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17.呪いと願いはよく似ている

 堂上トウテツは呪術師だ。

 犯罪多発都市『シントサカ』においても、そこそこ珍しい職業。


 店はボロいビルが立ち並ぶ通りの、貸倉庫を二つ。

 一つはシャッターを半端に開け、隣の倉庫は閉めて中からシャッターを溶接してある。

 隣へは堂上は現在いる倉庫から扉を使って入ることができる。

 電気が通っているので暗くはないが、基本的には暗くしたまま作業を行う。


 堂上の行う呪術はハイレベルだ。

 内容は当然、相手に呪いをかけること。

 どんな内容でも一通り対応できるが、死に至る呪いはかなり高額だ。

 それでもこの類の呪いに手を出す人物は少なくない。

 そして閑古鳥が鳴きそうな店構えだが、これがなかなか客が途切れない。

 人は誰かに恨みを持つ。

 堂上のような人間がいなければ、恨みを持つだけで霧散するのを時に任せるかもしれないが、呪術師がいる場合は違う。

 正のエネルギーは持続力が足りない。

 負のエネルギーはかなり強烈な持続力を持つ。

 人は時間による解決を待つほど、辛抱強くもないのだ。

 そこに『呪い』を扱う者がいれば?

 堂上が仕事に困ることはない。


 シントサカには堂上以外にも呪術師を名乗る者はいるが、正直に言って質は良くない。

 呪い返しに、効力の違う呪い。

 問題は様々あるが、質の悪い術師を使うことは危険だ。

 特にシントサカはその作り上げられた経緯、立地上を考えれば気の流れも複雑で相当な技術がいる。

 生半可な腕では、ここの気に絡めとられて何もできずに死に至ることも多々ある。


 占い屋の劉あたりなら、シントサカの気の流れも把握していそうだが、つかみどころのない女だ。実際はまったく読めていないかもしれない。


 堂上は半端に開けたシャッター越しにシントサカを眺める。

 と言っても、通りの一部といつも道の向こう側に店を出しているヌードル屋の屋台しか見えないが。

 車と人の往来。

 ジワジワと蝕むような湿気と熱気。

 コンクリートの床に置いたファンが起こす風も、生ぬるい。


 堂上は木製の椅子に座っている。

 膝までのベージュの短パンから出した足を簡素なテーブルに乗せて、ゴム草履をパタパタと揺らす。

 室内でもかかせない日よけのサングラスに生成りのシャツ。

 無精ひげの生えた口元に咥えたタバコ。

 タバコはチベットに少数生える希少な草から作っている。これはお守りタリスマンだ。

 相当な呪いでもない限り、堂上を守ってくれる。

 堂上は外から来た人間だが、今ではすっかりシントサカに馴染んでいた。


 シントサカは良い場所だ。と、堂上は思う。

 堂上のような人間に法律が及ばない。自由だ。

 外の世界ではダメだった。

 呪いは「ある」が「証明できない」。しかしどうにかして手錠をかけようとする人間が必ず現れる。さらに堂上の可否は聞かず、その腕を振るわせようとした人間もたくさんいた。

 堂上はそんな人間たちから逃げてきた。

 呪いは強力だが万能ではない。

 しかもただ追ってくる、という理由だけでそういった人間たちを殺すほど堂上は無差別ではなかった。

 だから、逃げるしかなかった。


 ともかく、ここは心地よい。

 すべてが自分の責任だ。

 依頼を受けるのも受けないのも、呪いをかけるのもかけないのも。

 その結果、自分にすべてが跳ね返っても、誰を恨み、憎む必要がない。


 タバコの煙をくゆらせながら、酒とソーダで割った酎ハイで唇を湿らせる。

 東南アジアのような暑さだ。

 飲み物はすぐぬるくなるし、そうなった酒はまずかった。


「……あの」


 グラスを置くのと同時だった。

 女が一人、倉庫を覗いてきた。


「どうぞ」


 堂上はタバコを灰皿で揉み消して座り直し、手で対面の椅子を促した。

 女が恐る恐るといった様子で中へ入ってくる。

 客だ。

 若い女性で、身なりもきちんとしている。

 この通りには珍しい、ブラウスとスカートの組み合わせ。

 ヒールのある靴は舗装が後回しにされるこの通りには不向き。

 しかしそれでもかまわないのだろう。

 先ほど停車する音が聞こえた。ドアを開閉する音がして、この女が現れた。

 歩く必要がない。

 いいとこのお嬢さん。

 人を呪う必要がなさそうな人物。

 しかし、それでも堂上には客だとすぐにわかった。

 彼女の目が赤く、腫れぼったいから。

 泣きはらしていたのだろう。

 堂上のところには、よく来るタイプだった。


「……誰を呪いたい? お嬢さん」


 女が座るのを待ってから、堂上は言った。

 女はアラキ・ミチナと名乗り、それから写真をテーブルに出した。


「この人です。この人を、呪ってほしい」


 写真に写るのはいかにも善良そうな普通の男。

 人から恨みを買うなら、逆恨みが多そうだ。嫉妬?

 いや、違うな。と堂上はすぐに考えを変えた。


「浮気、されました。問い詰めたら、もう飽きたと。新鮮味がないから、君はもういらないと、そう言われました……」


 彼女は金を持ってそうな家柄っぽいが、堂上に頼むということは相手も同じ格か上ということだ。

 でなければ家の力で男の一人ぐらいすぐに締め上げているだろう。

 男のほうだってそんな調子に乗ったことを言わない。

 なるほど、これは恨まれてもしかたない行いだ。


「どこまでやる? 殺すか、運を失うか、女に一生涯モテなくなるか」

「……一生涯、女にモテなくなるほうで」


 女は少し迷った末にそう言った。


「OK。なら着手金として百万。キャッシュだ。相手に効果が出たと思ったとき、残り四百万。出せるか?」

「はい」


 女はすんなり百万出してきた。

 小さなハンドバッグから、帯付きを取り出し、テーブルにそっと置かれる。


「素晴らしい。金を渋るヤツはろくなことにならない。あんたの願いはちゃんと叶えてやれそうだ」


 堂上は金を受け取り、背後にある金庫を開けて投げ入れる。

 それから隣の倉庫へつながるドアノブに手をかけた。


「すぐに終わるから待っててくれ。あんたにも渡さないといけないものをあるからな」


 堂上は隣の倉庫に入ると、棚やテーブルに無造作に置かれた呪術道具を選別して取る。

 黒蜥蜴を焼いたものと子ヤギの心臓、フランスのとある地方の湿地帯にだけ存在する乾くことのない水草、慟哭を重ね失意の中で息絶えた女の灰。それらをすり鉢に入れて、すり潰して混ぜ合わせていく。

 その粉と呪術布と呼ばれる魔法陣が描かれた布を持って、受け付け代わりの倉庫に戻る。


 呪術布をテーブルに敷き、中央に男の写真を乗せる。

 その上から先ほど混ぜ合わせた粉を振りかけ、写真に擦り込んでいく。


 堂上が口の中で小さく呪術の言葉を紡いでいく。

 どの言語とも言えるし、どの言語とも思えない音の羅列。

 ただ音が響くだけなのに、聞いているだけで冷や汗が噴き出す類のもの。

 アラキ・ミチナも堂上の対面で、ギュッと拳を握りしめて顔を強張らせていた。


「……これでいい。彼は二度と女と交わることはないだろうよ。無理やりでもない限りな」


 堂上は言いつつ、尻ポケットから長方形の薄い紙を取り出す。

 呪術布の上で何度か振ったあと、短い言葉を呟いた。

 それから、アラキ・ミチナに差し出す。


「これはあんたのだ。呪符と呼ばれるものでな。あんたを守ってくれる」

「守る?」

「人の一生涯を左右する呪いは強力だ。呪いがかかり終えればそいつは自然に消滅する。それまでは風呂のときも寝るときも肌身離さず持っているといい」

「持っていなかったら、どうなりますか?」


 呪符を受け取ったアラキ・ミチナに、堂上は小さく笑みを向ける。


「さて、あんたも女にモテなくなるか、それとも男かな。逆に望まぬ相手にしか言い寄られなくなるとか、子どもが望めない身体になるとか、まあ色々ある。だからそいつが消えるまで持っていたほうがいい」

「そんな! そんな怖いこと、どうして最初に……」

「あんたが聞かなかったからだ。いいかい、人を呪うということはこういうことなんだよ、お嬢さん。ただね、あんたは金払いが良かった。だから俺は万全を期すためにあんたにそれを渡した」


 堂上が呪符を指さす。

 金払いの悪いヤツにはそもそもこんなサービスはしない。


「これは俺の誠意だ。いいな? それを持ってさえいれば、あんたが望まない結果は起こらない。絶対だ。一週間前後。それが自然に消えるまで、絶対に手放すなよ?」


 アラキ・ミチナは青ざめた顔でコクコクとうなづき、それから逃げるように出て行った。

 堂上はそれを見送ってから、呪術布の上に広がる粉と写真をブリキのバケツに入れた。

 それからタバコを咥え、マッチに火を点ける。

 タバコに火を点してから、マッチをバケツに投げ入れた。

 緑、青、赤、白と様々な色に変化して踊りくねった炎が一瞬で消える。

 バケツの中にはマッチの残骸があるだけ。

 写真と粉は跡形もなくなっていた。


「ご愁傷様だな、色男。実際、お前が本当に浮気していたのかは知らんが」


 金を用意していた。

 そこに女の本気を見た。

 だから堂上は裏取りをしなかった。

 嘘だった場合、罪悪感に押しつぶされる前に女は再び訪ねてくるだろう。

 本当だった場合、女は呪符が消えたときに残りの金を持ってくるだろう。

 どちらにせよ女は約束を違えない。

 直に呪いをかけるところを見せたのは、すべて“本当”であると理解させるためだ。


 本物を見た人間は呪いを疑えない。

 そしてほとんどの場合、二度と呪いを頼りにしない。

 恐ろしいからだ。


「さて、どちらに転ぶかな」


 堂上は再び椅子に深くもたれて両足をテーブルに投げ出す。

 そしてタバコの煙をくゆらせ、ぬるくてまずい酎ハイを口に運ぶのだった。

読んでいただきありがとうございます!

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では、また次回のアジアンパンクで。

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