13.探偵日坂の物理的解決 終
「おい、来ねぇぞ」
アパートの三階に陣取った見張りの一人が言った。
見張りは全部で四人。
それぞれ手にナイフや警棒を持っている。
二階のように銃を持っていないのは、襲撃があった際に、誘拐してきた人質に当たる可能性があるからだ。
金を取るまでは殺さない。
それがマツルの流儀だった。
「見てこいよ」
四人のうちの一人が言った。
言われたナイフ持ちは、イラっとした表情で横の男を手で押した。
「なに命令してんだ。お前が行け」
「んだと、この野郎」
マツルの友人たちと、そのあと合流した輩で構成されている誘拐グループは、時折こうした諍いが起きる。
友人たちは自分たちが上だと思っているし、後から入った面々はそんな男たちの態度が気に入らない。
「マツルさんの昔馴染みだか知らねぇが、今は俺らと仲よく見張りだろうがよ。可哀そうになるからよ、あんまイキんなや」
「……あ? てめぇ、下のヤツより先にぶっ殺してやるよ」
「やれるもんならやってみろゴラァ!」
「待て待て、仲間同士でやってる場合かよ!」
「そうだぞ、テメェら。ほら、離れろ!」
静かになった階下のほうに意識を向けながら、四人はそれぞれ暴れたり押さえられたりしていた。
その後方、三階の欄干を掴む手が二組。
「景虎くんは右、僕は左で」
「了解っす」
欄干を掴み壁に張り付いていた二人がグンッと身体を持ち上げて、欄干を飛び越えてくる。
「……は?!」
想像もしてなかった方向から現れた二人に、見張りは固まる。
それはわずか数秒の硬直だった。
しかしそれが命取りになる実力差だ。
「ほっ! はっ!」
呼気と共に、景虎の重いパンチと蹴りが男たちに突き刺さる。
「ふっ!」
小さな息と同時、日坂の右拳が二回消えた。
気づけば次の瞬間、悲鳴すら上げられずに見張りの男二人の顔が真ん中からひしゃげていた。
殺してはいないが、一発で二人は意識を刈り取られていた。
ナイフや警棒が落ちる音がして、日坂は懐中時計を取り出し時間を確認する。
「到着してから7分……まぁまぁかな」
「もう少し早く行けましたかね?」
「どうだろうね。状況にもよるから」
二人が話していると、階下からアガキが顔を覗かせる。
景虎たちが立っているのを見てから、カメラを手にして階段を上ってくる。
「この階、あそこの部屋だ」
写真を撮りながら、アガキは右手にある部屋の奥を指さす。
「銃を持ってると思う。気を付けろよ」
「了解」
景虎と日坂はドアの左右に張り付く。
景虎がドアノブを握ってゆっくりと廻し、一気に引いた。
と、同時。
銃声が二人を襲った。
ドアに穴が空き、二人は壁に身を隠す。
「……ちっ。入ってこいよ」
中からマツルの声がした。
思っていたよりも若い声だった。
「あんたらは今は撃たねぇ。まずは約束を破ったバツとしてガキの頭吹っ飛ばす。姿を表せばもう一度、ガキを殺さず金を待つか考えてやる」
こういう約束が守られた試しがない。
そう思いながらも、景虎と日坂は再びドアを開けて、慎重に中に入っていく。
部屋に入って正面。
リビングに当たる場所で、椅子に縛られた少年が、こめかみに銃を突きつけられていた。
「ったく、人集めるのも苦労すんだぞ。ボケどもが」
マツルは麻のシャツにスラックス、革靴と、ビジネス街で働くサラリーマンの一種に見えた。
しかしその荒んだ険のある顔つきからは、カタギの匂いがしない。
「それはやめておいたほうがいいと思うよ」
日坂が落ち着いた様子で言った。
実際、姿勢もずいぶんとリラックスしている。
「余裕かましてんじゃねぇぞ。お前らが素手喧嘩だってのはわかってる。お前らが俺をぶん殴るより先に、このガキの頭吹っ飛ぶからな」
マツルが少年のこめかみに銃口を強く押し当てる。
少年のほうは震え、涙を流している。
声を出せば相手を刺激させるだけだと心得ているのか、唇を噛んで必死に耐えていた。
可哀そうに。こんなひどい目に遭って。
景虎は、素直にそう思った。そして、日坂のほうを見る。
日坂も景虎を見ていた。
「景虎くん、どう? この距離、潰せる?」
「いやぁ、たぶんあっちのほうが覚悟決まってるっぽいんで、先に弾かれますね」
「だよね。じゃあ、仕方ないか」
日坂が頷き、再びマツルと少年を見た。
マツルは景虎たちが観念したと思って、口角を片方だけ持ち上げた。
「そうだよ。諦めろ。お前たちの負けだ。ステゴロじゃこの距離は……」
「僕はちゃんと警告したからね」
日坂のシャツの裾が揺れる。
次の瞬間、日坂が片手に握ったものを正面に向けていた。
「……ッ!?」
マツルが息を飲むのと、そのマツルの引き金に掛けた指に釘が突き刺さるのは同時だった。
「ぎっ……!?」
遅れて、バスッ、と空気の抜ける音が聞こえる。
音は一つだけではなかった。
連続する音に、マツルの悲鳴が重なる。
「ぎぁっ!? あぎっ、ぎゃああ!」
銃を握っていた手と指に三本。肘と肩に二本ずつ釘が刺さっていた。
ネイルガンだ。
通常、木材などに釘を撃ち込む工具だが、こういう使い方もある。
「あのね、僕らは素手専門じゃないよ? 必要なかったから使わなかっただけさ」
「て、めぇっ!」
痛みにのけ反り、たたらを踏んだマツルだったが、力を振り絞って再び少年の首に腕を回そうとする。
しかし、マツルの眼前には少年の後頭部や後ろ姿の代わりに、走ってくるアロハシャツの男が映っていた。
「せいっ!」
「ぶっ……!?」
ネイルガンによる銃撃が終わる寸前から、景虎は走り出していた。
マツルが気づいたときにはもう、飛び膝蹴りが顔面に叩き込まれていた。
「残念だが、あんたは喰う側じゃなかったみたいだな」
景虎は着地すると、すぐに少年の拘束を解いてやった。
少年を日坂に任せ、アガキが来るまでにマツルの手足を拘束しておく。
「このあと、どうします?」
「老舗に連絡だね。子どもは無事だって伝えないと。そうしたら向こうから兵隊さん送ってくれるだろうし。それまでは待機かな。あ、でも、ここにあるものは人以外好きにしていいって話だったよ」
「あ、じゃあ……」
話しながら、景虎と日坂が悪い笑みを浮かべる。
ここは犯罪多発都市『シントサカ』。
彼らは決して、高潔な正義の人なのではないのだ。
「ごくろうさんです」
老舗の一つである『常道会』の構成員が膝上に手を置いて頭を下げる。
「お疲れさまです」
それを日坂が笑って受け返す。
「では、私たちはこれで。本当にありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ色付けてもらって」
「当然のことですよ、先生」
構成員はそう言って、アパートに乗り込んだ5台の黒塗りのバンの一つに乗り込んだ。
それぞれのバンには誘拐グループの面々と強面の構成員たちが乗っている。
彼らの末路がどうなるのか、景虎は知らない。知る必要もない。
助け出された少年は……もしかしたら見せられるかもしれない。
行き過ぎた教育として反省を促されるか、恐れる必要はない証拠として、オロカ・マフィアが拷問されるのを。
「俺たちも行きましょう」
「了解~」
アガキに促され、日坂と景虎もバンに乗り込む。
一番最後尾の荷物置きには、日坂が倒した賞金首が拘束されたまま乗せられていた。
「いや~、今日は稼いだね。いい日だ」
日坂が上機嫌に言う。
それもそのはず、常道会から成功報酬としてもらった金は300万。当初は200万だったのが100万もプラスだ。
さらに誘拐グループの、監禁部屋にあった金庫をぶち破って奪った金が300万。
これでしばらく仕事を受けなくても豪遊できる。
もちろん金の使い道はそれだけではないが、少なくとも餓えて死ぬことはないだろう。
「はい、アガキさん。今回もありがとう」
「どういたしまして」
日坂から100万受け取り、アガキも上機嫌にほほ笑む。
「でも次は頭を使う仕事がいいなぁ。せっかく探偵なんてやってるんだし」
「需要ありますかね?」
景虎の言葉にアガキが噴き出す。
「アガキさん、弟子がひどいこと言うんだけど」
「まあ、それだけ先生の武力が突出してるってことで」
「それは嬉しいんだけど、それしかないように見られるのが嫌なんだよなぁ」
などとぼやきつつ、日坂はなんだかんだと今回も事件を物理的に解決してみせたのであった。
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