強化内容"破壊"・"回復"
建物の破壊が起こらない。この不測の事態に俺はこの世界に来て初めて焦りを感じた。
(一体どうしてだ?スキル発動の光と力は溢れている。ということは最初の"雨乞い"の時のように力の使い方が間違っているということか。)
最初の"雨乞い"の時も力が有り余った状態で力を使えなかった。しかし、願いを込めて手を合わせたことで使えた。"飛翔"の時は願った後にジャンプをしてすぐに使えた。
(願うことが信仰イメージ顕現のトリガーだと思っていたが、まさかその後の行動がトリガーなのか?)
そう考えると合点がいく。では今回はどんな行動をすればいいか。
(破壊という行為に一番合う行動は……殴るとかか?)
そう思い、俺は建物の近くまでゆっくりと歩いて行き、建物の破壊を願いながら拳を建物に当てた。すると拳を当てた場所から建物がみるみる崩壊し、あっという間に粉々になった。
(なんとか乗り切れた……。)
パワーを手に入れた喜びより、なんとか信仰心を失わずに済んだという安堵でいっぱいだった。
(それにしてもすごいパワーだ。まさか建物が粉々になるとは。これがこの場にいる人たちの破壊というイメージだったのだろうか?)
そう考えていた矢先、違う考えが浮かんできた。
(いや違う、これは願いだな。)
破壊と言ったらもっと瓦礫が飛び散る様をイメージするのが普通だが、この場の者たちは自分達に被害が出ることを恐れて同じ破壊でも瓦礫が粉々になるようなものを願ったのだろう。それでこの結果になったというわけだ。
建物の崩壊を見た他の村の村人たちは想像していた光景のはずなのに目を疑うというような反応をしていた。そして、この村の村人たちは感激していた。
「見たか、村人たちよ……これが福様の、神の為せる技だ!平伏するのだ!」
村長が一番感動していたようで急に村人たちを平伏させ出した。村人たちも村人たちで進んで平伏しているようだった。
(まあ気分が悪いものでもないから俺的にはいいんだけれども。)
そして、だんだん慣れてきた脱力感を感じていたとき、あることに気づいた。平伏をせずに、後ろの方で明らかにガンを飛ばしてきている奴らがいることに。
(あいつらどこかで見たような……)
その四人組は平伏する村人たちを尻目にだんだんとこちらに近づいてきて言った。
「こんな真っ昼間から村人が集まってるもんで宴でも開いてるかと思って来てやったらなんだ?この茶番劇は。」
四人の中でもリーダー格らしき人物はそう言うと村長の頭を踏みながら続けた。
「お前ら、誰のおかげで平和に暮らせてると思ってんだ?あぁ?毎日俺らが命懸けで守ってやってるからだよなぁ!なのにそんな俺らには感謝もせず、こんな意味のわからない赤ん坊なんかを祀って…ふざけるのも大概にしろよ?」
この口ぶりでようやくわかった。こいつらは前に世話役が言っていた横暴な傭兵だ。前に"飛翔"中に空から見下ろしたから少し見覚えがあったというわけだ。
こいつらの言い分に対して村長が言葉を返した。
「だが、あんたらには金を払っているだろう!だからわしらを守る義務があんたらにはあるんじゃないのか!」
「お前、ばかか?俺らみたいなスキル持ちには義務なんてものはねえんだよ!あるのは"権利"だけだ!魔物を狩ってやる代わりにこの村を蹂躙していいっていう権利がな!」
「外道が……」
「まだそんな口を利くかクソじじいが。てめえの人生を終わらせる権利でも使ってやろうか?」
(これくらいにしてもらわないと俺への信仰心に響きそうだ。そろそろ止めるか。)
「おい、そこの者たち。」
「あ?なんだてめぇは。赤ん坊が喋ってるってことはスキルが"おしゃべり"とかの残念スキルだったってことか?」
「ひゃはは!兄貴、その冗談まじでウケる!」
「せっかくのスキルが誰にでもできるおしゃべりだったらさすがに気の毒すぎますよ!」
「まあ、こいつの一番気の毒なことは俺たちに出会ったことっすけどね!」
(驕り高ぶった一人とそれにつきまとう明らかに脳が足りなさそうな三人と……恐ろしいほどのかませ犬感だな。)
だが、初めての対人戦にはちょうどいい相手だ。俺はいつでもスキルを発動できるように心の準備をして会話を続けた。
「お前たち傭兵は何をしにここに来たんだ?」
「お前たち……ね。まずは口の利き方から教えてやりたいところだがまあいい。子供には一度は許される権利があるよな。さっきも言ったが、宴を開いてるかと思って寄っただけだ。」
「だが、蓋を開けたらびっくりだぜぇ!なにせ赤ん坊にいい大人たちが頭下げちゃってんだから!ひゃは!」
「それで、これからお前たちはどうするつもりだ?」
「そうだなあ、赤ん坊のお守りに夢中で俺たちを労わなかった村長や村人を痛めつけてやるのは確定だが、その前に口の利き方のなってない餓鬼を殺す!」
(信仰対象、強化対象ともに上之手福、スキル"信仰心"発動。)
その瞬間、俺はスキルを発動した。それと同時に相手のリーダーが剣で切りかかってくる。
(さっきのパンチを体に喰らわせてやってもいいが、それでは粉々のミンチになってしまうだろう。だから、剣にでも"破壊"を喰らわせるか。)
おそらく今見ている俺の信仰者たちはこいつらを殺そうとは思っていない。願っているのはこいつらの速やかな無力化くらいだろう。だから、その信仰者たちのイメージを壊さないように振る舞う。
(信仰、強化対象ともに上之手福としてスキル"信仰心"発動、強化内容"破壊"。)
俺は切りかかってくる相手の剣に対して"破壊"の右拳を出した。すると、相手の剣はたちまち粉々になってしまった。続けて顔を殴ろうとすると相手は恐怖で倒れてしまった。
(どうやら気絶したようだな。)
これを見た三人の下っ端、略して三下は急に態度を変えた。
「お願いです、命だけはどうか助けてください!」
(兄貴のやられ方で命を取らないことくらいわかるだろうに…さすが三下だな。)
「ではお前たちは命の代わりに何を支払う?」
「……な、なんでも」
(なんでもって…こいつら会話の主導権を持ったことがないのか?)
「ではお前たちのスキル情報を教えろ。もちろんそこで倒れているやつのもだ。」
この世界に来て初めての自分以外のスキル持ちだ。どの程度の強さのスキルが備わっているのか知っておくのは重要だろう。
「ひゃ、まず俺のスキルは"反復"です。何かを反復すればするほどそのとき得られる成果が増えていくというものです…ちなみに口癖の"ひゃ"も反復のせいで治らなくなりました…。」
「僕のスキルは"追従"です。人に従えば従うほどその人との関係がよくなっていくものです。」
「へい、俺のスキルは"共感"です。特定の人と同じ気持ちになるとその人と自分の気分を上げるっす。」
「で、リーダーのやつのスキルは?」
「はい、リーダーのスキルは"権利"です。自分が一度でも相手に対して何かの権利を得るとそれを再び得ることができるというものです。例えば、相手を一度切り付けることができたらもう一度無条件で切り付けることができるというように。」
(なるほど、リーダーのスキルはなかなかだな。三下のスキルも使い方によっては強くなるんだろうが、まあ上にあがれるようなスキルではないか。)
四人のスキルを聞いてこの世界での大体のスキルの強さがわかった。そして、それと同時に俺のスキルが非常に強力だということが再確認できた。
「福様!村長が…村長が!」
すると突然、村人たちの悲痛な叫びが聞こえ始めた。
「三下どもはそこで待っていろ。」
俺は三下との会話を切り上げて、すぐさま"飛翔"で向かうと村長が瀕死状態で倒れていた。さっき三下リーダーが頭を踏んだのが老体には相当効いたらしく、額からは血が出て意識も朦朧としていた。
「あぁ、この瞼の裏からでもわかる輝きは福様でございますか…」
「そうだ、村長よ。死ぬでない!」
「福様、もともとわしは長くない命だったのです。そんなときに福様という神に出会えたことはまさに生涯で一番の幸せでした。」
「そんなことを言うな、まだ生涯一の幸せというには早い!」
「福様……福様がわしのためにそのような言葉をかけてくださることこそがやはり生涯一の幸せですな。」
村長は今にも息を引き取りそうだ。
(何か、何かないのか!こういう時こそ神の知恵だろ!村長を死なせないためにはどうすればいいか教えてくれよ…)
しかし、頭にはなんの思考も浮かんでこない。
(くそ!とにかく、スキルを使って何か出来ることはないのか?そうだ、回復スキルを今生み出せば!信仰対象、強化対象ともに上之手福、スキル"信仰心"発動!)
そう思い、俺はスキルを発動し村長を看取ろうとする村人たちに呼びかけた。
「私が村長を治す、皆私を信じるのだ!」
そう呼びかけ、俺は村長の回復を願い村長に手をかざし、スキルを発動した。すると村長の額の傷や流血している場所はことごとく治っていった。
(よし!これなら!!)
しかし、体の傷が治ったところで村長が目を覚ますことは永遠になかった。