9.情報屋の手伝い 二
シントサカの貧民街に、アラゴト屋の景虎と情報屋のアガキがいた。
景虎とアガキはボロい家屋の屋根に乗り、腹ばいで斜め前方にある古びた外装のアパートを監視していた。
景虎は単眼鏡。
アガキは望遠レンズのカメラでアパートの周辺を探る。
変哲もない寂れたアパートは三階建てで、部屋数は全部で8戸。二階と三階に4戸ずつ。
一階はエントランスと駐車場になっている。
と、言えば聞こえはいいが、郵便受けにはチラシや生ごみ。
駐車場には空き缶や瓶、放置車両が数台転がっている。
トラックと軽自動車、高級車を改造した車両が5台。
こちらは進藤マツルを筆頭とする組織が“稼いだ”金で買った車両だろう。
仕事でも使うはずだ。
トラックのバンパーにはわずかだが血も確認できる。
たぶん、アレで敵を轢いた。
そういうことが出来る連中だということを頭に入れておく。
「どうだ、景虎。あれ、全部相手できるか」
小声でアガキが言う。
喋っている間も、カメラのシャッターを切っていた。
「一人一人なら問題はないっす。五人ぐらいまでならまだ。ただ、ちゃんと組織的な動きができそうな連中なんで……」
面倒だ。
それが景虎の素直な感想だった。
力をつけつつ新興組織。
まだシントサカにおける「オロカ・マフィア」の域を出てはいない。
けれどもこれ以上“成果”を上げるようなら、進藤マツルの元に集まる連中は増えることだろう。
金と力に人が集まるのは、この社会では当然のことだ。
そしてそこがやがて「老舗」になっていく。
「ここはシントサカだから、あんまり俺も人のこととやかく言えないですけど、あいつらのさばらせるのは、ヤバイっすね」
犯罪多発都市において、犯罪者は珍しくない。
アラゴト屋だってつまるところ、シントサカだから許されている職業で、他の場所なら犯罪者だ。
しかしその犯罪の中でも、裕福な地区の子供を狙う誘拐犯は推奨されない。
彼らは近い内に粛清される。
上手く橋を渡るため、このビジネスから抜け出すタイミングを逃した。
彼らは時期を見る目を養うべきだった。磨くべきだった。
だが、それを欠いた。
増長している。自分たちは無敵だと、世代交代の時期だと高揚している。
言葉には出していないかもしれない。
しかし態度がそう見える。
例えば一階、エントランスの前に立ってニヤニヤと笑って話をしている見張りの二人。
二階の廊下で見回りをしながら、型落ちの銃を弄んでいる二人一組の見張り。
三階の廊下でタバコを吹かしながら、適当に見張りを続けている見張り。
緩んでいる。
ビジネスの要がそのアパートにいるというのに、緊張感に欠けている。
「こいつがスナイパーライフルだったら、頭が吹っ飛んでるところだぜ」
アガキがカメラを構えて、一人一人の顔を写していく。
これで撮られた人間は日坂先生に追われることになる。
たとえ、このアパートへの襲撃から逃れられたとしても。
ふと、匂いがした。
タバコとアルコール、ドラッグに饐えた臭い。
それらが風に流されて、美味そうなタイ式麺料理の匂いが鼻腔をくすぐる。
腹が減った。
手伝いが終わったら、この美味そうな匂いを漂わせる店に行こう。
そう考えていたら、二階の一番奥、路地側から離れた部屋から一人の男が出てきた。
アガキがシャッターを切る。
写真で見せられた男だった。
進藤マツル。
単眼鏡で覗いていると、不意にマツルがこちらを見た。
気づかれたか?
いや、気づかれた。確実だ。
マツルがこちらに向かって指で鉄砲の形を作り、「バンッ」と口を動かして見せた。
「まずいな」
「でしょうね」
身体をサッと屋根の縁に隠したが、意味がないことは二人とも理解している。
そして同時に、反対側の屋根の縁に両手がかかった。
グンッと身体を持ち上げて、筋肉質な大男が姿を現す。
日丸栄重。
老舗からの脱退組。元軍隊所属。
黒髪を短く刈り込んで、顔とタンクトップからはみ出した筋肉に無数の傷。
屋根に飛び乗ると、迷彩柄のズボンが見え、それから軍用ブーツがゴツッ、と硬い音を鳴らした。
「……どっちが情報屋だ? いや、お前なわけがないな」
栄重は景虎を見て口角を上げる。
かなりの強面だ。子どもだったら泣いている。
「その顔、見たことがあるな。お前、アラゴト屋だろう」
「知っててもらえて光栄だ」
景虎が立ち上がる。
アガキはさりげなく二人から距離を取った。
すぐには逃げない。
相手はこっちに気づいていた。
栄重以外にも敵がいるかどうか探らなくてはならない。
もしくは、景虎に片づけてもらって二人で急いで逃げるか。
「そいつの護衛だろう。無駄金使ったことをわからせてやる。来い、相手してやるよ」
栄重が大きな拳を握る。
身長は景虎より高い。2mは超えてそうだ。
面倒だが、こういうヤツはありがたい。
最初に情報屋を狙うヤツのほうがやりにくい。
「お手柔らかに」
「ああ、簡単に死んでくれるなよ」
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