白金の王子 ⒉
「ラングラシュ公爵家は、これでほぼ壊滅……これは、分家同士の争いが起こる」
「……そうですか。お父様は、どうなさるおつもりですか?継承争いに参加なさるおつもりで?」
難しい顔をするお父様。既に、後継争いが起こっていることがわかる。
現在、前の世界で言う5時ごろ。この時間帯にお父様が別館から帰ってくるのは珍しいのだが、それも緊急事態故なのだろう。
「いや、我がクライン家は葬儀には向かうが、後継争いにはあまり口を出さないつもりだ。それでもあちらの国の貴族院や元老院が担ぎ上げてくるだろうな」
「巻き込まれるのは回避できない……ということですか」
うん。予想はしていた。
説明すると、ラングラシュ公爵家の分家は、言い方は悪いけど、他より劣った血を持つものが多い。
それに比べてクライン男爵家は、表面上は立場が弱いものの、この国とあちらの国の王族の血を引き、強い権力と巨万の富を持つ。発言すれば王家さえも無視はできない。
正当な血と、王家をもしのぐことができる権力。血と家柄を重視するあちらの国では、クライン家は立場さえどうにかすればその席に着けることが簡単にでき、あまつさえそれを口実にして公爵家を操る気なのだろう。
考えが甘い。
侮るなかれ。お父様は辣腕なのだ。甘言に騙されず、必要ならば敵国の人間さえ陣営に引き込んでしまうようなお方である。
—―だけど、不思議だよね。なんでそんな人が、子供であるセルヴィスを無いように扱ったんだろう。
セルヴィスは、我儘であっても膨大な魔力を有していた。
お父様にとっては、十分利用価値のある人間だっただろう。
それなのに、何故セルヴィスは放置され続けたのか——私にはわからない。
「……セルヴィア、一週間後、葬儀が行われる。明日の午後までに出発の準備をしておくこと」
「わかりました」
私にだけ命じておくということは、テレーゼお母様とセルヴィスは行かなくていいということなのだろう。まぁ、二人もお疲れの様子だし、私だけで十分か。
「……あの、旦那様。公爵閣下は、事故……なのですか?」
「……そうだ。領地から王都に奥方と帰還する途中、馬が暴走してそのまま転落した……そう聞いている」
「—―そうですか」
その声こそ淡々としていたが、テレーゼお母様は——青白い、顔をしていた。
今日も、静寂の夜が明ける。
〈一週間後〉
隣国で開かれた葬式には、多くの人々が出席した。
お父様曰く、今日には元老院が接触してくるだろう……とのこと。
お父様に付いている文官殿に、滅茶苦茶心配された。私はそこまでお子様では無いですよ。
今日私が身につけている黒いドレスは、シンプル。しかし、見る人が見れば、一級品だと分かる品である。
—―なんか、さぁ。空気読めない女性方が、凄い豪奢なドレス着てるんだけど?
会場に入ったときにびっくりしたのだが、この国の王女殿下をはじめとして、高位貴族の夫人令嬢たちが、そろって豪華なドレスを着ている。この国—―アルヴィアーレの葬式は、前世の日本の常識と同じで、黒の衣装が一般的のはずである。我が国、ベルモア王国では多少は寛容されるが、それでも彼女たちのように赤や濃いピンクなどは、異質な目で見られる。勿論、アルヴィアーレの女性たちでも、ホワイトゾーンの人はいるが、ブラックゾーン、またはグレーゾーンの方が多い。
「……お父様、こちらではこれが一般的なのですか?」
「—―昔は黒や紺を身につけるのが主流だった。しかし、王妃殿下が嫁いで来られてからは、これが一般的になった」
「うぇえ?」
ありえないでしょ、王妃さま。葬儀のはずなのに、今から夜会ができるわよ、昼間だけど。
私みたいに、他国からいらっしゃったお客様がとても戸惑っている。当たり前の反応だ。
そんなことを考えていると、喪主である筆頭分家の当主の挨拶が始まった。
異常事態。アルヴィアーレ王国危険。
目がチカチカする―—というのは、筆頭分家の夫人の衣装である。
金色。まさかの金色。ありえない。私の年上の娘はグレーゾーンだったのに、母親の衣装、ダメ絶対。手本にしてはいけない人だ。っていうか、よくOK出たわね、あのドレス。Sランク魔獣の毛皮まで装飾にあったわよ。
あの家は確か、ほとんど没落寸前のはずだ。領地に採石場があり、昔はダイヤモンドやルビー、サファイアなど、装飾に使われる宝石を多く採掘していたらしい。しかし、そのような資源も無限ではない。今やそれらはほとんど尽き、領地経営は火の車。その度にラングラシュ公爵家にお金をせびっていたという。文官殿に聞いた。これは私の考えだけど、たぶんあの家は、ラングラシュ公爵家の資産目当てで後継者に名乗り出たのだろう。
だが、後継者となってもあの家はつぶれるのだろう。当主は仕事ができない、夫人は浪費家。まともと思われる娘が、良い男を捕まえて来れば変わるかもしれないが、没落間際の貴族家に婿入りしようと思う人間なんて少ないだろう。貴族ならなおさらである。
—―うーん、そう考えると、あと数年で死ぬ予定の女の子でも、クライン家に生まれてきて感謝すべきなんだろうなぁ。
溺愛とまでは言わないけど、それなりに好きにさせてくれるお父様に感謝です。お母様はいませんが、おうちに帰ったらお礼を言っておきましょう。セルヴィアを生んでくれてありがとうってね。中身オタクだけど。