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7.アラゴト屋の運びは鬼も出るし蛇も出る 2

 正体を明かさない男から拳銃と薬の入った紙袋を渡された。

 今回はそれを運ぶ依頼だ。

 先に中身を言われてしまったので、断るということもできなかった。

 しかしこの仕事は景虎にとって、簡単とは言わないが、難しい依頼とも言えなかった。

 名前の知られている老舗組織なら名前を隠すことはないし、アラゴト屋に交渉に来る人間の顔は知っている。

 だが相手は情報屋のアガキに教えられて初めて知った名だ。当然、初めて見る顔だった。

 なので抗争相手はほぼ老舗ではない。

 中堅から新興組織が今回の敵であるならば、基本的に景虎が負けることはない。

 問題は、店でも言ったように「カツリ」だ。

 カツリはここシントサカで「探索屋」をやっている。

 探索屋は文字通り、依頼者の失せ物から失せ「者」まで探す仕事だ。

 そしてあまりないが、組織の脅威となる「荷物」を探索するという仕事をしていたりもする。

 女性ながらその実力はアラゴト屋をも凌駕する。

 狙われたら、ただではすまない。

 景虎は自らが運ぶ荷物、これを狙う敵対組織がカツリを雇っていないことを祈りながら、街を走っていく。

 今回は徒歩だ。

 車、スクーターは待ち伏せを喰らいやすいし、今回のような小さな荷物は走ったほうが速い。例外はもちろんたくさんあるけれども。

 そういったわけで景虎がバックパックを背負って走っていると、前方で明らかに荷物を狙っている男たちが立ちはだかっていた。

 全部で五人。

 全員が手に鉄パイプや小刀を持っている。

 顔は厳つく、昔から存在しているジャパニーズマフィア、ヤクザの風貌だ。パンチパーマもいる。


「……ほっ」


 景虎は速度を緩めず、男たちに向かって走っていく。

 正直、カツリじゃなくて安心していた。

 相手は見た目が怖く、暴力にも長けているはずだ。一般人からしたら相当な手練れだろう。

 けれど景虎もアラゴト屋を名乗っているのは伊達じゃない。


「おぅ! こら、待たんかい兄ちゃん!」

「その荷物置いてけや、ごらぁ!」

「おいおい、逃がさねえ……あれ? こっち向かって……ま、待て待て! ちょま、ぎゃん!」


 景虎は勢いそのままに真ん中の男に向かって飛び膝蹴りを見舞った。

 男の足が浮いたあと、白目を剥いて吹っ飛んでいった。

 着地してすぐに、腰を回して左の男の顔に右正拳突き。


「ぶっ……!?」


 そして腰を戻す勢いを利用して右の男に右の裏拳、バックブローでこめかみ(テンプル)を思い切り殴る。


「えぅっ……?!」


 顔を打たれた男は膝からくずおれ、テンプルを打たれた男は斜めに浮いたあと地面に崩れ落ちる。


「ひゅ……!?」


 壁となっていた男がいなくなり、右端の男と目が合う。

 男が驚きに目を見開き、なんとか身体を動かそうと反射的に息を吸い込んだのと同時だった。

 景虎はバックブローの勢いを殺さず、右足を軸にして左のハイキックを放つ。

 右端の男の顎を斜め下から掬い上げるように蹴り上げる。


「へぺっ……」


 男の頭が一瞬真横にまで曲がる。

 直後、筋肉の動きで頭がバネ仕掛けのように元の位置に戻ろうとして、動きについていけない脳と頭蓋骨がぶつかる。

 男はあっけなくくずおれる。

 強烈な脳震盪のうしんとうだった。


「なっ、こ、こんな強いなんて……ひょけっ!」


 その場で一回転した景虎は残った左端の男に向かってジャンプ。

 右拳を振り上げ、速度と重さを乗せたパンチで、男の鼻の下と顎を擦るように殴りつけた。

 男は右斜め後方に回転しながら吹っ飛び、倒れる。

 それで終わりだ。

 呻き声は聞こえても、反撃できるような状態の人間は残っていなかった。


「よし」


 景虎は満足げにつぶやき、再び出発しようとした。

 刹那、とてつもない殺気に全身の毛を逆立て、振り返る。


「……嘘だろ」

「やあ、景虎。今日は敵同士みたいだね」


 そこには女性が立っていた。

 黒髪を肩口で切りそろえ、涼し気な目元とタバコを咥えたまま、小さく微笑む薄い唇。

 黒のフライトジャケットに「殺」と書かれた白いTシャツ。ダメージジーンズもよく似合っている。

 景虎は最悪のカードを引いてしまったようだ。


「カツリさん……」


 探索屋カツリが、立っていた。

 カツリは、腰に携えた日本刀の柄に手をかけたまま、タバコをプッと吐き捨てる。


「一応聞いておくね。その荷物、渡すつもりは?」

「ないっす……」

「だよねー」


 にっこりと微笑んだカツリが視界から消える。

 景虎はとっさにしゃがんだ。野生の勘だった。

 直後、白刃が頭上を通り抜ける。

 閃いたのは、鞘に納まっていたはずのカツリの刀だった。

 カツリと目が合う。カツリは、口角をグゥッと持ち上げていた。


「やばっ……!」


 考えるよりも先に身体が動いていた。

 後方に転がり、立ち上がると同時にさらに後方に跳ぶ。

 結果、それらの動きは正解だった。

 刀の切っ先が景虎の頭のあった場所を突き刺し、腹部のあった場所を横薙ぎした。

 すべて紙一重。

 一瞬でも判断が遅れれば、景虎は死んでいた。


「やるね。さすが景虎」


 背筋に悪寒が走る。

 野生動物に背中を向けて逃げるのは危険だと何かで読んだ。

 しかし景虎は野生動物よりも恐ろしいカツリ相手に、背中を見せて脱兎の如く逃げた。

 狭い路地とも言えない裏道に入ると同時、左右の壁を蹴って建物を駆けあがる。


「あぶねぇっ!?」


 その景虎の股の間を、鋭い突きが通過し、手首の動きで上向きに変えられた刃が弧を描くように振り上げられる。


「ひぃぃっ!」


 ごちゃごちゃと絡むパイプや配線を鷲掴みにして身体を持ち上げる。

 真剣が風を切り、寸でのところで空を切った。

 景虎は嫌な汗をかきながら、追撃を喰らう前に再び壁を蹴り、アルミのパイプをへこませながら建物を登る。


「やべぇっ! あの人はマジでやべぇっ!」


 屋上によじ登ると同時に目的地の方向へ向かって走る。

 下はもちろん、後ろを振り返る余裕もない。

 1秒の迷いや判断ミスが命取りになる。

 探索屋カツリとはそういう相手だ。


「うわぁあああ!」

「なんだっ!?」


 パルクールの技術で屋上を走り、違う建物に飛び移っていた景虎は、下から聞こえてきた悲鳴に反応する。

 足は止めていない。

 嫌な予感がするのだ。

 この悲鳴は自分の状況と関係がある気がする。

 続けてバイクの走行音。


「うわわっ、ど、どいてくれー! ひぃいいっ!」


 悲鳴が景虎と並走する。

 偶然じゃない。そして、悲鳴と走行音が景虎を追い抜く。

 前方から聞こえていた悲鳴がやがて消え、バイクの音も消えた。

 景虎の野生の勘が危険だと警鐘を鳴らしたのは、その直後だった。


「くそっ!」


 鉄則として建物から建物へ飛び移るときは、縁を蹴る。

 しかし景虎はその一歩前で踏み切った。

 危険な行為だったが、それが景虎の命を助けた。

 壁を蹴る音がしたと思ったら、カツリの身体が跳び上がってきた。

 刀を構えた格好で、上半身が完全に縁の上から出ている。

 驚愕で顔を引き攣らせながら、両足を思い切り胸に引き寄せて前方に回転する。

 景虎の足首のあった場所を、空中で抜かれた刃が切り裂いた。


「あっぶねぇっ!?」

「ちっ!」


 景虎は叫びながら屋上に飛び移る。

 しかしバランスを崩して着地に失敗。

 受け身は取ったものの、粗悪なコンクリートの上を転がる。

 転がりながら、景虎はカツリがこちらに向かって壁を蹴り、跳んでくるのを見た。

 景虎は出来る限り素早く立ち上がろうとしたが、屋上の縁を背にして座った姿勢になるのが精いっぱいだった。

 頸動脈に、カツリの刀が押し当てられる。


「君の負けだね、景虎。さ、荷物を渡して」

「俺の仕事がなくなるでしょう。そんなことしたら」


 両手を上げて降参のポーズを取りつつも、荷物を渡すつもりはなかった。

 カツリはそんな景虎を見て、片頬を持ち上げて笑う。


「大丈夫だよ。君は腕がいいから、仕事は途切れない。この都市がこの都市であり続ける限りね」

「……」


 手を差し伸べられる。

 もちろん友好の握手でも、手助けでもない。

 とっとと荷物をよこせという手だ。

 当然、景虎はその手を無視してカツリを見上げる。


「いや、なんかカッコいいこと言ってますけど、何の根拠もないですよね、それ」

「……ちっ」

「また舌打ちした!」

「だって面倒くさいじゃん。景虎強いんだもん。あんだけ避けてさ。まあ最終的には私が勝つけど。でも仕事はパパっと片付くのが理想だからさ。ね? だから渡して? 荷物」

「……嫌だと言ったら?」

「首落とす?」


 頸動脈に当てられた刃先にグッと力が入る。

 薄皮さえも切れていない。

 けれどこの状態から景虎を殺すのに一秒もいらない。

 カツリが落とそうと思えば、この首は瞬きひとつの間に胴体と別れることになるだろう。


「景虎は強くていいヤツで、私は好きだけど。でも、仕事は仕事だからさ。どちらかが死ぬしかないとなったら、私は生きたいからね。ごめんね」

「…………」


 戦闘中、カツリが饒舌になったらもう終わりだ。

 ここらが限界、潮時だ。

 何か状況が変わる一撃があればと思ったが、引き伸ばすのはもう終わり。

 景虎が諦め、バックパックを差し出そうと決めたときだった。

 電話の着信音が響いた。

 昔の任侠映画のテーマソング。

 カツリの電話だ。


「はいはい、カツリだよ」


 カツリが電話に出る。

 わかっているが、もちろん隙などない。

 少しでも動けばすぐに殺される。


「うんうん、うん? え? ホント? うわー、外れクジか」


 カツリが景虎を見て深く嘆息する。

 刀を引いて、何事もなかったように鞘に納める。


「うん、了解。じゃー今回は失敗ってことで。相手が上手だった。はい、お疲れさま」


 電話を切ったカツリがもう一度息を吐く。


「……何かあったんですか?」

「うん。あったよ」


 カツリが己と景虎を交互に指さす。


「私と景虎、無駄な争いだった。景虎は囮で、本命はもう目的地に到着したんだって」

「え?」

「だから、囮。なんかさ、忠告してくれる情報屋とかいなかった? あのー、アガキさんだっけ? あの人とか」

「あー……それは、ありました。え? でも……」


 景虎がバックパックを下ろす。

 一応、ブラフだったときのためにカツリを警戒するが、動く気配さえ見せない。

 奪うつもりなら、ここで確実に奪われている。

 景虎はバックパックを開けて紙袋を取り出す。

 そして袋を開いて、カツリと同じように項垂れた。


「やられた……」


 中身は銃の形をした鉛が四つと、小分けパックタイプの小麦粉だった。ちなみにお徳用なのが無性に腹が立つ。


「景虎、それのために死ななくてよかったね」

「……ええ、本当に」


 話を聞けば、景虎に依頼してきた組織は他にも三名ほど運び屋を走らせていたらしい。

 景虎はその中の一人だったというわけだ。


「お金は先払い?」

「……はい。いつもの依頼より少し多めに」

「じゃあそれで手打ちだ」

「ですね」


 囮に使われたことには腹が立ったものの、金は受け取っている。シントサカに生きるものとして、払うものが払われていれば、多少の酷い扱いも、まあ飲みこめるものだ。


「……はぁ、やれやれ」


 事態を飲みこんだ景虎は、ホッとして深く息を吐いた。

 とにもかくにも、死ななくてよかった。


「次は味方だといいね、景虎」

「本当にそう思いますよ。本当にね」


 仮にこの仕事を受けたのが日坂先生だったら、どっちが勝っていたのか。

 そんな意味のない仮定を考えながら、景虎は5階建ての建物から普通に飛び降りて帰宅するカツリを見送るのだった。

あけましておめでとうございます!

今年も他の作品ともども、よろしくお願いいたします。

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