神と悪魔
一心と他三名の遺体は早急に片付けられ、次の試合の準備が行われた。俺はその様子を終始空から眺めた後、部屋に戻り次の試合まで思考に耽った。
(どうしようもなかった。あの重い返事を聞いて復讐を止められるほど俺は器用じゃない。)
元から一心がSランク帯に勝てるとは思っていなかったのだ。だが、今の自分が勝てるとも思わなかった。それならば、せめてSランク帯のスキルを暴いて復讐の代わりを務めようとしたのだ。
(王間のスキルは空間に作用するものだろう。でなければ触れずに相手の首を飛ばすことや黒玉を無効化することはできない。)
王間のスキルの概要は掴め、加えて一心に嘘で言ったスキル付与の代償の件も真実になり、俺は"伸縮"を得た。全てが予定通りの結末だ。だが、納得できない自分がいる。
(今の状況から考えた最善の策はこれだ。だが、これが神のやり方なのか?これのどこが神なんだ……これじゃまるで……。)
そのとき、俺は自分を疑ってしまった。自分を神として信仰できなくなるということは、俺を信仰対象として設定できなくなるということであり、スキル"信仰心"が使えないということだ。
(しまった!信仰、強化対象共に上之手福、スキル"信仰心"発動!)
なにも起こらない。いつもの光や力が溢れてこない。このままでは確実に次の試合で死ぬ。
(………なんでこの俺が死ななきゃならないんだ!)
自分の不甲斐なさに腹が立つ。どうしようかと考えていた時、ルカスが話しかけてきた。
「福様、先ほどの試合お疲れ様でした。あの後何かあったのでしょうか?顔色がよろしくないようですけど。」
こいつは呑気に闘技場を歩き回っていて、俺と一心の試合後の先ほどの場面を目撃していないようだった。無邪気な質問に腹が立つ。
(前まで変な言葉遣いだったやつがスキルのおかげで急に敬語を使えるようになって……この世界は本当になんでもスキルだな。)
なぜか自分への怒りが他人やスキルへの怒り、そして世界への怒りに変わっていた。
「ルカスよ、悪魔というものを知っているか?」
「いえ、聞いたこともありません。」
「悪魔というのは神の真反対で、力を持ちながら人の全てを奪うものことだ。」
「なるほど、では福様の敵でございますね。」
「いや、神と悪魔は敵同士ではないんだ。むしろ神と悪魔は仲間と言ってもいい。」
「そうなのですか?」
「もっと言うならば、神と悪魔は同じ存在だ。だが、人間が自分に都合が良いか悪いかという判断で一つの存在を二分し、あろうことか対立させたのだ。」
「神と悪魔はそれを怒っているのですか……?」
「もちろん、だが神は人間にとって良いものでなければならん。それゆえに怒らず、温厚で、そして弱い。だが、悪魔は人間にとって悪いものだ。それゆえに……」
その言葉を聞いて何かを察したのかルカスは俺の喋っている途中に口を開いた。
「今あなたは怒っておられるのですか?」
「俺は自分が神になりたいと思っていた。だが違った。この怒りで気づいたんだ、俺がなりたかったのは神じゃなく、圧倒的強さを持つ何か……そう、人間たちの言う"悪魔"だったんだ。」
その瞬間、ルカスは部屋から逃げようとした。だが、俺は無意識にルカスの前に瞬間移動し、ルカスの心臓を握り潰し、殺していた。この殺し方は俺の強さのイメージ、つまり悪魔のイメージそのものだった。俺はすんなりと自分を悪魔だと信じることができた。
「なぜ悪魔には信者が必要ないのか?それは必要がないからなんだ。」
すると体から黒い光、つまりは闇が出てきた。
(色は違うが、この光が出るということはスキル"信仰心"は失われていないようだな。今度は悪魔として自分を信仰していけば良いわけだ。)
俺は通話を村に繋げ、雫を呼んだ。雫はすぐに通話に出た。
(どう致しましたか?福様。)
(雫よ、少し用ができたために今からそちらに向かう。周辺の村にも声をかけ、なるべく多くの村人たちを集めておくように。)
(かしこまりました、ちょうど福様のご依頼された件で他の村の人々もかなりの数おりますのでいつでもお越しください。)
(そうか。)
通話を切った俺は瞬間移動を使い、一瞬で村に着いた。
「福様!?」
その場の村人たちは全員驚きの声を上げた。中でも雫は一番に驚いている。それもそうだろう、一秒前まで通話していた相手が目の前に現れたのだから。
「福様!?どういった力かは存じませんがまた素晴らしい力をお見せになってくださりありがとうございます!それにしてもいつもの光とは色が違いますね?」
「そうなんだよ。俺、今日から悪魔になったんだ。悪魔ってのは神と同じくらい最強だけど悪いやつなんだ。だからここにいる奴全員殺す。」
「……え?」
俺は悪魔のイメージで思いついた巨大な鎌を生成し、一瞬で全員の首を刎ねた。
「最高に気持ちがいいな!!これだよ!これが最強って感じだよな!!」
次に再び闘技場に戻り、王間の部屋に向かった。部屋を開けると、王間は面倒臭そうにこちらを向いた。
「なんで今日はこんなに客が来るんだ?って赤ん坊?なんだお前は?」
「オラは神だ!いや、悪魔だ!まあなんでも良いか!とりあえず死ねや!」
一人称や呼び名なんて強さの前ではどうでもいいことだ。見た目だって、能力だって、どうだっていい、強ければ全てどうでもいいんだ。