表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/31

18.大食漢二人のランチと商談

 乗田じょうだコモリは体重130キロを超える巨漢だ。身長も180センチある。

 顔は愛嬌があって可愛らしい。

 顔の周りにはたっぷり脂肪がついているが、それがまた不思議と乗田の愛嬌に一役買っている。

 着ているスーツは特注サイズで、常人よりも金がかかる。


「うはっ、美味そう!」


 乗田は今、屋台街にあるフードコートの六人席に陣取っていた。

 テーブルには所狭しと料理が並んでいる。

 この量でも一人で平らげることはできるが、残念ながら今は乗田一人ではない。

 対面に友人が座っている。

 乗田よりも身長が高く、筋肉で引き締まった身体をしている。

 アラゴト屋、葦尾景虎。

 乗田とは違う意味で巨漢だから、見る者によっては、というかほとんどの他人にとっては恐怖の対象だろう。

 でかい。というだけは人はその人物を同じ人間種とは思えなくなるのだ。

 そして景虎は良いこともするが、悪いこともする。

 暴力を躊躇なく使うことができる側の人間だ。

 恐怖の対象、と言ったが、実際恐怖しておいたほうがいい。

 こういう人間には近寄らないことが平和な人生の第一歩なのだ。


 しかしこんな法律なんてあってないような場所だ。

 乗田にとって重要なことは景虎が気楽に話せる相手であるかどうか。

 大切なのはそれだけだ。


「ああ、美味そうだ。しかしあれだな。お前は今日も暑そうだな」

「君よりも何枚か着込んでいるからね」


 乗田はいつものやり取りに笑いつつ、まずはルーローハンの皿を取る。もちろん大盛りだ。

 いくらかかき込んだあと、砂糖がたっぷり入ったタピオカミルクティーを吸う。

 景虎はまず大盛りのチャーシュー麵から行くようだ。

 大きな口を開けて常人の三倍ぐらいの量を一口で啜る。

 美味そうに飯を食うヤツは好きだ。

 乗田は食べ物と調理する人間、飯を美味そうに食う人間にリスペクトがある。

 そして常々自分もそうあろうとしている。


 ルーローハンをあっという間に平らげたあとは、チャーハン、ナンとカレー、蒸し鶏のサラダに豚の煮物ラフテーを忙しなく口に運んでいく。

 汗が噴き出る。

 シントサカは常夏だ。

 屋台街のフードコートは半分外なので、いくつもファンが稼働していても、飯を食えば汗が出る。

 

「暑い。サウナスーツでも着てるみたいだよ」

「実際着てるようなものだろ」

「まったく効果のないサウナスーツだけどね」


 乗田はスーツのジャケットを脱いで、ネクタイも緩めている。

 それでもシャツが透けるほど汗をかく。

 そもそもがこの熱帯を思わせる地域でそんな些細な対策は意味がないのだ。

 商談の前に新しいシャツをどこかで購入しなくてはと、乗田はフォーを啜りながら思う。


「相変わらずよく食うな、お前は」

「君に言われたくないね」


 乗田が三杯目のラーメンに取り掛かるころ、景虎はルーローハンをかき込んでいた。

 食べる順番が違うだけでほぼ同じメニューを食べている。

 二人で合わせて十キロの食事だ。どこぞの立食パーティーのメニューかと思った人間もいただろう。

 乗田はラーメンの汁まで残さず飲み干したあと、餃子と生姜焼きに手をつける。

 目の前で美味そうに飯を食う景虎の引き締まった肉体は羨ましいと思う一方、彼が毎日トレーニングをかかさない男だと知っているので、そんなことをするのはごめんだと思う。

 乗田は美味い飯を食うために生きているので、身体を鍛えたりはしない。

 痩せたいと思いながらも食べてしまう人間ではない。

 乗田は美味いものを食い続けたらこうなったのだから仕方ない。

 そう考える人間だった。


「仕事のほうはどうだ? 上手くいってるようだが」

「いつも通りだよ。可もなく不可もなく。まあ、ここはシントサカだからね、内外に客はたくさんいるよ」


 ジャスミンティーをジョッキで飲みながら、乗田は応える。

 乗田は商社マンだ。

 シントサカに拠点を置く『ヒヨルド商事』に勤めている。

 ここは特区であり、本国だけじゃ手に入らない物品も、ここを通せば大概のものは手に入る。

 もちろん独自のルートや袖の下と呼ばれるものも場合によっては必要になってくるが。


「さすがにこっちの生態系に影響を及ぼすヤツとかは止めるけどね。この間、そういう客にあたって大変だったんだ」

「そういうのはどうするんだ?」

「切ったよ。当然だろ。金でも暴力でも、どっちにしろ要求を強く押しとおそうとする人間は今回上手くいったとしても近いうちに絶対ろくでもないことに巻き込まれる。というかそういうトラブルを起こす。だから今は多少損しても、将来の得を取るのさ」


 から揚げを二個同時にとって口にひょいと投げ入れる。


「当然向こうは激怒してうちに怒鳴り込んできたんだ。オロカを五人ほど連れてね。いやーよかったよ。僕個人が狙われたら対処に苦労したけど、会社にわざわざ乗り込んできてくれたんだから」


 景虎が笑う。

 ヒヨルド商事に限らず、シントサカで商売をしている企業のほとんどが自前の警備を持っている。

 特にヒヨルドは本国だけではなく他国とも渡り合うことが多いので、警備の質は良い。そういうところに資金をケチって潰れた会社は多いので、偉大なる先人たちの屍を無駄にはしない。

 そしてそんな会社に乗り込んだ連中が辿る末路は言わずもがなだ。


「まあ、無理さえ言わなければこっちも融通できるものはいくつかあったんだけどね。こっちとしてもルートはあるわけだし」


 顧客は様々だ。企業や団体はもちろん、個人もままある。

 商事が相手にするには割に合わないと思われることもあるが、個人のほうが購入額が大きい、なんてことも普通にある。

 合法、非合法なんでもござれ。シントサカを通ってくる時点で非合法が合法になることもある。

 そういうことなのだ。

 シントサカから入ってくるものを買うということは。

 だから金が積まれる。だからこの特区は潤っている。

 もちろん関係各所に袖の下は忘れない。

 こういった商売なので、根回しは大事だ。


「そうだ。君はなにか必要なものはないのか、景虎」

「……今は特にないな。美味い飯が食えればそれで」

「ふふふ、そういうだろうと思っていたから」


 乗田はジョッキの水を飲み干したあと、携帯端末の画像を景虎に見せる。


「良い柄のアロハシャツが入ったんだ。緑を基調にした赤のハイビスカス柄」


 ぴくりと景虎の眉毛が動いた。

 本当にこいつはわかりやすいな、と乗田は思わず笑ってしまう。


「いいだろう、これ。君なら仕入れ額に10%の上乗せでいいよ」

「なんでそこまで安くなる? 今日の飯はお前の奢りじゃないのか?」

「もちろん、僕の奢りだよ」


 食事を奢る約束で景虎を呼び出した。

 その上、安くで彼の気に入るものを売ろうというのだから警戒するのも当然だ。


「実はね、今日これから行く取引先が新規なんだ。魅力的な案件なんだけど、どうにも書類が嘘くさい。一度顔合わせしたヤツもうさん臭くてさ」

「なるほどな。美味い飯を食うだけだと思っていたのに」

「嘘つけ。うすうすわかってただろ」


 乗田が言うと、景虎が口角を持ち上げたあと、ジョッキのウーロン茶を飲み干した。


「それに食後の運動は必要だろ」

「まあ、それもそうだな」

「どちらに転んでも護衛料は払うから、そこも安心してくれていいよ」

「気前がいいな?」

「必要経費さ。そもそも自分の命を守り、交渉を有利に進めるためなんだよ。ここでケチるようなヤツは何もやらせてもダメだ」


 乗田は言いつつ、カバンから取り出したバスタオルで汗を拭く。

 ハンカチやハンドタオルなんかじゃ、どれだけ絞っても乗田の汗はぬぐい切れない。


「そこまでするほど、今日の相手は旨味があるのか?」

「いや、わからない。でも、正直あってもなくても大差はないよ。けど、どこかで大化けするかもしれない」

「先行投資みたいな話か」

「そういうこと。今でも美味いルートばかりだよ。でもそこにあぐらをかいて仕事をするんだったら僕じゃなくてもいい。そもそもそういう仕事の仕方でいいなら僕らはいらない。新しいルートを開拓してこその僕らなんだ」


 そこまで言って、おやつの杏仁豆腐を三皿一気に書き込む。

 あんまんも二つ口に放り込む。


「ただ、そんなことを言えるのも景虎みたいな優秀な護衛を雇えたときだけさ。うちは必要経費はバンバン出してくれるけど、その代わり基本の調達は全部自前だから。こうして護衛も自分で探さないといけない。実際、他のヤツは大変だと思うよ。景虎みたいに信用できるアラゴト屋は少ないからね」

「俺が裏切ったらどうする」

「ははっ! 笑える冗談だ。君は裏切らないさ。少なくとも僕がこうして君と対等に食事をして、礼を尽くしている限りはね」


 乗田の言葉に景虎は肩をすくめて笑みをこぼす。

 乗田はジョッキでジンジャーエールを飲み干し、食べ物を胃の腑に落とした。


 それで最後だった。

 六人掛けのテーブルに所狭しと並んでいた皿はすべて空だ。

 しゃべりながらも二人はあっという間に十キロ以上の食事を完食していた。


「ふう、じゃあ僕らの商談もまとまったことだし、食休みしたら出発しよう。ああ、そうだ。その前に端の露店に寄ってくれ。シャツを一枚買う」

「お前のサイズがあるのか?」

「あの店は僕みたいなヤツのサイズも用意してる。隠れた名店さ。ぼったくりだけどね」


 乗田が息を吐いて脱力すると、椅子が軋んで悲鳴を上げる。

 バスタオルで汗を拭い、いくつものファンが運ぶ生ぬるい風をしばらく浴びた。


「さ、それじゃあ行こうか」


 フードコートの掃除夫が近づいてくるのが見えた。

 乗田は立ち上がり、ジャケットと契約書類の入った分厚いカバンを手にする。


「楽しい楽しい商談の時間だ」

読んでいただきありがとうございます!

良ければ↓の評価ボタンとブックマークなどしていただけると励みになります。

では、また次回のアジアンパンクで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ