柵の向こう側の人
ノアは気分がとても良かった。
目当てだった林檎が思っていた以上に美味しそうになっていたからだ。
「今日はこのままもう少し森の奥までいってみようかな…。柵から出なければいいんだし。」
ノアはこの森の奥に特別空気が澄んでいる一帯があることを知っていた。
なぜかそこだけは他の場所以上に空気が澄んでいるのだ。
時々ノアはそこで昼寝をしたり、読書をしたりして時間を過ごすのが好きだった。
「ん~!いい気持ち!婆やの腰もここに来たら良くなるんじゃないかしら。爺やの耳も!」
二人の体調が良くなることを想像して、ノアはうふふと一人笑った。
二人はノアが世界の柱に来てから、一緒に暮らしてきた家族のようなものだ。
3つの頃にここにきたノアは本当の家族は覚えていない。うっすらと記憶に残るのは、前聖女のおばあちゃん。
泣いているノアを温かい腕で包んでくれたのを覚えている。
森の奥に来たノアは少し先に違和感を覚えた。
何か今までと違った感覚が身体を走ったのだ。
「もしかしてまた動物が…?」
ノアは確かめるため、恐る恐る少し先にある柵の方へと進んでいった。
この先には柵があるだけだが、時々柵の電気にやられて動物が亡くなっているのを見かけることがあった。そのたびにノアは婆やと爺やと一緒に亡くなった動物を弔っていた。
しかし最近は動物が苦手なハーブを発見し、それを柵の周りに植えたことで亡くなる動物を見なくなっていたのだが、もしかしてまた動物が柵にあたってしまったのかとノアは心配になったのだ。
電気柵が見えるところまできたが、何もなかった。
ノアは柵まで近付き、歩いて見回ることにした。
少し西に進んだところで、ノアは柵の向こう側に何かがあるのを見つけた。
「まさか、向こう側で動物が?!」
柵のこちら側に動物が住んでいるのは見るが、向こう側には動物がいるのを見たことがなかった。
もし向こう側で亡くなっていたら、弔ってあげることができない。
ノアは慌てて駆け寄った。
「あれ…?動物じゃない。人…?」
柵の向こう側にいたのは、木陰で寝ている男の人だった。
ノアが柵の向こう側に人がいるのを見たのは初めてだった。
向こう側には何があるんだろうかと考えたことはあったが、婆やに聞いても「こちらと同じで森が広がっているだけですよ。」としか教えてもらえなかったのだ。
「あの~!生きてますか?!」
ノアは電気柵にあたったのではないかと心配して、大きな声を上げた。
するとその声に反応して、男の体がびくりとはねた。
目を開けた男は、森の緑を思わせるような深緑色の綺麗な目をしていた。
「え、誰…?」
男は眉を寄せ、怪訝な顔をしたあと「しまった!」と立ち上がり、「お前、なぜそこにいる?!」とノアに向かって怒りをにじませた声で問いかけた。