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5.運び屋とシントサカマフィア

「……暑い」


 犯罪多発都市『シントサカ』。

 その何本とある通りの一つ、『新路しんろ』にあるジュース屋、ラツィラのテーブル席で景虎はつぶやいた。

 テーブル席とは言っても、屋台街の一角なので基本的には外だ。

 申し訳程度にパラソルはあるが、亜熱帯に近いシントサカの気候にはあまり意味を成さない。

 暑い原因は太陽だけではない。

 その蒸し暑さにあるのだから。

 景虎は二本目になる瓶のサイダーを飲みながら、傍らにおいたラジオから流れるニュースを聴いていた。

 シントサカローカルのラジオ『グッドモーニング・シントサカ』。

 そこから流れてくる情報は、アラゴト屋のみならず様々な職業の人間たちの飯の種だったりする。

 ハイテンションなDJと冷静なアナウンサーのコンビで送るラジオは人気が高い。

 かくいう景虎もこの二人の掛け合いが好きだ。

 しかし今は少し笑う気力もなかった。

 仕事がない。なので金がない。

 大きな抗争も、危ない仕事もちょうど切らしているようで、アラゴト屋の景虎よりも、探偵の日坂に仕事の話がいく。

 景虎も働いているのだが、一仕事一万あればいいほう。下手をすれば三千円くらいの仕事しかない。


「もうちょっと稼げる仕事があれば、エアコン付きの店に行くのに」

「だったら帰れ貧乏人」


 景虎の呟きにラツィラの店主、仁科が答える。

 売り物のサイダーを開けて豪快に飲み干し、瓶箱の中に乱暴に突っ込む。


「帰ったらここより暑いんですもの」

「じゃあ文句言わずに三本目買え。喉が渇いているから暑いんだ。美味しいサイダー飲めば涼しくなる」

「そういってもう二本も飲んだけど暑いままっすよ」

「三本飲まないからだ。三本飲んだら涼しくなる。ほれ、五百円」

「なんで一本百円からそんな値上がりしてるんすか」


 そんなことを話していると、テーブルに置いていた手のひらサイズの携帯端末が震えた。

 メールと電話機能しかない端末で、景虎は液晶に表示された『テテロゥ』の表示にすぐさま通話ボタンを押す。


「はいよ、アラゴト屋景虎」

『あ、景虎兄ちゃん。良かった繋がった』


 息を切らせた声が端末の向こう側から響く。


「どうした? 珍しいな。お前から電話なんて」


 テテロゥは運び屋だ。年齢は15歳だが、その仕事の質から界隈の評判は良い。

 運び屋の質、それは──時間に正確。依頼主の荷物を詮索しない。勝手に見たりしない。届け忘れ。間違いがない。

 この都市はそんな当たり前のことができない人間が多い。

 なのでテテロゥのような「それ」を普通のこととしてこなせる人間は貴重だ。

 景虎も彼とは仕事先で出会うこともあるし、実際に利用したこともあるので信頼している。

 仕事を抜きにしても、可愛い弟分のような感じで接していた。

 しかしこちらから連絡をすることはあっても、こうしてテテロゥのほうから連絡してくることは珍しい。

 それはつまり、緊急の要件ということだ。


『ごめん。急ぎの仕事なんだけど、近くにいないなら他の人間にかける。新路通りの近くにいたりしない?』

「ちょうどいるぞ。屋台街のラツィラだ」

『ナイス! バイクか車、用意できる? あと二分で着く。最悪走りでもいいけど……うわっ!? やっぱり走りはなし! あいつら車持ってきやがった!』

「おい? テテロゥ?」


 切羽詰まった声と共に通話が切れる。

 景虎の行動は迅速だった。

 サイダーを一気に飲み干し、立ち上がる。


「仁科さん、バイク貸して」

「別料金な」

「もちろん」


 景虎は札を一枚出して仁科に支払う。

 仁科がエプロンのポケットから鍵を取り出して投げて寄越す。


「壊したら弁償な」

「わかってます……って、なんかこんなんばっかだな」

「なんか言ったか?」

「いえ、別に」

「ほれ、これも」


 仁科がヘルメットを二つ、投げて寄越す。

 景虎はそれを受け取ると、屋台のすぐ横に停めてあったスクーターに鍵を差し込み、エンジンをかける。

 ヘルメットを被るだけ被って、テテロゥの到着を待つ。


「景虎兄ちゃん!」

「おう!」


 通話から二分きっかり、テテロゥは通りの角から姿を現した。

 運び屋の少年はU字型のバックパックを背負い、必死の形相で駆けてくる。


「行って、行って!」


 テテロゥが前方に手を振る。

 景虎が従ってアクセルを吹かして発進させると、テテロゥが後ろの荷台に飛び乗ってきた。

 直後、背後からドリフトしながら車が飛び出してくる。

 普通の軽乗用車だが、普通に走る人間を追うには十分な代物だ。中には三人、柄の悪い男たちが乗っていた。


「ほれ、メット」

「ありがとう、助かった!」


 テテロゥは跨った荷台を掴みながら、律儀に白いヘルメットを被る。


「どこへ行けばいい?」

「タケダさんとこ。本部ね!」

「OK」


 景虎は返事をすると、歩道と車道を交互に走り抜けた。

 もちろん人がいないところを狙っているが、後ろの車は関係なくめちゃくちゃに走ってくる。

 誰も轢かれていないのが奇跡みたいな運転だった。


「待てこらガキー!」

「その荷物よこせこらー!」


 荒っぽい言葉が後方から飛んでくる。

 景虎は運転しながら、スクーターのポケットに何か入ってないか探る。

 空振り。

 降りたあとは素手で戦うしかないようだ。


「なんであんなのに追われてる?」

「あいつら新興組織なんだ。タケダさんとこに喧嘩売って、ハクつけようとしてるんだよ」

「シントサカマフィアの中でも老舗だぞ?」

「たぶん、“だから”だと思う」

「……はぁ」


 シントサカにはマフィア、ヤクザの類は多くいる。あると言ってもいい。

 そしてここは犯罪多発都市。

 毎日のように誰かが徒党を組んでは、他の徒党を潰して名を上げようとする。

 その中でも老舗──つまりこの犯罪多発都市の中で“上手く”“長く”やっている連中だ。

 そこを狙い、潰せたら確かにハクは付くだろう。

 もし潰せなかったとしても、そこと敵対関係、戦争状態にあるというだけで、そこ──たとえばタケダ組を潰したい組織と関係を持つことができる。

 他にも様々なメリットデメリットはあるのだが、とにかく今、景虎たちを追うのはそういった手っ取り早く名を上げたい新興組織のようだった。


「オロカ・マフィアか」

「そうだと思う」


 シントサカではまだ名前が売れてない、知られていないマフィアやヤクザをそう呼ぶ。

 愚かなマフィア。というそのままの意味だ。

 敵はなんなのか大体わかった。

 景虎の仕事は簡単だ。

 テテロゥを無事にタケダ組の本部があるビルに運ぶだけ。

 その前にテテロゥが捕まったり、荷物を紛失したら失敗だ。

 シンプルでいい。

 そして新興組織相手のシンプルな勝負に負けるほど、景虎はシントサカの新参ではない。


「なら料金はロハでいい。仁科さんとこのサイダーで構わないぞ」

「ジャリ銭じゃん。そんな子供の使いじゃないんだから」

「友達が困ってるから助ける。いいさ。あ、やっぱりこのスクーター代は経費として払ってくれ」

「……了解。ありがとう、景虎兄ちゃん」

「いいって。金ならあいつらから貰うことにする」


 景虎は言って、ニッと笑みを浮かべた。

 それから十数分、背中に怒号を浴びながら街中を逃走して、景虎はタケダ組のビルに無事辿りついた。


「行けっ」

「うん!」


 ビルの前で速度を緩めると、テテロゥが飛び降りて一目散にビルの中に入っていく。

 それとなく警備をしていた男たちはタケダ組の人間で、テテロゥのことは知っているから顔パスで通す。

 それから何事かと出てこようとしたが、景虎が手で制したので立ち止まり、事の成り行きを見ることに決めてくれた。


「てめぇ、こらナニモンだ!」

「邪魔しやがって。どうなるかわかってんのかコラァ!」


 そのまま轢けばいいのに、律儀に車を止めて降りてきた男たちに、景虎とタケダ組の組員たちはちょっとにやける。

 場数をあまり踏んでいないのかもしれない。

 そのまま轢かれることを警戒していた景虎も、スクーターを普通に降りたあと、威嚇しながら近づいてくる男たちに向かって駆け出した。


「うぉっ! な、なんッ……ぎゃぶ!」


 外したヘルメットで先頭の男をぶん殴る。

 キレイに左頬にヒットして、男は地面を転がった。

 二人目の長髪のホスト崩れが戸惑っている間に、左手の裾と髪を掴んで引き寄せ、無理やり頭を下げさせてから鳩尾に膝を入れた。


「げぅっ……!?」


 ほとんど声が出ないまま両足を宙に浮かせた長髪は、着地と同時に地面に膝をついて呻き、転がった。


「てめぇっ!」


 一番後ろにいた男がやっと反応した。

 フック気味の右ストレートを放ってくる。

 なかなかに鋭いパンチだったが、アラゴト屋をしている景虎には児戯みたいなパンチだった。

 景虎はあえて頬を掠るようなスレスレで避けて、体勢を低く突っ込む。

 男の後ろに回り込んで胴体に両腕を回す。

 男の腹で両手をクラッチしたあと、70キロは超えるだろう筋肉質な身体を簡単に持ち上げた。


「うおっ! ちょ、ま、待て!」

「ちゃんと頭、両手でガードしろよ! 死ぬぞー!」

「待て! 待って、お願い、待って……!」

「よいしょー!」


 景虎は男を持ち上げたまま後ろにブリッジする。


「どへぇっ!?」


 殺すつもりはないので、男がきっちり頭を守るのを待ってから、スピードは抑えめで、いわゆるプロレス技のジャーマンスープレックスで叩き落した。


「はい、お疲れ」


 景虎は立ち上がり男たちを見るが、反撃に出れるような状態の者は一人も残っていなかった。

 景虎がビル前に到着してから、わずか二分の出来事だった。


「さて、依頼主からお金は取れないし、お前らから貰うことにしますよ」


 景虎は言いながら、男たちのポケットを探ろうとする。

 しかしビルの上から落ちてきた声に、動きを止めた。


「おい、カゲ。そんなみみっちいマネすんな」


 声で誰かわかったが、景虎は顔を上げてから応える。


「お久しぶりです、セイウンさん。お元気でしたか?」


 ビルの途中階、三階の窓から顔を出していたのはタケダ組の組長、武田セイウンその人だった。

 白髪を短く刈り込み、よく日焼けした強面だ。

 ガタイもデカく、鍛えられたプロレスラーみたいな見た目をしている。


「おう。運び屋のボウズによ、お前の仕事代も渡しといたから、それ受け取れ。そいつらはうちの客だからよ」

「俺はそっちの仕事何もしてませんよ」

「だからそいつらはうちの客なんだよ。うちのモンがするはずだった手間をお前が省いてくれた。立派にうちの仕事だよ。助かったぜ」


 セイウンがそこまで言ったら、もう後には引かない。

 だから景虎も素直に頷く。


「じゃ、ありがたくちょうだいしますよ」

「おう」


 セイウンが嬉しそうに笑みをこぼし、それから階下にいる組員に厳しい目を向けた。


「おう、そいつら運べ。あと持て余してる若いの全員呼べ。喧嘩してぇんだろそいつら。いくらでもさせてやる」

「うす!」


 組員たちがビルからゾロゾロと出て来て、避けた景虎に軽く会釈すると、気絶した男たちをビル内に運んでいく。

 車も組員の一人が慣れた様子で運転し、ビルの地下駐車場へと入れる。


「ご愁傷様ってやつだね」


 組員たちと入れ替わりにテテロゥが出てくる。

 手には厚い茶封筒が一つ。


「はい、これ。組長さんが」

「ああ。サンキュ」


 さっそく中を確認すると三十万円入っていた。

 一人十万。警察のリストに載っていない小物にしては、なかなかの金額だ。

 ヤクザが経済的に、社会立場的に追い込まれていたのは今はもう昔の話だ。

 今、上手くやってるヤクザは警察と同じぐらい金回りがいい。

 もちろんそんな景気のいい話はシントサカ限定だが。


「思わぬ臨時収入だ。テテロゥ、このあと仕事ないなら、どっか飯食いにでも行くか?」

「奢り?」

「もちろん」


 弱冠15歳にしてシントサカの運び屋を務める逞しい少年に、景虎は親指を立てて答えるのだった。

 

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