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バックヤードの戦い~Gを殲滅せよ~

作者: 緑のノート

深夜に、足に付いた子Gを手で払い殺すという出来事があり、勢いで書き上げました。

楽しんでくださると嬉しいです。

 遅番で出勤した大野はタイムカードを押して、店内の見回りをした後、倉庫に向かっていた。久しぶりに早番の店長と被ったのだ。店長がいるうちに、荒れに荒れている倉庫の整理をしようと思ったのだった。


 ドラッグストアは日々色々な商品が入荷する。

 もちろん倉庫を綺麗に使ってくれる人もいるのだが、この店舗のほとんどの人(店長含)は、入荷した商品を無造作に台車¹⁾へ積み上げていくだけのことが多い。だから倉庫の在庫があるのに発注したり、台車に積まれた下の方から賞味期限の迫った商品が出てきたりするのだ。商品を探すのも時間がかかる。大野はそれを防ごうと、この店舗に配属されてから定期的に倉庫を整理するようにしていた。

 何より大野は乱雑かつ非効率に商品が積まれた倉庫が嫌いだった。


「おはよう清水君。ちょっと裏見てくるから何かあったら声掛けて」

「っはよーざいます。分かりました」


 商品の前出しをしていた学生バイトに声を掛けてから、倉庫の扉を開ける。冷房の効いている店内とは違い、初夏のむわっとした空気が立ち込めている。コンクリート打ちっぱなしで、薄っぺらいトタンのような屋根が付いたプレハブっぽい空間だ。


「やっぱり。私の休み明けやからこうなってるのは分かってたけど……」


 呆れた大野の声の先には、見事にばらばらに積まれた段ボールや(おり)コン²⁾があった。

 大野の整理が始まった。


~接敵まで20分~


 雑貨を整理しコンテナを折りたたみ、店内の在庫が少なくなっていた菓子類を台車に載せて、倉庫から運び出す。


「なんで一段目と三段目に同じ商品が入ってるん?確認するくらいしてよ」


 ぶつぶつ言いながらも手際はいい大野。一角を片付け終わると次は飲料に取りかかることにした。

 急に気温が上がったことで需要が伸びた飲料は、入ってくる量も多い。ビールなどは種類もばらばらにうず高く積まれており、色とりどりのパッチワーク、いやジ○ンガの様相を呈して倉庫の一角を占めていた。   

 飲料の箱は重いので、整理は皆に敬遠されている。大野も別にやりたいわけではない。


「はあ。……でも、何か甘い匂いしてるんよな。飲料破損してるかもしれへんし、やるかぁ……」


 大野はついにパンドラの箱を開けようとしていた。

 それは、ビールの段ボールが山積みされた台車を動かした時だった。


「めっちゃ甘い匂いするんですけど。この後ろ?」


 慎重に動かしていくと、後ろの壁際から現れたのは、憐れに潰れた某カフェオレのペットボトルだった。

 そして――奴は現れた。


「ひいぃぃぃぃぃい!!」


 ペットボトルに群がる黒い影。しかも一つではない。


「ろ、ろ、ろ、六匹……?嘘やろぉぉ……」


 六つの黒い影が、倉庫の陰に散って行った。その内の一匹は、なんと大野の方に突き進んできた。


「ぎゃあ!来んな!」


 たたらを踏んだ大野。大野も人並みにGが苦手だ。

 タップダンスさながらに見事なステップで回避した。黒い影は、後で片付けようと床に積んでいた段ボールの下に潜り込んでいった。

 思考停止に陥る大野。ふいに冷房の涼しい風が吹き込んだ。


「大丈夫っすか、大野さん。店内(なか)まで声聞こえてましたけど」


 学生バイトの清水が顔をのぞかせていた。大野は顔を輝かせる。


「清水君いいところに!来て来て」


「見て、これ。一番下の段ボール。……誰かが、後ろにカフェオレのペットボトル転がってるんに気付かんと、ビールの台車で潰してもうたみたいでさ」

「うわ~。ほんまや~」

「上の箱全部のけて……カフォエレ付いた箱は使われへんから、ばらして棚上³⁾に置いてほしいねん。あ、ばらすんは外でやってな」


 大野は搬入口を指さした。清水がきょとんとする。


「なんで外なんですか?」

「さっきその裏にGがおったから。私は店長にゴキ○○ットみたいなん経費で落としてもらってくるから」

「え!俺も嫌ですよ、ばらすん!!てか、ばらす前にゴキ○○ット俺にくださいって!中に入ってるかもしれないってことでしょ!?」⁴⁾


 清水が叫んだ時には、すでに大野の姿はなかった。


~残り六匹~


「店長。ゴキ○○ット的な奴、経費で落としてください!出たんです、奴が」


 髪を振り乱した大野が鬼気迫る表情でやって来た時、店長は最初何事かと思った。


「奴?って、ああ」


 大野は虫が苦手である。この前は十センチくらいの蛾が店に入ってきて大騒ぎしたという。店長は大野が言っているであろう黒い虫の姿を思い浮かべた。見ていて気持ちのいい虫ではないので、店長も好きではないが……大げさじゃないか。それが率直な感想だった。

 店長の気持ちを読んだのか、大野が食い下がる。


「来週監査なんですよね?アレが出たの見られたら評価下がるんですよね。退治させてください」


 店長も経費で落とすこと自体はやぶさかではない。念のため虫の名前を確認しておこうと口を開いたが、


「大野さんアレとか奴ってゴキブ――」

「言わんとってください!」

「はいっ」


 大野に遮られた。


「――至急、武器持って倉庫に来てください。あと、このカフェオレ一本破損してたんで、処理お願いします」


 大野は風のように倉庫へ帰って行った。




「大野さん、持って来たよー。倉庫整理ありがとう」


 店長がスプレー(凍らせるタイプ)を携えて倉庫の扉を開けた時、店長が出勤した時とは比べ物にならないくらい綺麗に整頓されていた。

 大野はちょうど潰した段ボールを集めて、搬入口から外に運んでいるところだった。搬入口の外には学生バイトの清水がいて、何やら段ボールをばらしているようだ。


「あ、店長ありがとうございます!」


 気付いた大野が駆け寄ってくる。手を後ろに回して。


「ご報告なんですが……。店長すいません」


 大野が可愛らしく笑いながら、店長の目の前にのぼりをさし出した。棒が、真ん中からぽきりと折れていた。


「のぼりの太い棒のとこ、折っちゃいました」

「折っちゃいました、じゃないでしょ!?「てへ」っみたいな空気出して!どんな力入れたら折れるんですか?なあ?」

「積んだ段ボールを棒で探ろうと思って……。下から出てきたアレを渾身の一撃で叩いたら」


 そこで大野はコンクリートの床でシミとなっている黒っぽい物体を指し示した。


「折れてもうたんです」

「何やってんねん!可愛らしくしても駄目。……でもようやった」




「はあ!?六匹?まじで?」

「まじです」

「あと五匹探さなあかんの?」

「いや、それが。さっき……もう一匹カゴ(しゃ)⁵⁾で轢き殺してしまいまして」

「カゴ車に何してくれてんの?呪われたらどうすんの……?考えてみ?コマ転がしたら通ったとこにゴキ**汁着くねんで。…………今日の納品で回収してもらおか」

「店長も大概ひどいですね」


 二人で馬鹿なやりとりをしていると、六缶セットのビールを抱えた清水がやって来た。


「店長お疲れ様です。大野さん、中にはおらんかったっすわ。俺そろそろレジなんで、ビール棚上に上げたらレジ交代行きますね」

「この状況で置いてくん?」


 半分本気で引き留めようとする大野に、爽やかな笑顔で清水が答えた。


「ワースケ⁶⁾作ったん、お二人じゃないですか〜。クレームは自分達にお願いしますっ。じゃっ」


~残り四匹~


 清水が離脱した後も、大野と店長の戦いは続いた。折りコンを動かした大野が叫ぶ。


「店長!そっち!行きました!」

「うお!」


 股の間を通り過ぎるG。そのまま台車の下に潜り込んでしまう。


「足でやっつけてくださいよー!「縁がちょ」してあげますから」

「何言うてんねん!アレ踏むくらいやったらハンコに付いた変な虫踏みつぶす方がましじゃ!てか今の本気やろ!目ぇ笑ってへんぞ?」

「もう一匹おった!」

「どこ?おらあ!いい加減凍れ!っしゃあ!」

「あと三匹。次はその台車の下に行った奴、殺りますよ」




「あと、一匹ですね」

「あの折りコンの下が怪しいな」


 二人は汗だくになっていた。

 倉庫中の台車を動かしての殲滅戦は、終盤を迎えていた。


「折りコンってこれですか?」


 そこに爽やかな風が吹き抜ける。

 二人が何か答える前に、下から出てきた黒い虫は、箒で叩かれた。呆気ない最期だった。

 さっと塵取りで回収されていく。


「清水君に言われて来てみたら。何やってはるんですか、二人とも」


 現れたのはパート従業員、溝口さんだった。小学生のお子さんがいるお母さんで、扶養内なので日数は入れないが、仕事をきちんとしてくれる頼れるスタッフだ。溝口さんは笑顔で二人に向き直った。


「大野さん」

「はい」

「責任者なんですから、店内に出て仕事していただけたらと思うんですけど…」

「はいすみませんでした」


 項垂れる大野。矛先は店長にも向く。


「店長」

「はい」

「もう退勤時間すぎてるんやないですか?やること終わってはるんなら、帰ってくださいね?」

「はい。溝口さんがソレ潰してくださったんで、帰ります。はい」

「お二人共ゴキブリ退治お疲れ様でした。大野さん虫苦手って言ってたのにしんどかったでしょう?死骸はそこと……あれとあれですか?私が処分しとくんで業務戻ってください」


 母強し。

 溝口さんは塵取りでささっと回収すると、搬入口から出ていってしまった。


「最初から溝口さん呼んどったらよかった……」

「店長」

「ん?」


「最後に倉庫の整理、手伝ってもらえませんか?」

 

 戦いの代償は大きかった。大野が綺麗にしたはずの倉庫は、再び荒れていた。

[注]

1)台車:平台車。取っ手はなく、物を載せる台とその下に付けられたタイヤで構成されている。


2)折コン:「折りたたみコンテナ」の略称。プラスチック製。底面・側面・蓋から構成されているコンテナで、側面が折りたためる。折りたたむと三分の一以下の嵩になるため、場所をとらず便利。


3)棚上:店内の陳列棚の上。


4)ビールの段ボール:六缶セット×四つ入り。段ボール箱はきっちり閉まっているわけではなく、缶の中程にあたる場所に、数センチの隙間がある。


5)カゴ車:カゴ台車とも。積み荷を乗せる底面部分があり、側面の三面が背の高い鉄パイプの枠で囲われている。開いている残りの一面から積み荷を出し入れする。重いしでかい。納品はカゴ車の状態でやって来る。


6)ワースケ:「ワークスケジュール」の略称。ここでは作業割当表。出勤者の勤務時間や休憩のタイミング、時間毎の作業が記されてあったりする。店毎に作り方が違う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 壮絶なGとの死闘でしたね。 奴らは一匹見たら…と言いますし、この戦いも序章なのかもしれません…。
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