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赤子と老人


 Aランク帯の部屋に入って三日後、ついにあの看守が俺を呼びにきた。


「福様、試合でございます。」


 (ついに試合か…)


「福様、ついにAランク帯の試合でございますね。Aランク帯の人数は下のランクから上がってきた者を含めて8人だそうです。福様の実力ならば運など不必要かと思いますが、ご武運を祈っております。」


 看守もそうだが、ここ最近でルカスの言葉遣いや言い回しがみるみる上達している。これは偏に"反復"のスキルのおかげだ。


 ("反復"によって丁寧な言葉遣いを使うたびに上手くなっていくようだ。"反復"のスキル恐るべし。)


 それにしてもルカスの想像以上の言い回しに笑いそうになったが、なんとか体裁を保った。


「行ってくる。」


 そして俺はいつもの道を"飛翔"で通り、対戦相手に向き合った。相手の見た目はお爺さんで武器は全長三メートルほどのとてつもなく長い得物だった。


「お前さんが若いのを全く寄せ付けなかった赤ん坊かぁ。この試合は、おそらくこの闘技場始まって以来の歳の差勝負になる、せいぜい楽しもうぞ!」


 なんとも元気のいい爺さんだ。さすがあんな重そうな得物を持つだけはある。


「楽しむというのは同感だな、そのためにもまずは自己紹介をしないかな?」


 (この爺さんが信者になったときのために一応名前は聞いておこう。)


「おぉ、名乗りを要求するとは中々面白い赤ん坊だ。それに喋り方がジジイなのがなおさら面白い!いいだろう、わしの名は一心いっしん、強さだけを求めるただのしがない老人じゃ。」


「そうか、一心。私の名は上之手福かみのてさき、全てを持つ神だ。」


「ほう、全てを持つとな……ではわしが求める強さを持っているかどうか見極めさせてもらおうか。」


 会話が終わったところで、また機械のように微動だにしない審判が始まりの合図を構えた。


「ランク戦A帯初戦、試合開始!」


 試合が始まった瞬間、一心は一瞬で俺の目の前に現れた。そして、三メートルあった得物は消え、五十センチほどの短い剣で斬り込んできた。俺は信者の名前獲得で強化され、精度が増した"飛翔"でギリギリ躱し、滞空しながら瞬間移動の原因と三メートルの得物の所在を考えようとした。


「甘いぜ、坊っちゃん。」


 しかし、その言葉と同時に一心の五十センチの剣が急に三メートルの長さに伸び、心臓を貫こうとした。なんとか反応し、急所は逃れたがその刀身は完全に俺の腹を貫いた。この世界に来て初めての流血に思考が途切れそうになる。会場の大歓声が遠のいていく。


 (くっ……信仰、強化対象共に上之手福、スキル"信仰心"発動、強化内容回復!)


 早速隠し玉の"回復"を使わされた。


 (一体何が起こった?急に刀が伸びた…いや、戻ったのか?)


 瞬間移動と刀身の変化という二つの不可解な現象に対して当てはまるスキルを考える。


 (時間操作、あるいは空間操作や物質操作か?だが、もしスキルが時間操作だとしたら時間を止めれば勝てる。それをしないということは時間操作ではない。)


 考えを深める。


 (刀の形状変化は物質操作で間違いないだろう。そして瞬間移動の方は空間操作と考えると……伸縮か?)


 刀や空間を伸び縮みさせられるということならさっきの出来事全てに辻褄が合う。


「"伸縮"か?」


「ほう!これは驚いた。貫いたはずの腹が治っているのもそうだが、まさか初見でわしのスキルを言い当てるとは……。その通り、わしのスキルは"伸縮"じゃ。さっきは空間や剣を伸縮させてお前さんを攻撃したんじゃ。だが、スキルがわかったところでわしの剣技を躱せるかの?」


 そう言って一心は再び構えた。俺は距離を取っても意味がないとわかり、両手で"発砲"のスキルを準備した。そして、空間の"伸縮"で瞬間移動をしてきた一心に対して連発した。しかし、"伸縮"で上下左右に移動が可能な一心を捉えることができない。


 (くっ、早すぎて追いきれない。それなら範囲攻撃だ。)


 俺は二メートルほどまで拡張できるようになった黒玉を両手で作り撃った。だが、一心はそれも難なく瞬間移動で躱した。


「さすがにもうネタ切れかのぉ?飛んで回復して撃ってと芸達者だが、それではわしに勝てんぞ。」


 ("破壊"を使うか?だが、ここで使うにはさすがに早すぎる。)


 まだ数回の戦いが残っている中で手札を全て使ってしまうのは得策では無い。


 (そういえば、なぜ一心は攻撃をしてこないんだ?)


 俺は相手がさっきから躱すばかりで攻撃をしてこないことに気づいた。


 (試合開始直後に攻撃してきたところを見ると相手で遊ぶタイプではない。ということは、'してこない'んじゃなく'できない'んだ。)


 つまり、"伸縮"を使えるのは一度に一つの対象のみで瞬間移動中は剣の"伸縮"による攻撃ができないということだ。速すぎてわからなかったが、おそらく最初の攻撃も、空間縮小→解除→剣縮小→剣伸長という具合で空間と剣の同時"伸縮"ではなかったのだろう。


 (だが、"伸縮"の恐ろしさはその速さだ。ここまでタネがわかってもいい対策は思いつかない。)


 俺はある程度痛みを受けることを覚悟して作戦を考えた。


 (あの瞬間移動の速さには現状の俺ではついていけない。だが、同時に"伸縮"ができないなら瞬間移動ができない状況にすればいい。それでもダメなら……)


 最終手段を考えつつ、俺はとにかくより良い対策を考えた。瞬間移動ができない状況とは、攻撃で"伸縮"を使うとき。つまり、"伸縮"を使った攻撃にカウンターを仕掛けるという作戦だ。


 ("回復"を使いながら、"発砲"で迎え撃つ。)

 

「そろそろ、死ぬ覚悟はできたかの?」


 一心は構えた。そして、瞬間移動で俺の目の前に現れると斬りかからずに切っ先を向けた。今度の剣は三十センチほどにまで縮んでいる。そして、再び俺の心臓めがけて剣が伸びてきた。


 (さっきより速い。だが、作戦は変わらない。剣が俺の体を貫くと同時に"発砲"をするだけだ。)


 剣が体を貫く直前に"飛翔"で狙いを心臓からずらし、"発砲"と"回復"を発動した。左手を自分の体に向け回復しながら、右手で黒玉を連射し、一心の逃げ場は完全になくなった。勝ったと思ったその時、一心が言った。


 「だから甘いと言ったろうに、時間"伸縮"。」


 まるで止まった時の中を動いたかのように一心は消え、回避不可能な速さで俺の心臓に切っ先を伸ばした。

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