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6.アラゴト屋の運びは鬼も出るし蛇も出る 1

 犯罪多発都市『シントサカ』。

 その街の一角にある飲茶楼『トカンチャ・ロウ』の店内の端に、籐で編まれたパーテーションで区切られた場所があった。

 葦尾景虎と日坂先生が間借りして開いている事務所だ。

 とは言っても、日坂はいない。

 この街の探偵という職業には波があって、暇なときは何か月も暇だが、今回のように事務所に帰ってくる日のほうが珍しいぐらい忙しいときもある。

 アラゴトもこなす探偵事務所。

 そこの唯一の所員である景虎の肩書きは『アラゴト屋』。

 探偵ではないので、請け負う仕事も限られてくる。


「ふぁ……」


 あくびをして、伸びをする。

 若いながらもよく鍛えられた肉体は鋼のようで、高身長も相まって名前が示すように若虎が鎮座しているみたいに見える。

 景虎は読んでいた雑誌をテーブルに放って、目をつむる。

 暇なので、軽くひと眠りしようかと考えた。

 しかし、こういうときに限って依頼というのは飛び込んでくるものだ。


「カゲ、客だよ」


 厨房から飲茶楼の女将、事務所の大家でもある田中エヴァンが顔を出したのは、もう少しで眠りに意識が誘われる。

 そんなときだった。


「あ、はい」


 ビクッと身体を震わせて起きる。

 顔を上げると、パーテーションで区切られた一角に、スーツ姿の男が一人入ってくるところだった。


「どうも」


 男が軽く顎を突き出すような会釈をして、景虎の正面に座った。それから油紙で作られた袋をこれ見よがしにテーブルに置いたあと、立てかけられているメニュー表を取る。


「何にするね?」


 厨房から直接エヴァンが言う。


「……キクラゲと卵の炒め物。それとエビチリ」

「はいよ」


 男がメニューを置いて、椅子に深くもたれかけた。

 鼻から息を吐いて、目をつむる。

 余計な話はしないタイプのようだ。

 景虎も事情を察して読みかけの雑誌に目を落とす。

 さっきよりも文字は頭に入ってくるが、内容はまったく無駄なゴシップだった。


「お待たせ」


 数分して、テーブルに男の注文した料理が並ぶ。

 景虎の前にも海老チャーハンが置かれた。


「あんたも食べな」

「ありがとうございます」


 景虎はレンゲを取り、男は箸を取った。


「いただきます」


 男二人が最初の一口を運ぶ。

 景虎はいつも通りの美味さに舌鼓を打ち、男は初めて食べる美味さに目を軽く見開いた。


「……美味いな」

「良い店でしょう」

「……ああ」


 男の言葉に景虎が相槌を打つ。

 それから二人は黙々と食事を口に運んだ。

 トカンチャ・ロウの飯は美味い。

 景虎は間借りしてるとか関係なく本気でそう思っているので、ここの飯のファンが増えることは素直に嬉しい。


「ごちそうさん」


 男が食べ終わり、景虎も両手を合わせてレンゲを置いた。


「ここのルールだというから従ったが、思いのほか美味い飯で驚いた」

「みんなそう言うんですよ」


 日坂探偵事務所に依頼をするときは、トカンチャ・ロウで何か一品頼み、食べる。

 それがこの店を間借りしている事務所のルールだ。

 余分に金がかかることを嫌がる依頼者もいるが、ここの食事を食べれば評価が変わる。

 なんなら依頼は一回だけで、店のほうの常連になる依頼者もいるぐらいだ。


「さて、仕事の話だ」


 紙ナプキンで口を拭った男が紙袋を景虎に向けて押す。


「これを運んでほしい。ヒガシの登龍街、垂乳根会に」

「わかりました。ただ、運ぶだけならテテロゥっていう腕の良い運び屋がいますけど」

「知ってる。だが、中身はハジキクスリ(麻薬)だ。ガキの死体を見るのは趣味じゃない」

「なるほど……」


 中身を言われた。

 それはつまり、断るという選択肢を遮られた。

 さらにきちんと運ばなければこの男のバックにいる団体に追われることになる。

 追われること自体は別にどうでもいいのだが、仕事先が減るのは悲しい。


「だから探偵でも運び屋でもなく、アラゴト屋の俺ってことですね」

「そういうことだ」

「クスリだと明言されたら別料金なのも?」

「もちろん知ってる。だからここに来た」


 男はスーツの内ポケットから紙幣を巻いて輪ゴムで留めた札巻を出し、景虎の前に立てる。

 目算で30万。

 運びの依頼としてはまあまあ。

 中身が麻薬の場合は別だ。

 男はさらにもう一本、札巻を出す。

 これで60万。


「無事に届けたらもう一本、同じのを用意する」

「羽振りがいいですね」

「シントサカ産はよく売れるのさ」


 男が自嘲気味に唇を歪めてから立ち上がる。


「ごちそうさん、美味かった」

「はい、どうも」


 男は財布から紙幣を一枚出し、釣りはいらないと手を振って合図をしてから店を出て行った。


 男が出てから五分。

 景虎は食器を厨房のカウンターに置いて、出かける準備をする。

 受け取った金は金庫に。

 荷物は黒いU字型のポーターバッグに詰めて担ぐ。

 軽い素材だが防弾、防刃の加工済み。

 さすがにマシンガンや至近距離のショットガンは厳しいが、シントサカで発砲される確率の高い拳銃程度なら一応防げる。

 軽く屈伸をしたあと、景虎は店を出ようとした。

 そこで、店内で麻婆豆腐を食べていた一人の男に呼び止められる。


「景虎」

「ん? アガキさん。来てたんですか」


 声をかけたのは情報屋のアガキだった。

 ボサボサの頭に丸眼鏡。カーキ色の薄手のジャケットにデニムのジーンズというラフな格好だが、腕はかなり良い。


「ほら、これ」


 そのアガキが何かを殴り書きした小さな紙を景虎の前に滑らせる。

 内容は先ほどの男についてと、その敵対勢力について。


「もう調べたんですか?」

「バカ。そんな凄腕じゃねぇ。見覚えのある顔だったんだよ」


 アガキが麻婆豆腐を一口分、レンゲに掬う。


「気を付けろよ。アレ、おとりも使うぞ」

「……俺の可能性は?」

「7割ってとこか。だからお前に凄腕が来る」

「……来るとしたら?」

「安パイはトージマかエガミ辺りか。最悪は……」

「……カツリさん」


 そうなったらご愁傷様、と言わんばかりに二の腕をパシパシ叩かれる。


「気を付けろよ」

「善処します」


 カツリが出てきたら本当に善処する以外ない。

 場合によっては、首が落ちる。


「……はぁ」


 店を出て早々、景虎の口から重たいため息が出るのだった。

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