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21.シントサカの輸出入業者

「よーし、慎重に運べー。割るなよ」


 シントサカのヒガシにある港湾地区で、野村ソニーが従業員たちに声をかけていた。

 くたびれたトレンチコートを着た男で、無精ひげをたくわえ、くわえタバコをしている。

 22歳という若さだが、その雰囲気から30を超えていると勘違いするものもいる。


「ソニーさん、これはどこ持っていきます?」


 従業員の一人が船から下ろした木箱入りの積み荷(中身は酒)を見せながら聞く。


「それは4号のバンに積んどけ。二重だからな」

「了解っす」


 5台並んでいるバンのうち、四番目を指さしたソニーは、次々に降りてくる積み荷を確認し、運び入れる場所を指定する。

 従業員は全部で十人。

 自分より年上も多いが、ソニーの指示ぶりは堂々としたものだった。


「よし、全部積んだな。事業所に帰るぞ」

「はい!」


 それぞれがバンに乗り込もうとしたとき、ふとソニーは何か忘れてることに気づいて立ち止まった。


「おい、柴!」

「は、はい!」


 柴と呼ばれた若い男が返事をした。

 まだあどけなさを残した十代の若者だった。


「お前、税関さんにお土産渡したか?」

「……あっ」

「バカ! お前、さっさと行ってこい!」


 ハッとした柴の頭に、隣に立っていた南米系のクワスコの鉄拳が落ちる。


「いてっ! す、すんません! 行ってきます!」


 柴は大きなスポーツバッグを担いで、税関事務所のほうへ走っていく。

 その様子を見て、ソニーとクワスコはやれやれと肩をすくめた。


「お、お待たせしました」

「おう」


 ソニー含めて従業員たちが一本タバコを吸い終わったころ、柴が空になったスポーツバックを担いで戻ってきた。

 手にはクリアファイルに入った書類を数枚握っていた。


「あの、ソニーさん。これを税関の、えっと……」

錦山にしきやまさんな。名前覚えとけ。自分の名前を知っている人間に、人は好意を抱くからな」

「そうなんすか?」

「経験則だよ。だが、間違えるよりは忘れてるほうがマシだから、そこらへんの塩梅も気を付けろ」


 ソニーは新たなタバコに火を点けたあと、咥えたまま書類に目を通す。

 今回の荷物の正規の書類と偽造書類だ。

 どちらも税関の印がつけられていて、これで全部の書類が“本物”になった。


「寄っていくところがある。お前らは先帰って荷物下ろしておけ。クワスコ、指示頼む」

「うす、了解です」


 バンが出発するのを見送ってから、ソニーは護衛とともに高級車に乗り込む。防弾仕様で、アサルトライフル相手でもしばらくは持つ。


「出してくれ」


 護衛兼運転手に告げて、横の座席に置いた小さな木箱に腕を置く。

 酒瓶が二本と緩衝材が入っている程度のものだ。

 しかし中は二重底になっていて、底には薄く引き伸ばされた白い粉が600g分敷き詰められている。

 それを持って、ソニーは取引先へと向かっていた。

 港から出るとき、大手の帳海運やヒヨルド商事の営業も見かけた。

 誰も彼もヒガシの港湾区域、通称『臨海』ではよく見る顔だ。


「ふっ……くく……」


 西地区の西焔通りを抜けて目的地まであと少しというところで、ソニーは見ていた雑誌に面白い記事を見つけて噴き出した。

 いつもなら護衛に見せるところだが、残念ながらそれよりも先に取引先に到着してしまった。

 荷物を護衛の一人に持たせて、運転手も務めた護衛と共に降りる。

 腰にはハンドガンを差し込んで武装してある。

 何度か取引している相手だが、丸腰で行くほど信頼はしていない。


「やあ、どうも野村さん。お待ちしてましたよ」

「どうも。らいさん。ご注文の品、お持ちしましたよ」


 西地区とあるビルのワンフロアに、取引相手である老舗『頼々会らいらいかい』がある。

 そこの長である頼自らがソニーを出迎えた。

 当然周りには十人以上の護衛がいる。全員目が鋭く、いつでも暴力を使える人間が揃っている。


「うん。これだ。いやー、いつも通りいい仕事をするね」

「ありがとうございます」


 ガラス窓で仕切られた個室で木箱を開けた頼は、しっかり底まで確認してからニンマリと笑みを浮かべた。

 室内には二人きり。

 ソニーの護衛二人は部屋の外で待ってもらっている。

 同じ護衛として親近感があるのか、頼の護衛と何某かの会話を交わしていた。


「ところで野村さん」

「なんですか?」

「おたく、銃器は扱わないの? 厳ついヤツ」


 ソニーは首を振った。


「厳ついのはやってないです。安物ならありますけどね。人を脅すくらいなら充分なヤツとか」

「……やっぱりシントサカでもそっちは難しい?」


 頼が両手で銃を構えたような恰好をして見せる。

 架空のスコープを覗いて、架空の銃口をソニーに向ける。

 頼が求めているのはアサルトライフルなどの殺傷能力、破壊能力が高いものだ。


「特区だとしてもここは一応日本ですからね。安物でも手に入るだけマシですよ」

「それもそうか」

「お役に立てず申し訳ない」

「いいんだ、いいんだ。聞いてみただけだから」


 頼は顔の前で手を振ったあと、背後にあった金庫を開ける。

 ソニーは手の動きから番号を割り出し、いつでも金庫の中身を奪える状態だが、そんなことはしない。

 長く続ける顧客と商売は大事だ。


「じゃあ、これが今日のお仕事代ね。また頼むよ」

「もちろんです。こちらこそありがとうございました」


 渡された帯付きの紙幣を6本受け取り、ソニーは部屋をあとにする。

 頼の護衛たちに「ごくろうさまです」と頭を下げられながら帰るのは、いつでも気持ちの良いものだ。


「港に寄ってくれ」

「わかりました」


 運転手に告げて、西地区の港に向かわせる。

 用事のついでに、少しだけ休憩を入れておく。


 西地区の港はヒガシに比べて静かだ。

 護衛たちは目の届く範囲で食事休憩させ、ソニーは稼働していない倉庫横の石段に腰かけた。

 ふ頭から見えるコンビナートを眺めながら、タバコをふかす。


「ふ、やっぱり傑作だな」


 それから雑誌を眺めて先ほど見つけた誤植に一人で笑う。

 すると、前方から人がやってきた。

 緑のウインドブレーカーとベージュのワークパンツを穿いた男だ。

 動こうとした護衛を手で制して、その男にそのまま片手を上げる。


「よぉ、アガキさん」

「待たせたか?」


 現れたのは情報屋のアガキだった。

 ボサボサの髪に無精ひげ。なんとなく自分と似ている男だとソニーは思っている。


「いいや、全然。それよりこれ見てくれよ」


 ソニーは雑誌の開いていたページをアガキに見せる。

 アガキは目を細め、顔を近づけて記事を読む。

 サッカー選手の特集だ。インタビューが掲載されている。


「どこだ?」

「ここだよここ」


 ソニーが指さしたのは、選手のプロフィール欄だ。

 そこには──。


「こいつ、年棒2円の契約年数2億年だってよ。ぶひゃはは! 逆だろ逆!」

「ホントだ!? ダハハハハ!」


 ソニーほどではないがアガキもツボに入ったのか大笑いする。

 アガキは情報屋という性質上あまり感情を表に出すことはないが、ソニーが見せる誤植記事などにはこうして反応する。

 だからソニーとしては、本来はそこそこ馬が合う人物だと評価していた。


「いやー、なんてもん見つけるんだよお前。本当に目ざといな」

「喜んでもらえてよかったよ。それにしても、ふふ……2億年2円……どんな罰だよ……ククク」

「まだ笑ってところ悪いが、お前向けの情報が手に入ったぞ」

「ん?」


 アガキはメモ帳の一部を切り取った紙をソニーに手渡した。


「一週間後、本局からお偉いさんが来るんだと。土産の通じない堅物だ。ヤバイものは早めに運んでおいたほうがいい」 

「ああ、品崎さんか。じゃあ、しばらくは“うっかり”上げ底なんてしないほうがいいかもな」

「そうだな。それがいい」


 ソニーはコートのポケットから無造作に巻束──十枚以上の紙幣を丸めて輪ゴムで包んだもの──を一つ取り出してアガキに渡した。


「有益な情報だった。ありがとうアガキさん。また頼むよ」

「ああ。こっちこそ」


 巻束をウインドブレーカーのポケットに突っ込み、アガキが自分のヤサに帰っていく。

 それを見送って、ソニーも立ち上がった。

 タバコを足元に捨て、靴底で踏みつける。

 それからもう一度コンビナートを眺め、海から流れてくる風を浴びる。


 野村ソニーはシントサカの自由さが好きだ。

 だからこそ、輸出はともかく銃器の輸入は最低限に絞っている。

 この素晴らしき都市を殺伐とするだけの戦場にはしたくないからだ。

 帳海運などが本格的に参入したら、ソニーの会社みたいな中小の願いは吹き飛んで消えるものではあるが。


「さて、もうひと働きするか」


 新たなタバコに火を点けて、ソニーは車へと戻るのだった。

ちゃんと↓の評価ボタンとブックマークを押したか?

よし、忘れものはないなー。戻って仕分けの時間だお前ら。

また次回、会おう。

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