11.探偵日坂の物理的解決 壱
「あそこが奴らのアジトです」
景虎がバイク用のメットを脱ぎながら言う。
後部座席から降りた日坂が、眼鏡を曲げた人差し指の関節でクッと持ち上げながら、貧民街のアパートを見た。
「前より人、増えてますね」
「はい。でも、それは想定内でしょ」
景虎の言葉に、日坂が微笑む。
アパートには見張りが十人。
アガキと共に偵察に来たときは五人ほどだったから、倍になったことになる。
「二人で足りそうかい?」
バンを降りて後方で待機したアガキが言った。
景虎は肩をすくめ、日坂はスラックスのポケットから取り出した懐中時計を見つめる。
「十分、ってところですかね」
言うなり、日坂は懐中時計の横にあったボタンを押した。
時計盤の隅に丸く配置されたもう一つの時計が動き出す。針が六十ある目の一つ目を目指して走り始めた。
「行きましょう、景虎くん」
「了解っす。アガキさん、俺らがやったら、後ろから顔写真を」
「はいよ」
日坂と景虎は横並びになって歩き出し、そのあとをアガキが厳つく古いカメラを持ってついていく。
「どーもー」
アパートにたどり着くと、日坂がのんきな声で言った。
片手を上げて堂々と近づいていく。
「……誰だ? おい、聞いてるか?」
「……いや?」
アパートのエントランスを守る男二人が、困惑気味に囁き合う。
堂々としていれば、本気の警戒に達するまでわずかな時間が生まれる。
その隙があれば、日坂には充分だった。
「景虎くん、手前よろしく」
「はい」
景虎は走って男たちに近づいた。
その横を日坂が飛ぶように抜かした。
いや、実際飛んでいたのかもしれない。
「あぎっ!?」
「なっ!? なんで、今……」
奥の男の喉に、日坂の固めた拳が突き刺さっていた。
古武術に使われる、拳を縦にした縦拳で相手を強く叩いていた。
「ぜひっ?! はっ、あっ……!?」
日坂は加減をしている。相手の喉を壊したりしていない。
その役目は『老舗』が欲しがっているものだ。
日坂は顧客の望んでいることを基本的には第一に考える。
「ごめんね。ここでは長くは苦しまないようにしておくね」
「うぐっ……!?」
喉から離れた拳が、今度は相手の鳩尾を打つ。
深くめり込んだ拳の威力に、男の身体がわずかに浮いた。
吹き飛ばすよりも浮かせるほうがダメージが大きい。
男は空中で白目を剥いて、足裏が地面に着くと同時に糸が切れた操り人形みたいにくずおれた。
「おまっ……!?」
手前の男が銃を出して日坂に突き出そうとする。
しかし景虎が後ろから男の口を塞いで、銃を上から包み込むように片手で押さえた。
「ふっ!」
「おごっ……!」
身体を少し話して、腰回りに当たるように膝蹴りを喰らわせる。
男は痛みで一瞬、呼吸困難になった。
銃を持つ手が緩んだので、銃も奪っておく。
「よっと」
「ひぅっ……」
自分より上背のない男に自らおんぶされるように抱きついて、首に腕を回して後ろに倒れる。
「がっ……! ひゅーッ……! ひゅーッ……!」
男の顔が赤から青、白に変わっていく。
景虎の腕を剥がそうとするが、完璧に決まった裸締めは熟練の格闘家でもそうそう剥がせるものではなかった。
「かっ……あっ……あ……」
男がぐるんと白目を剥く。
口から泡を噴いて、身体が痙攣し始める。
「よし」
景虎はパッと締め技を解いて、素早く立ち上がる。
男はしばらく痙攣して、やがてガクリと脱力した。
息はしている。死んではいない。
「お見事、お二人さん」
後ろからやってきたアガキが倒れた二人の顔写真を撮る。
それから結束バンドで手足を拘束して転がす。
銃はアガキが背負っているバックパックに入れさせてもらうことにした。
あとで『老舗』の銃器部門に買ってもらうことにする。
「さて、次に行こうか」
「はい、先生」
日坂が懐中時計を取り出し、時間を確認。
時計の針はまだ、一つ目のところで立ち止まっていた。