銃は剣よりも強し
「うぉお!殺せぇえ!!」
「やっちまえ!いいぞ!もっとだぁ!!」
観客たちの叫び声が聞こえる。どうやらちょうど試合の最中のようだ。
(馭者が言っていた通り、狂っているな。)
この観客たちは信者にするべきかどうか悩んでいた時、馭者が闘技場の受付らしき人物に話しかけられた。
「あなたは、闘技場での戦いをお望みですか?それとも観戦をお望みですか?」
「ひゃい、観戦を…ですがこの荷台に乗っておられる方が戦いを望んでいるのでそのお供として付いていってもいいですか?」
事前の打ち合わせ通り、馭者は俺のお付きの者として付いていきたい旨を伝えた。
「そうなりますとその荷台に乗っている方の試合が終わるまであなたも闘技場から出られませんがよろしいですか?」
「は、はい。大丈夫です。」
「では最後に荷台の検査をさせていただきますね。少し失礼します。」
そう言って受付の女性は片目をつぶり、片目で荷台を凝視した。
「なるほど、赤ん坊と食料ですね……となると戦うのは赤ん坊?まあ年齢制限はないのでいいんですが、命の保証はありませんよ?」
(荷台を外から見ただけで中身を言い当てたということは"透視"などのスキル持ちか。)
「ひゃい、わかっています。」
「まあ、いろいろ訳ありなようですね。わかりました、どうぞご入場ください。」
闘技場の中に入ると、そこには村の独房とは比べ物にならないくらい多くの頑丈で堅固な作りの独房部屋があった。そこには、寝ている者や自らの治療をしている者、トレーニングをしている者など様々な人がいた。すると看守と思われる人物が馭者に話しかけてきた。
「お前、新人だな。ここに入ったからには今から戦いが終わるまではこの独房で生活してもらう。ちなみに荷物は試合で使う武器以外全て没収だ。」
看守は俺が乗ったままの馬車を外の物置きに運ばせようとした。
「ひぃ、お、お待ちを。私は出場者ではなく観戦者です。あの馬車に乗っている方が出場者で私はそのお供で来ました。」
「そうなのか?」
何やら看守は驚いた様子だった。
「まあいい、では馬車の中の者は出てこい!」
そう言われても俺は歩けないため馭者に運ばせた。
「その赤ん坊が出場者だと?気でも狂ったか。もういい、お前がしっかり面倒を見るんだぞ!お前らの独房はあそこだ。」
指定された独房の中に入ると看守が言った。
「試合の時間になったら呼ぶ。それまでせいぜい残りの人生を謳歌しておくんだな!」
俺たちはやっとしっかり休憩できる場所と時間を得ることができた。食料なども時間になれば運ばれてくるようだ。排泄物は建て付けのボットン便所だが、不思議と匂いは大丈夫だ。それに外であんなにうるさかった喚声が中に入ってからは聞こえてこない。
(匂いや音を操るスキル持ちでもいるのだろうか?まあ環境がいいに越したことはない、とにかく少し休憩しよう。)
そして、俺と馭者は数時間の安眠をすることができた。数時間後、あまりの不快な声に俺の快眠は掻き消された。
「起きろ、夢の中でママの乳でも吸ってたんだろうがもう夢は終わりだ。次の試合に出場することになったから早く準備をしろ!」
「少しうるさいな、黙れ。」
さっきの看守が呼びに来たのだが、あまりの不快な声に俺は思わず喋ってしまった。俺はその流れで"飛翔"を使い、看守の指示した通りの場所に飛んでいった。それを見た看守や他の者は目を疑っていた。
「赤ん坊が喋って、飛んだ……だと!?」
その結果、俺がこの独房部屋を出る前に見た最後の光景は看守に問い詰められる馭者の姿だった。
独房部屋を出たあと、さらにそこにいた係員に言われた通り進むと奥に光が見える通路に来た。
(あの光の先が闘技場か。遂に本格的な戦いが始まるんだな。)
高揚感と少しの緊張感を持ちながら俺は光の先に向かった。光の中に出ると、一面砂場のフィールドがあった。目の前に対戦相手、その横に審判、そして周りに無数の観客がいた。初戦の相手は二十代くらいの男で体格は並、武器は剣のようだ。
(闘技場と聞くとムキムキばかりを想像していたが、やはりスキル至上主義のこの世界では鍛える必要がないらしいな。)
実際俺が赤ん坊の姿でも十分戦えるのがいい証拠だ。相手がどんなスキルなのか、どれほどの殺意なのかを様子見しようと思いつつ俺は戦闘準備をした。観客や対戦相手は俺の風貌と浮いていることにかなり驚いていたようだが、審判は眉ひとつ動かさずに試合を始める合図を構えている。
(この審判はまるで"機械"みたいだな。)
審判が構えると同時に会場のどよめきや相手の動揺は消え、相手も武器を構えた。一瞬静寂が場を支配した次の瞬間、審判が叫んだ。
「両者一回戦のため、ルールの確認をする。」
・試合は相手が死ぬか降参するまで。
・試合開始宣言までスキルの使用は不可とする、
ただし止むを得ない場合は許可。
・武器は一種類だけ持ち込みが可能。
・空への動きは五メートルまで。
・その他ルールに考慮すべき項目が試合で発生した場合は審判の判断。
「それでは一回戦試合開始!」
審判の試合開始の合図と同時に観客の喚声も湧き起こった。その喚声の中、対戦相手は話をしてきた。
「赤ん坊を殺すなんて僕の性に合わないんだ。だから降参してくれないかな?って喋れないか。」
「その必要はない、全力でかかってきたまえ。」
俺が喋ると観客から聞き慣れたどよめきが起こった。相手は呆れたような顔をして言葉を返した。
「驚いたな、浮いていることがスキルだと思っていたけど喋ることもできるなんて…喋りは天性のものなのかな?」
「全てが天性のものだ。私は神である、神は全てを持ち、与えることができるのだ。」
「なるほど、神ってのはよくわからないけど遠慮する必要がないことはわかったよ。」
そう言うと、相手は一気に踏み込んで俺を剣の間合いに入れた。そして一閃、剣を振るった。俺は"飛翔"の動きで上に躱したが、もし避けれていなかったら確実に死んでいただろう。
(今の速さ、明らかに人間の速度を超えていた。つまりはそれがスキル内容に関することだな。)
それに今ので相手の殺意はわかった。そっちが殺る気ならこっちもそのつもりで行かせてもらう。
(信仰、強化対象共に上之手福、スキル"信仰心"発動並びに強化内容"発砲"。)
俺は手の人差し指と中指を相手に向けるいつもの銃の構えをし、相手に向けて直径ニセンチ程度の黒い玉を数発撃った。
「今度は銃かな?でも僕の"身体強化"のスキルの前では銃はただのおもちゃでしかないんだよ。」
相手は並外れた動体視力でその黒玉を全て剣で弾こうとした。だが、それが運の尽きだった。剣に当たった黒玉は弾かれることなく、剣に穴を開けたのだ。
(俺がこの強化を得た時にイメージさせたのは穴が空くということ。だから、見た目は弾丸でもこの弾の性質は穴を開けることに本質がある。)
「な、なんでなんだ!?」
「残念だったな、銃は剣よりも強しと言うことだ。剣が使えなくなっては剣士としては致命的だろう、降参をお勧めする。」
「確かに僕が剣士ならそうだろうね……でも、さっきも言った通り僕のスキルは"身体強化"、だから素手でも戦えるんだよ!」
(これ以上は怪我をさせることになるが仕方ない。)
殴りかかってきた相手に対して、今度は三センチ程度の黒玉で迎え撃った。殴るために出した相手の右手にポッカリと血も出ずに穴が空いた。
「これ以上続けても意味はないぞ。傷が浅いうちに降参をお勧めする。」
「くっ…こ、降参だ。」
そう言って相手は穴の空いた右手と無傷の左手を挙げた。
「勝者、上之手福!」
審判がそう宣言して俺は見事に一回戦を突破した。