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2.猫と出前バイクとさらば臨時収入

「これで賃料払ってもおつりが来るな」


 トサカヒガシ署から出てきたアラゴト屋の葦尾あしお景虎かげとらは、ホクホク顔で手元の札束を数えていた。

 先ほど捕まえた賞金首のお金をさっそく受け取ったのだ。

 シントサカ以外の地域では金が出るまでに時間がかかる場所もあるらしいが、そんなことをシントサカでやったら誰も賞金首を捕まえなくなる。

 功労には迅速に対応する。

 昼に賞金首を捕まえて、同日昼中には金を受け取れる。

 シントサカの良いところだと景虎は思う。

 代わりに報復も迅速に。

 というモットーを持つ組やマフィア、カルテルも多いから、恨みを買うなら慎重に。もちろん警察も。

 それがこのシントサカの暗黙のルールだ。


「先生帰ってる?」


 店の一部を間借りしている飲茶楼『トカンチャ・ロウ』に帰ってきた景虎は開口一番に言った。

 店の中で忙しくクルクルと飲茶を運んでいた看板娘、エルーが藍色の蒸し器を一つ投げてよこす。


「三番テーブルさんお願い」

「了解」


 危なげなくキャッチした景虎はそのまま三番テーブルへ。


「どうぞ、五種の焼売でございます」

「お、ガタイの良い兄ちゃんだ」

「俺はエルーちゃんが良かった」

「贅沢言うなよ。筋肉もいいだろ」

「そりゃお前はどっちもイケるからいいだろうけどよぉ」

「いいから食えって」

「ちげぇねぇ。ワハハハハ!」


 そんな会話をする客たちから離れ、景虎は先生用に買ってきた饅頭の入った袋を店の奥にあるテーブルに置く。

 籐で編まれたパーテーションで区切られたその狭い一角が、景虎と日坂先生が借りている事務所だった。


「ちょうど良かった。カゲ、先生から電話」

「ども」


 厨房から飲茶楼の女将で大家の田中エヴァンが顔を出す。

 手には黒電話の受話器が握られていた。

 景虎は受話器を受け取り、耳に当てる。


「はい、景虎です」

『お、よかった。景虎くん、猫が見つかったんだ。で、その子らがちょっとヤバイところに入り込んじゃって』


 電話の相手は当然、日坂先生だ。

 車やバイクの走行音と排気音がうるさいから、個室タイプじゃない公衆電話から掛けて来ているのがわかった。


「ヤバイって?」

『ラオファンバンの取引現場だよ。すぐ別れてくれるなら良かったんだけど、彼ら飲み始めちゃってさ』

「あー……」


 バンは『幇』と書く。

 本来は中華系の互助会や同郷会的な穏やかなものを示す文字だが、ここシントサカでは犯罪組織のことを表す。

 ラオファンバンは新興に近い組織で、これ以上派手な動きが目立つと粛清される可能性もある。

 つまり今はまだ大丈夫ということだ。

 目立つ寸前のイケイケなチーム。

 人材も仕事も活気もある。


「場所は?」

春海しゅんかい通りの倉庫街。今はもう使われてない合泉ごうせん食品の旧倉庫。来れる?』

「すぐ行きます」


 電話を切り、エヴァンに礼を言って、ついでに賃料の10万を払っておく。


「カゲ、使いな」

「ありがとうございます」


 出ようとするとエヴァンが何かを投げて寄越す。

 それは出前用スクーターの鍵だった。


「壊すなよ」

「肝に銘じます」


 外に出てスクーターに跨る。

 エンジンをかけて、すぐにフルスロットル。

 岡持ち用の支えを揺らしながら倉庫街に向かって疾駆した。

 大量の車やバイクの間をすり抜ける。

 クラクションを鳴らされるが気にしない。

 途中、警ら中のタチバ巡査とヒノ巡査と目が合った。

 タチバ巡査が、


「ヘルメットしろボケェ!」


 と叫んだので、仕方なくヘルメットを頭にかぶって顎の下で紐を締める。

 スピード違反ぐらいじゃ特にお咎めなしだ。

 ──彼らが警察車両に乗っていたなら話は変わったかもしれないが。

 そうこうしているうちに、景虎は春海通りに入った。

 倉庫街は巨大だが、碁盤状なので場所の名前さえ把握しておけば他の通りより楽だ。


「景虎くん、こっちこっち!」


 声に気づいてそちらを見ると、よれよれのスーツ姿にボサボサの黒髪、銀縁眼鏡の柔和そうな顔をした男──日坂先生が手を振っていた。

 景虎は重心を傾けてカーブ。

 あとはエンジンを切って、惰性で日坂のほうへ進む。


「お疲れ様です」

「お疲れ。現場、ここね」


 バイクを降りると、景虎より頭半分小さい日坂が嬉しそうな顔ですぐ近くの倉庫を指さす。

 しかしそれよりも気になることがあった。


「先生、それ……」


 日坂の足元に縛られ、転がっている男女を視線で示す。


「ん? ああ、探してた猫だよ」

「倉庫の中に紛れたんじゃ……」

「いやいや、倉庫の中にいるのはラオファンバンと取引相手の夏鳥なつどり組だけ。猫ちゃんはビビッて倉庫から出てきたところを捕まえたんだ」

「……そうですか」


 女のほうは青ざめているが、普通に気絶している。

 たぶん、腹に一発入れられただけだ。

 男のほうは左頬にでかい痣を作って白目を剥いている。これからもっと腫れるに違いない。

 きっと先生相手に抵抗したのだ。無駄なことを。

 と、景虎はほんの少し同情する。


「仕事自体は完了している、と」


 それから現状を把握。

 日坂に来た依頼は猫──組織の金を奪って逃げた者の隠語──の捜索及び捕獲。

 仕事の最中に新たな金の匂いを嗅ぎつけて、日坂は景虎を呼んだのだった。


「景虎くん、準備運動は済んでる?」

「さっき、賞金首二人ぶん殴って捕まえました。ここまでスクーターかっ飛ばしてきたんで、大丈夫かと」

「それは重畳。それじゃあ、取引のブツ、奪っちゃおうか」

「いやでも先生、ラオファンバンと夏鳥組でしょう? 恨み買いませんか?」


 訊くと、日坂は顔の前に人差し指を立てて「チッ、チッ、チッ」と振った。


「嫌だな、景虎くん。僕がそのあたりの準備を怠ってるとでも? 確認済みだよ。中にいる六人はそれぞれの末端。組織のお薬をくすねて、個人的なお小遣いにしてるみたい」

「……なるほど。じゃあ後腐れなしですね」

「そういうこと。むしろ彼らをぶっ飛ばしてお薬と共に差し出せば、僕らにお小遣いというわけ」

「やりましょう」

「そうこなくちゃ!」


 嬉しそうに言った日坂は、眼鏡を外して胸ポケットにしまう。

 それから髪を撫でつけてオールバックにすると、指をボキリと鳴らした。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 日坂が倉庫の分厚くて重い扉を片手で無遠慮に開く。

 中で飲んでいた男たちの声が静まり返り、入ってきた日坂と景虎に視線が注がれる。


「誰じゃお前ら!」


 一人だけ椅子が用意されずに立っていた坊主頭の男が凄む。

 それを無視して、景虎は男たちの人数と武器をざっと確認する。

 向かって右側に角刈り二人と坊主が一人。三人とも白シャツとスーツズボン。夏鳥組だろう。

 左側には立っている男と禿頭の二人。

 立っている男は痩せぎすだが、禿頭の二人は分厚かった。

 白のタンクトップから覗く筋肉は隆々として、逞しい腕には龍の入れ墨が彫られている。

 あれがラオファンバン。

 さらにテーブルの上には日本刀一振りと青龍刀が二本。

 酒の瓶が何本か乱雑に置かれ、その間にパッケージングされた白い粉がいくつも並べてあった。


「誰かって聞いてんだこら!!」


 問う男を無視して、日坂が景虎を見る。


「どっちがいい?」

「どっちでもいいです」

「じゃあラオファンバンお願い。僕は夏鳥組で。いける?」

「問題ないです」


 話し合いが終わり、景虎と日坂が何でもない、普段通りの足取りで六人の男たちに近づいていく。

 最初に反応したのは角刈りの一人だった。

 テーブルにあった日本刀を握り、座ったまま居合の要領で引き抜く。

 いや、引き抜こうとした。


「ガッ……!?」

「ごめんね。僕、足癖悪くて」


 その前に、日坂の靴底が柄を握った角刈りの手を蹴り潰していた。

 まだ間合いはあったはずなのに、日坂は一歩で距離を詰めていた。驚く角刈りの顔に、拳を縦にした縦拳を叩きこむ。


「ゲブッ……!?」


 椅子ごと身体が浮き上がる角刈りの頭を掴んで、今度は膝蹴り。それで一人目は失神。驚くほどの早業だった。


「お、おま、ま……」


 景虎は日坂の動きに驚いて固まったラオファンバンの坊主頭の顎に右フックを打ち込む。


「ゲゥッ……」


 軽く当てただけだが、坊主頭の膝がぐにゃりと歪んでくずおれる。さらに禿頭の一人が青龍刀を掴む前にステップで距離を詰めて鼻っ面に左ジャブ。


「ベッ!? ゴッ……オゲッ!?」


 怯んだところに左のミドルキックでつま先を相手の鳩尾へ。

 体勢をくの字に折った相手のこめかみと耳を、右ストレートで思い切り打ち抜く。

 鈍い音がした。

 禿頭はテーブルにぶつかって派手にひっくり返る。


「テメェ!!」


 最後に残った禿頭が青龍刀を二本取って構える。

 景虎は冷静に転げ落ちた禿頭が座っていたパイプ椅子を取って、ぶん投げた。


「おわっ!?」


 椅子は咄嗟に構えた青龍刀に当たり防がれるが、禿頭の体勢が崩れた。

 景虎はその隙に身を低くして突進し、禿頭の腰と太ももを抱えるようにタックル。

 禿頭はロクな受け身もできず、床に後頭部を強かに打ち付ける。衝撃で青龍刀が落ちた。

 景虎は素早く起き上がりながら、馬乗りになる。


「うぐっ、ぐっ……」

「最初っから素手喧嘩ステゴロだったら、もっと早く動けたのにな」

「う、うぉっ……!」


 禿頭が腕を振り回すが景虎には当たらない。

 逆に景虎が振り落とした鉄槌は面白いように禿頭の鼻っ面にヒットした。


「ゴッ、あぎっ、ぐ、おご、ご……」


 相手が気絶するまでに七発。

 もっと早く意識を刈り取れたはず。

 鍛錬が足りない──と景虎は考える。

 禿頭を沈黙させて景虎がふと振り返ると、すでに日坂のほうは終わっていた。

 それどころか椅子に座って飲みかけの酒をちょうだいしながら、景虎の戦闘を眺めていた。


「お疲れさま。景虎くん、テイクダウンの取り方上手くなったね」

「先生のおかげです。でも、まだまだです」

「見た目に反して真面目だよね、景虎くん」

「先生こそ」

「ん?」


 日坂は自分の周りに転がる、顔を一か所ずつ腫らして気絶した男たちを見て、また景虎を見る。


「見た目通りスマートに終わらせたつもりだけど」

「やり口が凶暴すぎるって言ってんです。あと……」

「なに」

「スマート……?」

「スマートでしょう、僕!?」


 心外だ! と、言わんばかりに日坂は脚を組む。

 しかしそのつま先がテーブルに当たり、衝撃で鞘から抜けた日本刀がすぐ横に突き刺さる。


「うわっ! あぶなっ! びっくりした!」


 飛びのく日坂。椅子から転げ落ちて床を回転。

 手にしていたグラスが吹っ飛び、中身を盛大にこぼして割れる。

 ……しっちゃかめっちゃかだ。

 どこがスマートなんだか。

 と、今度は口に出さず、景虎は残念なモノを見る目で見つめた。


「お、おほん。とにかくケガ一つなく終わってよかった。これから運び屋さん呼んでくるから、見張りよろしくね」

「了解です」


 そう言って、日坂が出ていく。

 そして倉庫の外で「うわ! 逃げちゃダメだって! 君たちが本命のお仕事なんだから!」という声とともに、鈍い音と男の悲鳴が重なった。


「……やれやれ。戦闘自体はスマートだと思うんだけどな」


 景虎は改めて日坂が仕留めた夏鳥組の下っ端を眺める。

 ほぼすべてが一撃。

 確実に仕留めるための二撃目。

 これで日坂との戦闘は終わる。

 景虎は自他共に認めるシントサカの『強い』アラゴト屋だが、日坂相手の訓練で十合以上打ち合えた試しがない。

 遠い相手だ。

 だからこそ、慢心せずに鍛錬し続けられるということもある。


「あれで本職が探偵だっていうんだから、意味がわからない」


 アラゴト屋であれば今の何十、下手したら何百倍と稼げるかもしれないのに、日坂は頑なに探偵を続ける。

 けれどだからこそ、景虎は日坂に師事しているのかもしれない。


「景虎くん! 今日なに食べたい? 臨時収入いっぱいだから、高級中華でもいいよ」


 倉庫に戻ってきた日坂がいきなりそんなことを言った。


「うーん、じゃあ焼肉で」

「高級?」

「あんまり味の違いわかんないですけど」

「じゃあ高級にしよう。身体がわかるよ。筋肉の作られ方、回復の仕方が違うから」

「そんなもんですかね」

「そそ。そんなものだよ。知らないけど。じゃあ、今日はパーッと使っちゃおうか!」

「あ、すんません。俺、先にエヴァンさんにバイク返さないと」

「ええー、それ絶対うちで食べてけコースになるよね」

「まあ、いいんじゃないですか?」

「よくないよ! 稼いだことを気取られたら、いつもの三倍料金取られるんだから!」

「はは……まあ、いつも先生が自分の分の賃料払わないのがいけないんですけどね……」

「あ、でも……バレなきゃいいのか。よし、絶対内緒にしようね、景虎くん!」

「……はい」


 絶対バレるんだよなぁ。

 景虎はそんな言葉を、名案思いついた! と嬉しそうにしている日坂に言えずに心にしまった。


 ──そして案の定、エヴァンとエルーに捕まり、いつもの倍以上の値段で、いつもの料理を食べるハメになるのだった。


「ちくしょう! 返ってきてー! 僕の臨時収入ー!」

読んでくださってありがとうございます!

面白かった、他の話も読みたいと思ってくださった方はいいね、高評価をよろしくお願いいたします!

感想もお待ちしております。

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