をしていても、誰からもお礼を言われたことなどなかった。

 魔法なり聖なる力を持っている者は、災害や自然の脅威、気候の変化に戦っていくのが当然のことだからだ。

 そのように、ベネギフト陛下からは教わっている。


「王都ではそうなのかもしれないが、少なくとも私とここの領民たちはルーシア様に対して返し切れないほどの恩と感謝がある。何度も言わせてもらうが、ありがとう」

「ど、どうも……」

「ところで恩人に報いたいのだが、生憎このような場所でな……。金もなければ財産になるようなものもない。気持ちしか渡せないことを、辺境地ライブルの代表として恥ずかしく思う」

「いや、そもそもがなにか欲しくて火消したわけじゃないんで、本当に気にしないでください」

「律儀なのだな……」


 いやいや、言っちゃ悪いが、こんなに人が生きていけなさそうな場所で部外者が物を求めちゃだめでしょ!

 貧民街では物の奪い合い争奪戦と毎日喧嘩三昧、おまけに何度か身体も狙われそうになったことだってある。

 貧民街も酷い有様だが、国からの支援もわずかにあった。

 そう考えると、辺境地のほうが環境の面では地獄絵図だ。

 アルフレッド辺境伯様の話を聞いている限り、幸い住んでいる人たちが良い人たちそうだからなんとか協力して生きているのだと思う。

 私も追放されてきた身だし、ここの輪に受け入れてもらうようにしなければ。


「厚かましいことをお願いしても良いですか?」

「なにか? まぁ叶えられることなどないと思うが……努力はするぞ」

「この辺境地のどこかに住んでいいです?」

「は!?」


 アルフレッド辺境伯様があっけにとられた表情をしながら意表をつかれたかのような声を出してくる。

 貧民街より酷い環境で住みたいと言っているのだから当然と言えば同然か。

 私は、どうしてここに住みたいのか、王都で聖女は危険だから追放された旨も含めて詳しく話した。


「……なるほどな。あの陛下はまたしてもここを処刑場所と選んで送り込んできたというわけか……」

「また? ここ、そんなふうに扱われているのです?」

「生きていくのがやっとだからな。残念ながら、王都から送り込まれた者は荒くれ者が多くてな。領民を守るためにもそれ相応の対応はしてきている」


 これ以上はグロそうだから聞かないでおいた。


「ルーシア様はてっきり、王都から派遣された魔女様なのかと思っていたが……。まさかこんな有能な者を処刑として扱うとは。どこまでも腐った国王だ……」

「まぁ、今回は陛下が私をここへ追放させたおかげで火事防げましたけどね」

「それは偶然にすぎない。あくまでルーシア様のおかげだと思っている。だが、ここで生きていくのは過酷だが」

「でしょうね……。食べ物とかはどこかで育てていて、水も近くに川があるのでしょう?」

「あぁ……。あった」


 なんで過去形?

 アルフレッド辺境伯様は、残念そうな表情を浮かべながら、さっきまで炎に包まれていた森林のほうに顔を向けた。


「もしかして」

「あぁ。川は無事だろうが、食べ物は全て燃えてしまっただろう……」


 餓死まっしぐら。

 みんなで別の村へ引っ越せば解決しそうな気もするが、ここの人たちがそうしないのは、なにかしらの理由があるからだろう。

 そう思ったから、どこかへ避難しましょうとは言うことができなかった。


「ともかく、少しでも食料が残っている可能性はある。念のために私は今から山へ向かう」

「私も一緒に行っても良いですか?」

「別に構わない」


 徒歩で消火した元森林へ向かう。

 ほとんどが燃えてしまっていて、本当の地獄絵図だった。


 野菜を育てていたであろう畑のような場所には、灰と貸した燃えかすが散らばっている。

 さすがにこれは食べられそうにない。

 アルフレッド辺境伯様は、愕然とその場で膝を地面につけた。


「さすがに終わりだ……少しくらいは作物も残っていると思っていたが……全滅だ」

「なんで諦めるんです?」

「これはもう無理だ。水だけでは生きていけまい。奥にある川に魚はいないのだからな」


 おたく、辺境地のリーダーでしょうが!

 私は我慢ならずアルフレッド辺境伯様のそばに近づいてドンっと肩を叩いた。


「水があれば数日間は生き延びることだってできます。その間に別のことができればまだ可能性はあるでしょう! 簡単に諦めてどうするんですか!」

「確かに……そのとおりではあるが、今までも皆で知恵を絞って生き抜いてきたのだ。ここにあった畑は皆の希望だった。それがなくなってしまったらさすがにな……」

「……でしゃばってすみません」


 新参者の私が余計なことを言ってしまったようだ。

 諦めてしまった時点でそこで終了だ。

 私は貧民街でずっとそのように生きてきたから今もその教訓がある。

 どんなことがあっても、命が続く限り精一杯生きていきたい。

 だが、今のアルフレッド辺境伯様は本当に死んだ抜け殻のような表情をしていた。


 私はそんな顔を見て、もうあとのことなんてどうにでもなれと思ってしまう。


『森の精霊よ、元の綺麗な森林に戻し、灰になってしまった野菜たちも元気な姿に戻したまえ』


 覚悟なんて関係ない。

 アルフレッド辺境伯様が少しでも希望が持てるようになってもらいたかったため、聖なる力を再び発動した。


「まさか……元どおりに……!?」

「ふう、ふう……。これで希望も、出るで、しょう?」

「これもルーシア様の聖なる力というもので?」

「は……は……い……」


 さすがに疲れた。

 本来聖なる力なんて、一日一度使ったら、はいまた明日……くらいにとどめておかなければならない。

 精霊の力を借りるたびに身体の中に流れている聖女特有の『マナ』というエネルギーを消費するが、使いすぎると気絶してしまうこともあるのだ。

 はい、そんなこと言っているうちにいつの間にか私、気絶しちゃいました。


 ♢


「む……はっ!!」


 がばばっ!!


 私は寝起きは勢いよく起き上がる癖がある。

 それも、『さぁ〜今日も張り切って生きていくぞー、おおぉうっ!!』という気合いからくるもので、元気を出すための儀式のようなものだ。

 で、いつの間に私は寝てしまったのだろう。

 周りをキョロキョロ見渡すと、どこかの家の中。

 そんなに広いわけでもないが、私が王宮の物置部屋を改造して住んでいた部屋よりは広い。


 窓があり、この場から外を眺めると太陽が昇りはじめたころ、つまり朝か。

 ひと晩寝てしまったようだ。


 私の身体の真下にはベッドがあって、ふっかふかのむにむに。

 それ以外はテーブル一台と椅子が二脚置かれているだけのガランとした部屋である。


「そういえば聖なる力二回使っちゃったから気絶しちゃったんだ……」


 私は生きてきて十六年。本格的な聖なる力を二度も使ったことはなかった。

 魔女と同じような魔法の力は一日に何度使っても疲れなかったが、やはり精霊の力まで呼び出すとなるとダメだったらしい。

 次回からは気をつけよう〜。

 よし、聖なる力の反省会はおしまい。


 おそらく私は気絶してしまって運んでくださったのだろう。

 どこだかわからないけれど、勝手にうろちょろしていたら迷子確定だからおとなしく待つことにした。

 それも理由があって……。


「きっもちいいいいいいいいいいいいっ!!!!」


 なんなのだこの肌触り感は!

 なんなのだこのむにむにした物体は!


 ベッドで寝たことなど一度もなかったが、こんなに居心地の良いものだったなんて知らなかった。

 地べたで寝ると、朝起きたときに身体中が痛かった。

 寝起きの調子もすっごく良いし、普段の私よりも元気百倍だ。


 ちょっとお腹は空いてきているが、それでもベッドの誘惑には勝てない。

 もうしばらく堪能させてもらっちゃおう。


 ♢


 しばらくすると、ドアのノックする音が聞こえてきた。


「はーい」

「私だ、アルフレッドだ」

「起きてますー!」

「入るぞ」


 ドアが開き、アルフレッド様ともう二人、私と同い年くらいの女の子が一緒に同行している。

 辺境伯様だから付き添い人がいても当たり前か。


 どちらも黒を基調とした膝丈あたりまでスカートタイプのメイド服を着用中。

 私から見て左側の女の子は髪が輝くような金色で、背中辺りまでのロングヘアである。

 対して右側の女の子は髪が綺麗な赤色で、こちらは首元あたりまでのショートヘアである。

 それ以外は二人とも見た目がそっくりだ。

 もしかしたらなどではなく、確実に双子もしくは姉妹だろう。


「無事目が覚めてくれて良かった」

「おはようございます。あ、はじめまして。ルーシアと申します」


「メイドのミーナと申しますぅ」

「……メイドのレイナです」


 ふむふむ、少し口調が柔らかめの金髪の子がミーナで、堂々としていそうな赤髪の子がレイナか。


「この二人は辺境伯邸に住み込みで仕えてくれている双子のメイドだ」

「二人ともめちゃくちゃかわいいですね」

「きゃ……可愛いだなんて……」

「……別に、そんなこと言われたからって喜んでいるわけではありませんから」


 ミーナは顔をポッとしながら両手で隠しながら恥ずかしがっている。

 レイナはプイっとそっぽを向いてツンデレみたいな態度だ。

 双子なのに明らかな性格に違いがある。

 髪型にもその性格の違いが表れているようだ。


 さて、ホッとしたのも束の間。

 今、私はどうやって生きていこうか考えている。


 スローライフ願望はあったが、それはもうここへ着く直前までの話。

 聖なる力も本来は使ってはいけないわけだし、スローライフなんて呑気なことを考えている場合ではない。


「昨日言ったことですが」

「いや、ルーシア様は二日眠ったままだった」

「そんなにですか!?」


 これは想定外だった。

 まぁ、もう使うこともないだろうから気にしなくてもいいけど。


「まぁいっか。おとといのことですが、私、この辺境地に住まわせていただきたく」

「むしろ歓迎する」

「ありがとうございます!」


「それにしても、王都の陛下は本当に惜しいことをしたと思う。これだけ絶大な力をわざわざ手放したのだからな」

「でも、聖なる力は驚異で忌み嫌われているでしょうから」

「確かにそうだが、ルーシア様の力を見て、私はそうは思わなくなった」

「そんなことを言ってくださるなんて……嬉しいです」


 聖なる力を肯定してくださったのは、アルフレッド様が初めてである。

 しかも、それだけではなかったのだ。


「今回みたいに倒れてしまうことはあるのか?」

「まぁ、一日に何度も力を使うとあぁなりますね」

「そうか……」

「なんで残念そうなのですか?」

「いや……、正直なところ、ルーシア様の力を頼っているところがあってな……。これからもこの辺境地でその力を使って領民たちを元気にさせてくれたらと思ったが、さすがに身体を張ってまでやってもらうわけにはいかない」

「むしろありがとうございますっ!!」


 アルフレッド様が目を大きく見開きながら驚いているようだった。


「聖なる力使って良いのでしょう!?」

「王都ではどうなのかはわからないが、少なくともこの辺境地ライブルではその力で二度も救ってくれた。それを否定や止めようとは思わない」


 やったー。

 時間はかかるかもしれないが、これで住みやすい生活空間を作ることができるかもしれない。

 それに、以前アルフレッド様から言われたありがとうという言葉がとても嬉しかった。

 聖なる力を使ったあとに誰かが喜んでくれる姿を観れるのは、私にとってはこのうえない喜びなのかもしれない。

 そう思うと、毎日一度が限度でも、色々と頑張ってみたくなってしまう者だ。


 しかし、アルフレッド様はまだ問題を抱えているような雰囲気を漂わせていた。


「だが、肝心のルーシア様の家問題がある。住めるような空き家がひとつもなくてな……。今にも崩れそうな建物しかないのだよ」

「あぁ、別に構いませんよ。野原でも森の中でも寝れますから」


 ビバっ貧民街生活再びっ!!

 どこでも寝られるし、この地域で住む許可さえもらえればそれだけで十分だと思っていた。

 だが……。


「たくましいと言いたいところだが……、森には危険な虫などもウヨウヨいる」

「げ……!?」

「この辺りは王都とは違う環境だからな。夕方から夜になると血を吸う蚊も姿をよく現す」

「げげげ!!」

「外での野宿は命にかかわる」


 予定変更。

 私、前向きに明るくをモットーに生きているけれど、どうしても虫類だけはダメなのだ。

 カサカサと動き回るゴキゴキやちっちゃい虫類は特に!

 さて、どうしたら良いものか。

 一刻の猶予もない。


「旦那様。ルーシア様は私たちの命の恩人なのでしょう? ここに住んでもらっては」

「ば!?」


 ミーナが私に希望の光を与えてくれたかのような発言だった。

 これでアルフレッド様が良いと言ってくだされば、私は問答無用でこの家で働かさせてもらいたいと思ってしまった。

 すべては憎き虫たちから回避するために!


「ミィもたまには良いこと言うわね。アル様もその反応なら別に良いのでしょう?」

「う、うむ……。しかし、ルーシア様がこんな汗臭い男と同じ屋根の下に住むなど……」

「むしろ助かりますっ! なんでもしますのでどうか私を助けてください」

「助けるもなにも……、本当に良いのか?」

「死にたくはないので」


 アルフレッド様は不思議そうな表情をしながらも、快く受け入れてくださった。

 ミーナとレイナはアルフレッド様の顔を見ながらニヤニヤと微笑んでいる。


 スローライフはできないかもしれないけれど、ここでも王宮での下僕生活が役に立ちそうだ。

 魔女さんたちから生活するための掃除や料理、なんでも全てやらされてきたから、おそらく辺境伯邸のお仕事もできるだろう。


 頑張って生きていくぞぉぉぉおおお!!

 ……と、思っていたのだが、私が想像していた生活とはまるで違ったのである。


 ♢


 待遇、良すぎませんかね。


 毎日一度、聖なる力を発動していくことによって、地獄絵図だった辺境地も見違えるほど住みやすい豊かな領地に変わってきたのである。

 それと同時に、どういうわけか私の周りにはたくさんの人たちが集まってくるようになった。


 おかげで、辺境伯邸生活も優雅になっていき、いつの間にかスローライフ生活をおくれるようになっていたのである。

 食事もミーナとレイナが用意してくれるし、私は掃除などと手伝いをほとんどさせてくれない。


 むしろいたたまれない気分にすらなる。

 いつのまにか私のことを様付けしなくなったアルフレッド様が私専用の部屋に入ってきた。


「ルーシアよ、大事な報告がある」

「どうしました?」

「王都で騒ぎがあったようでな。ベネギフト陛下が……」


 まぁ、別に今となってはベネギフト陛下がどうなっても私にはあまり関係ないんだけどね。

 この辺境地へ追放してくれて感謝すべきかもしれないけれど。

 それはそれだ。


 やれやれ……。あまり乗る気はしないけれど、王都の人たちは悪いことしていないもんね。

 アルフレッド様の説明だと、おそらく私はもう陛下と会うこともないだろうし、魔女さんたちからも変なことは言われないと思う。

 だったら良いかな。


 王都を助けに行きましょうか。

 忌み嫌われなくなった精霊の力、聖女として堂々と。


 それが終わったら、再び私の充実したスローライフがまだまだ続くのだ。


 辺境地ライブルで、領民たち、ミーナとレイナ、そして……もしかしたら両想いになっちゃったかもしれないアルフレッド様とともに。

読んでいただきありがとうございました。

今回は短編である程度まとめて仕上げてみました。


いかがでしたでしょうか。


下のほうに☆☆☆☆☆がありますので、是非ポチッと&右上のブックマークもお願いいたします。


【追記】

今回の短編載せた翌日に新たな短編投稿してみました。

そのあとさらに短編載せてみました。

ぜひこちらもよろしくお願いいたします。


『「時間がかかりすぎ」だと使用人をクビにされましたが、クビにした伯爵家は崩壊がはじまりました〜公爵家の使用人任務では丁寧だと褒められます〜』

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