心が洗われる場所
「なんだ、この暇な仕事は…。」
ゼンは森の中をひたすら歩きながら言った。
昨日から特別軍に入隊し、世界の柱の境界線での仕事を始めた。
入隊に際し、国との関わりを断つこと、国元との家族との連絡制限など色々な条件を言われたが、そもそももう帰る国のないゼンにとっては、どれも容易い条件ばかりだった。
家族は気になるが、戦火を逃れ生き延びていることは分かっているので、それで十分だった。
リーベ国が生き残りを探している以上、どのみち安易に家族と連絡は取れない。
それは入隊に関わらず、この数年ずっとそうだったのだ。
しかしそれだけ厳重に入隊が制限されているのにも関わらず、仕事と言えば森の中を歩くだけだ。
それもそうだ。
境界線の見回りと言っても、「聖女が外に出ないように」「一般人が中に入らないように」するのが仕事なのだ。
滅多に何かが起きる仕事ではなかった。
「これで今までの三倍の給料ってのは、なんだかな…。」
ゼンは一休みしようと傍にあった木に身を寄せて座り込んだ。
「自然で癒される仕事ってこういう意味だったのか。」とマスターを思い出しながら思った。
「しかし、この森はなんだか心地いい気持ちになるな。」
少し目を横にやると、電気柵なんて物騒なものがあるが、そうとは思えないほどこの森の空気は澄んでいた。
やさぐれていた気持ちが、ふわふわと天に上るような、今なら誰にでも優しくしてやれるような、そんな気持ちになるのだ。
「生贄の少女はこんなところに住んでるんだな。」
ゼンは存在だけ知っている少女がどんな少女なのだろうかと考えながら、思った。
ゼンが15の頃、世界の柱の聖女は交代した。当時70だった聖女の力が衰え始めたため、数年前から力のある子どもを探していたことを覚えている。
ゼンの周りでは聖女選びの役人が来たという話も聞かず、どこか遠い世界の話のように思っていたものだった。
まさか、今その聖女の傍で仕事をしているとは当時のゼンは思いもしなかっただろう。
あの頃は騎士見習いとして日々鍛錬に励んでおり、国が滅んでしまうとは思っても見なかった。
「確か5つの女の子が聖女になったはずだから、今は15か…。柱から出られないっていうのは、どんな生活なんだろうな。年頃の女の子にはきっときついよな~。俺みたいなのが、代わってやれればいいのにな。」
そんな思考になったことにゼン自身が驚いた。
きっとこの森の澄んだ空気がそういう気持ちにさせるのだろうとゼンは思った。