退魔師 最中武臣1
最中武臣は、たくさんの札が貼り付けられた六角棒を振るった。
ジュッ。と、何かが焼ける音。
それから、「ギャッ」と、悲鳴が聞こえた。
「や、や、やめてくれ」
しわがれた声だった。
路地裏の、汚い地面に尻もちをついて、そいつは命乞いをする。
武臣はタバコを口に咥えたまま、六角棒を肩に担いだ。
「へえ、命乞いなんてするんだな。もっと潔いのかと思ってた」
「な、なんでもします。もう、人に取り憑いたりなんかしませんっ」
しわがれた声の男は、必死になって言った。
身体は半透明で、声から予想される年齢よりも、ずいぶんと若い見た目だった。
男は、幽霊だった。
しかも、悪霊と呼ばれる類のモノ。
「俺は、それが嘘だと知っている」
武臣が言った。
和装だった。神社の宮司が着ているような服。
大きく印象が違う部分があるとすれば、武臣の着ているそれは、白と赤ではなく真っ黒だった。
武臣は、退魔師と呼ばれる人間だった。
魔を祓い、清める。
そういったことを生業にしている。
現代社会において、そんなのは迷信だとか眉唾だとか、精神疾患だとか言われる。
だが、“いる”。
奴らは確実にこの世界にはびこっているし、医者が治せないものを、武臣のような退魔師が叩き治す。
「お前が命を奪ったのは三人。そんなやつが更生することはない。たとえば未来に更生するお前の姿があるとして、そのような可能性を俺は認めない」
「つ、罪は! 赦されるものじゃないのか!」
男が、妙なことを口走った。
生前は無神論者のくせに、信心深いような言葉を吐く。
「はは」
さすがの武臣も、苦笑してしまった。
まさか命乞いに、自分の敵対者である神の言葉を引用するとは。
「潮時だ。じゃあな、悪霊」
「ま、待てっ、待ってくれ! あっ……」
武臣が六角棒を振るう。
じゅうっ、と、焼けるような音。
それから、黒い煙が空に舞い上がっていく。
男の姿はもうなかった。
だが、男がいた場所に安物の時計が落ちている。
それは、男が媒介として使っていたものだった。
「……」
武臣は息を吐き、草鞋を履いた足でそれを踏み潰した。
それからもう興味は失せたとばかりに踵を返す。
☓ ☓ ☓ ☓ ☓
「あー、儲からねぇ」
武臣は言って、深いため息を吐いた。
シントサカのストリートに数ある飲食店の中だった。
広くはない。
半分露店だ。
テーブルのうちのひとつ、パラソルが刺さったものを、ふたりで使用している。
対面に座っているのは暑苦しいスーツ姿なのに涼し気な顔をした男、橘一心だった。
「お前もそうは思わないか、一心」
武臣は瓶ビールを口に運んで、一心に絡む。
服は着替えてある。
浅葱色の綿のシャツに、サイズが大きめのスラックス。
普段から袴などを着ているせいか、肌に密着するタイプのものはあまり好まない。
「そう言ってもね、武ちゃん。僕らは退魔師だよ」
一心は微笑み、そう応えて瓶入りのジンジャーエールに口をつける。
互いの瓶は暑さでたっぷりと汗をかいていた。
「だから、その退魔師が儲からねぇって言ってるんだよ」
「儲かってるヤツもいる」
「お前の家とかな。政治家お抱えの橘家。羨ましい限りだぜ」
「けど、その恩恵に預かれるのは長男坊の兄さんだけだよ。僕も、妹も、本家じゃない人間は君と同じく苦労してる」
「はん、どーだか」
武臣は笑い、小鉢に入った鶏肉をほぐし、辛いネギを和えたものを箸で摘む。
口に入れて数回咀嚼し、それをビールで流し込んだ。
「今回の依頼だってそうだ」
「役所の案件だっけ?」
「そう。個人と比べてやっぱり安い。三人殺しの悪霊だぜ? それがたったの10万ぽっち。蘇我魔のおっちゃんに手数料引かれて85000。ガキの使いじゃねぇぞってな」
「でも、そのおかげで今日も美味しいビールが飲めるじゃない」
一心はつまみ用の餃子を手でつかみ、タレをつけて一口で食べる。
ナプキンで指を拭き、ジンジャーエールで流し込む。
「それはそうだが、やっぱり目標は安定して暮らすことだな」
「だったらなんで退魔師なんてやってんの。こんな現代のご時世にさ」
「そりゃお前……」
武臣はバツが悪そうな顔をして、一心から目を逸らす。
「これしかできることがねぇからだよ。わかってて聞いてんだろ」
「ふふ」
ふたりはしばらくつまみを食べ、ビールとジンジャーエールを飲み、それから街をゆく人間たちを眺めた。
通りにある屋台や店は客がぼちぼち増えてきて、忙しそうにし始める。
犯罪多発都市、シントサカ。
そう呼ばれてはいるが、平和な時間がないわけではない。
そうでなければ、こんな場所に誰も住まない。
そして、暴力だけが支配しているなら、ここは発展も未来もない。
ギリギリのバランスだ。
そういう土地だから、ここには悪霊や魔物といった類のモノが生まれやすい。
吹き溜まりもよくある。
日本全国で職にあぶれた退魔師の約60%がここ、シントサカに来たというデータもあるらしい。
武臣、そして一心も、そういう職にあぶれた退魔師なのであった。
「個人の仕事といえば……」
不意に、一心が口を開いた。
「一件30万の仕事があるんだけど、武ちゃん、興味ない?」
「もちろんある。だが、ひとつ聞かせろ。なんでそんな割の良さそうな仕事、ひとり占めしてない?」
「ははは」
一心が、にへらと笑う。
彼がこういう笑いをするときは、いろんな都合が悪いときだ。
「そりゃあ僕ひとりじゃ手に負えなさそうだからだよ、武ちゃん」
「そういうことか。珍しいと思ったんだ。お前がこんなに長い時間、俺の晩酌に付き合うのはな」
「晩酌って時間でもないでしょ。ほぼ昼だよ、まだ」
「お前の言う仕事、引き受けたら飯食ってる暇なさそうだからな」
「早く終われば、夕食には間に合うかも」
「早く終われば、な」
武臣はテーブルの上の瓶や皿をどかして、身を乗り出す。
「で? その美味しくてヤバい案件は、どうすりゃ受けられる?」
「ふふ、武ちゃんならそう言ってくれると思った。じゃあ行こうか」
一心が立ち上がる。
「どこに?」
武臣も立ち上がった。
すぐさま店員がやってきて、ありがとうございましたーと言葉をかけながらテーブルの清掃に入る。
立ったんだから席を空けろという意味だ。
「依頼主のところ」
「誰だ?」
「今最も老舗に近くて、問題が山積みになってるオロカマフィア」
「そんなの、掃いて捨てるほどあんだろ」
「はっはっ」
言いつつ、それ以上は詳しく聞かない。
どうせ聞いたところで、このあとの行動に何の支障もない。
「ところでお前、どれだけ中抜きするつもりだ」
「あー……えっと……ははは」
「50」
「40」
「ダメだ、50」
「……あー、わかったよ。成功したら、必ず50」
「忘れんなよ」




