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26.刑事 西芝の事件簿「暴力の沼2」

「……ここか」


 飲茶楼『トカンチャ・ロウ』を見上げ、東神が呟いた。

 界隈では有名な探偵のいる中華料理屋。シンプルなチャーハンが信じられないほど美味い。


「腹ごしらえついでだ。行くぞ」

「量が多いんだよなぁ、ここは」


 東神はブツブツ言いながら、西芝の後をついてくる。


「いらっしゃい。あ、刑事さんだ」


 店に入ると看板娘のエルーが笑顔で言う。

 するとざわめいていた店内が一瞬ピタリと静寂に包まれた。


「……日坂はいるか?」

「先生なら奥だよー。二名様入りまーす」


 目的が自分たちでないと安心した客たちが再び会話に興じる。

 西芝は東神とともに奥のパーテーションに囲まれた場所へと向かう。


「チャーハン大盛り二つ」

「はーい! 大チャーハン二つー」

「あいよー」


 歩きながら注文する。

 威勢のいい声が返ってくる。女将で大家の田中エヴァン。

 相当の情報通だが、彼女から目当ての情報を引き出すのは難しい。


「おい、俺は普通盛りでいいっての」

「情報がほしいだろ」

「だからってなー」


 文句を言いながらも東神は注文を訂正しない。

 欲しい情報によって食べる量が変わる。それがここのルールだ。

 対価が足りてないと思ったら追加注文。

 できればチャーハン大盛りで済んでほしいと東神の顔が言っていた。


「よぉ、日坂」

「ああ、これはどうも。西芝さん。東神さんも」

「どーも」


 奥の卓に座り新聞を読んでいたのは探偵の日坂だ。

 帽子を被り、眼鏡をかけて柔和な笑顔の男だが、かなり“やる”。

 並大抵のオロカじゃ触ることすらできないだろう。


「情報がいる」


 簡素に告げながら、椅子に座る。東神も同じように座った。

 日坂の真正面だ。

 日坂は新聞を丁寧に折りたたみ横の椅子に置いた。

 それからテーブルに肘を置き、両手を組んだ。


「情報屋さんから仕入れられないことですか?」

「そっちもあとから当たる。だがモノによってはお前のほうが正確だ」

「ふふ。情報屋さんは玉石混交ですものね」

「お前がつるんでるアガキが使えるが、あいつからは嫌われてるしな」

「アガキさんは西芝さんというより、警察組織全体が嫌いですから」

「はーい、大チャーハン二つお待ち―」


 日坂が慰めかどうかわからないことを言ったあと、エルーがチャーハンの大盛りとスープを持ってきて目の前に置く。

 匂いを嗅いだ瞬間、胃が動くのがわかった。

 西芝はレンゲを取って両手を合わせ、いただきますと言った。


「ほしいのは昨日起きたオロカ襲撃事件のことだ。なにか知ってるか」


 言いながら、西芝はチャーハンを掬って口に運ぶ。

 ニンニクとショウガが効いた美味いチャーハンだ。ネギと卵、サイコロ切りしたチャーシューというシンプルな構成だが、信じられないほど美味い。

 東神も美味そうに食べ始めたが、すぐに腹いっぱいになることは予想に難くない。


「オロカ……外様D-LANのことかな?」

「それだ。もう耳に入ってるか」

「一応ですけど。ただ犯人の容姿とかはさすがにないですよ。周辺の情報屋も持ってないと思います」

「なぜ? 誰か一人ぐらいは見てるだろ」

「あの場所にオロカが来たのは知ってます。ただ、そのオロカたち本人が人払いをしてたんですよ。ここは自分たちのシマだってね」

「外様のやり方だよ」


 スープを飲んだあと、東神が言った。


「暴力、恐喝で人払いをして小さな縄張りを作る。居心地がいい場所ならそこを中心に範囲を広げていく。分が悪いようならさっさと引き払う」

「典型的なオロカの動きだな」

「そのとおり。だから昨日、彼らはまさに愚かにも自ら襲撃者を監視の目から守ってしまった。それなりに名を上げ始めたとはいえ、この街にしてみればまだまだ危険視するほどのグループではないですからね」

「……なるほど。じゃあ大した情報はないか」

「いえ、ひとつだけ」


 日坂は眼鏡を取って布で拭き、再びかけてから西芝を見た。


「そのとき来たオロカは三人だったらしいですよ」

「……三人? 二人じゃなく?」

「はい。ただ誰がどんな特徴、みたいなものは誰も。夜も遅い時間でしたし」

「それだけでもあるだけマシだ」


 西芝はチャーハンの皿を空にして、苦しそうな顔をしている東神の皿を奪って一気にかき込む。


「よく食えるな」

「これぐらい普通だ」


 最後に水を一息に飲んで立ち上がる。


「美味かった。ごちそうさま」


 テーブルに金を置いて出口に向かう。

 東神もそのあとをついてくる。


「またお待ちしてまーす」


 背中越しにエルーの明るい声が聞こえた。


「次はどーする? 情報屋か?」

「いや、日坂の言うとおりなら役に立つヤツは少ない。そっちは他の班に任せて、俺たちは三人目の足取りを追う。次の被害が出る前にな」

「……まだ続くと思うのか?」

「ああ。相当強い恨みじゃないとあそこまでやらない。そして、あの二人だけが特別恨まれるようなことをしていない。あれほどの恨みなら、マフィア全体に向けられてるはずだ」

「オロカとはいえ、守らなければならんのが警察の辛いところだな」

「犯罪を犯さないかぎりはこの都市の市民だからな」


 そんなものはすでに割り切っている。

 西芝は東神とともに車に乗り込み、事件現場近くに防犯カメラが設置してある店や家を探し始めることにした。


ー・-・-・-


「くそっ! なんにもわかんねぇじゃねえか!」


 外様D-LAN所属の倉田がゴミ箱を蹴っ飛ばした。

 プラスチック製の水色のゴミ箱が生ごみをまき散らしながら転がる。

 目の前には数人の男が倒れている。

 オロカですらないチンピラたちだが、数週間前、串名の命令で因縁をつけてリンチした。

 こいつらが復讐したのかと思ったが、倉田たちを見ると怯えた顔をして逃げ出したのですぐに違うとわかった。

 わかったが、串名に何をしていなかったと思われるのはまずい。

 だから再びリンチした。

 弱いヤツはこうして何度も淘汰される。

 ここはそういう都市だ。弱い奴が悪い。


「何か、何かねぇのか……ん? おい、篠井はどーした?」

「あ、クソじゃないっすか。あいつ喧嘩すっとすぐ腹壊すじゃないすか」


 久澤がいくつか前歯の抜けた口を間抜けに開けて答える。


「なげぇクソだな」


 篠井はそこまで喧嘩が強くない。頭の回転もあまり良くない。

 そんなヤツがこういった場面でも役に立たないとなると苛立つのは当然だ。

 と、倉田は思っている。


「どこのトイレだ?」

「さあ……そこじゃないっすか?」


 久澤が指さした先は小さな商店だった。

 むしゃくしゃしていたが、倉田ではトップの串名に口答えすることすらできない。

 この苛立ちをぶつける相手が必要だった。

 倉田が商店に足を向けた、そのときだった。


「あ、倉田さん……」


 その商店から串名始め外様D-LANメンバーに奴隷扱いされている男、未知野が袋を持って出て来た。


「なにやってんだお前」

「あ、な、なにってその……串名さんからみんなに差し入れしろって、だから」

「進捗の監視も兼ねて、な」


 串名のやり方はわかっている。

 未知野を使って監視しているのだ。倉田たちの行動を。


「あの、これ……」

「おう。助かる、ぜ!」

「ごぶっ!?」


 そんなことをされても逆らえない苛立ちも込めて、倉田は飲食物やタバコなどが入った袋を受け取ると同時に未知野の腹を思い切り蹴りつけた。


「うぐっ、お、おぇ……」


 未知野は腹を抑えてその場にうずくまり、唾液をダラダラと垂らしていた。


「おい。全員に配れ」

「うす」


 倉田は袋を久澤に渡し、メンバーたちに物資を配らせる。

 自分もコーヒーの缶を開けて飲みつつ、苦しんでいる未知野を見下ろす。

 弱者というだけで悪いとされるこの都市で、最下層の弱者。

 なぜ生きてられる。

 倉田はそんなことを思いながら、頭をペコペコと下げつつ逃げるように去っていく未知野の背中を見つめた。


 それからすぐのことだった。

 目の前の商店のトイレで、篠井が全身を殴打された意識不明の状態で発見された。

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