12.探偵日坂の物理的解決 弐
「四人……ってところかな」
エントランスに入り込み、階段を見上げて日坂が呟いた。
曖昧に言ってはいるが、こういうときの日坂の予想は当たる。
「じゃあ自分は上がって右を」
「なら、僕は左だね」
景虎がエントランスを日坂とともに上っていく。
音を立てないようにしながらも、素早く、本物の虎のように。
しかしそれよりもすごいのは日坂で、生き物というよりも幽霊みたいに、筆でなぞるように二階へ向かう。
二人のようにはできない情報屋のアガキは、事が始まるまで階下で待機する。
階段を上がった先に男二人の半身が見えた。
構えた手に、銃を持っている。
銃口がこっちを向いているが、まだこちらに気づいていない。
景虎と日坂は視線を交わし、それぞれ拳大の瓦礫と親指の爪ほどの小石を拾った。
そして相手が気づく前に、景虎が瓦礫を、日坂が小石を投げつける。
「ぎゃっ……!?」「びっ……?!」
景虎の瓦礫は狙った相手の肩を砕き、日坂が投げた小石は相手の額に当たり、吹っ飛ばした。
「すげぇ……」
まるで銃撃みたいな日坂の一撃に思わず感嘆の声が漏れる。
二人で示し合わせたように飛び出し、一気に階段を駆け上がる。
銃を落とし、肩を押さえて呻く見張りの顔を蹴り飛ばし気絶させる。
日坂が狙ったほうは吹っ飛ばされた衝撃で後頭部を壁にぶつけ、すでに昏倒していた。
「てめぇら」
日坂が銃を構えている見張りが叫んでいる最中に、体勢を地面スレスレまで低くして、滑り込むように懐に潜り込む。
「ここが」
身体を起こしながら、手の甲で内側から銃を押し、手のひらで絡めるようにスライド部分を掴んで後ろに引く。
こうするともうセミオートマチックの銃は撃てない。
「どこ……うぇ?!?」
数メートルは離れていたはずの男が突如眼前に現れたように見張りには見えていたはずだ。
反射的に指を絞るが、引き金はびくともしない。
「えい」
「きょぺっ!?」
にっこり微笑んだ日坂が拳を素早く男の喉と顎に二度当てる。
あまりの速さに視認できず、出来たとしても避けることは不可能な二撃で、見張りがガクンと膝をついた。
小石を投げてから一分も立たない制圧劇だった。
「くそがっ!」
「あぶねっ!」
一方、残り一人の見張りと相対していた景虎は、日坂のようにはいかなかった。
相手の懐に潜り込んだものの、銃の制圧が間に合わず、発砲を許してしまった。
甲高い音が耳の近くで鳴り、その煩さに堪らず顔が凶悪に歪む。
銃弾は壁に当たって跳弾し、あらぬ方向へ飛んでいった。
「うるっせぇ!」
「ごばっ!?」
銃を握った手首を握り潰さんばかりに締め、拳で頬を打っ叩く。
男は意外にスタミナがあるらしく、その一撃でもたたらを踏んでなんとか踏ん張った。
「んぶっ!?」
が、すかさず追撃の左拳を顔の真正面から喰らってしまい、今度は耐えられなかった。
鼻血に弧を描かせながら、仰向けにぶっ倒れた。
「これでここは……」
と、景虎が言ったときだった。
ガチャリと扉の一つが開いた。日坂の目の前にある扉だ。
「なんだよ、全員やられたのかよ」
中から出てきたのは景虎よりは小さいが、上背と筋肉のある角刈りの男だった。
黒のTシャツに迷彩柄のズボン、アーミーブーツ。
手にはナイフを持っている。軍用のサバイバルナイフだ。
用途は多岐に渡る。
もちろん人も殺せる。
「先生……」
「大丈夫だよ、景虎くん」
日坂の言葉に、男はぴくりと頬を動かした。
目つきが険しくなる。
「大丈夫? それは俺に勝てるって意味で言ってるのか?」
男が腰をグッと落とす。
手のひらを軽く前に出し、ナイフを握った手を腰の近くで構えて挙動を分かりづらくしていた。
かなりの手練れであることは間違いない。
人も何人か殺しているはずだ。
見張りをしていた連中とは一段違う相手だった。
しかし、日坂の余裕は変わらない。
開いた左手を前、同じく開いた右手を後ろで構え、ゆったりとした構えで相対する。
「ふっ!」
男の靴が砂利を擦り付けた音がすると同時、気合の呼吸とともにナイフが突き出される。
しかし次の瞬間、真っすぐ突き出された男の手が、斜め上に弾き飛ばされていた。
日坂の左拳が握られている。
それで男のナイフを持つ手を弾いたのだと、すべてが終わってから理解させられる。
「ぎあああっ!」
男の手からナイフが落ちる。
手首が青黒く変色していた。
男の手首はあの一瞬で折られていた。
男の顔が歪む。
さらにパンッと乾いた音がして、男の鼻が潰れていた。
打撃を受けたことを理解する間もなく、さらに顎に向かって平手で飛ぶ。
男の首が折れたんじゃないかと思うぐらい傾ぐ。
顔が元の位置に戻ると、男は白目を剥いて地面に倒れた。
「アガキさん、この方、リストにいましたっけ?」
「はいはい、ちょっと待ってくださいよー」
アガキが倒れた見張りたちの写真を撮りつつ、身体を避けて日坂の元へ向かう。景虎もそのあとについていく。
「あー、たぶん、いますねこれ」
仰向けにさせて写真を撮ってから、情報屋は己の記憶を探る。
「殺しやってるヤツです。なんで、たぶん50~……100万は行くんじゃないですか? 然るべきところに渡せばあるいはもっと」
アガキの言葉に、日坂と景虎はハイタッチ。
ここで言う然るべきところというのはシントサカ警察のことではない。
然るべきところだ。
「今回渡された老舗からのリストには載ってないし、たぶんこっちで売っていいヤツですよ」
「思わぬ報酬だ。やったね景虎くん」
「はい、先生。特上チャーハン奢ってください」
「もちろんだよ! 僕はトカンチャ・ロウの満漢全席にしちゃおう!」
ウキウキし始める二人に、アガキはストップをかける。
「あの、お二人さん。まだ終わってないですぜ」
「あ、そうだった。じゃあ、ちゃっちゃと残りも片付けちゃおうか」
「うす」
景虎が持ってきた拘束バンドで男たちの手足を縛ったあと、一番の目的がいるはずの三階へと向かうのだった。
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