06 仕入れ完了
聖女トリオは思ってもいなかった。
若い娘たちだけの旅だったので、良からぬ輩にチョッカイをかけられる覚悟はできていた。
どんな悪い輩に絡まれても、なんとか3人で力を合わせて、新天地にたどり着こうと決めていた。
しかし彼女たちは『悪い輩』どころではない存在に、絡め取られてしまう。
小隊長相手にボッタクリ、悪魔相手にケツの毛まで毟り取る……。
見下げはてた、クズのオッサンに……!
彼女たちは、これからどんな目に遭わされるのだろうと、不安でたまらない様子。
その生殺与奪を一手にしているクズリュウは、眼帯の上から目をボリボリ掻きながら言った。
「よーしそんじゃあメンバー全員揃ったことだし、歓迎会ついでの晩メシにするかぁ。
おいマネームーン、あそこの石棺に軍票が入ってるから、王都までひとっ走り行って換金してくれ。
王都なら手数料ゼロだからな」
すかさず、聖女トリオのひとりが口を挟む。
「王都ってもしかして、このアンダースリーブ王国の王都のこと!? 馬車で行っても3日はかかるわよ!?
そんな小さな子にできるお使いじゃないわ! あなたって本当にク……!」
途中で言葉を飲み込むアーネスト。
『クズ』と言ったら相手の思うツボになってしまうような気がしたからだ。
しかしクズリュウはガン無視。
「聖女どもは、マネームーンの戦利品のモンスター素材を、奥にある魔導冷蔵庫にしまってくれ」
マネームーンは石棺の軍票をかき集め、ゴムで束にしていた。
ピュリアとママベルは袋からはみ出たグロテスクな臓物をかき集める。
アーネストは断固拒否していたが、ピュリアに汚れ仕事はさせられないと、渋々と仕事にとりかかった。
「よし、それじゃあ聖堂をたたむから、みんな外に出ろ」
少女たちの仕事が終わったところで、クズリュウの号令で外に出る。
「聖堂をたたむって、どういう意味よ」とアーネスト。
「まあ見てろって、……聖堂、クローズっ! ついでに、邪教の館もクローズだ!」
すると、目の前にあった聖堂と遠くにあった邪教の館はそれぞれ、地盤沈下に巻き込まれるかのように地面の中に沈んでいった。
目を丸くする聖女たちをよそに、クズリュウは続ける。
「転移屋オープン! ついでに、酒場もオープンだ!」
間を置かずに、2軒の店舗が地面からそそり建つ。
翼の生えた鳥の看板が掲げられている『転移屋』と、泡立つビールの看板がぶら下がっている『酒場』だ。
すでにクズリュウのスキルはいちど目の当たりにしたはずなのに、聖女たちは驚嘆の声をあげていた。
「す……すごいです……! こんなすごいスキル、初めて拝見しました……!」
「本当に、一瞬にして、こんな立派なお店を出せるだなんて……!」
「ふ……ふん! 外観は立派みたいだけど、肝心の中身はどうなのかしら!?」
マネームーンはそそくさと『転移屋』の扉をくぐる。
それから数秒後に煙突から光の球体が立ち上り、薄暮の空へと吸い込まれていった。
ポカーンと口を開けて光を見送る聖女たちに、オッサンは言う。
「あとは金が来るのを待つばかり、っと。酒場で待ってようぜ」
聖女たちはキツネにつままれたような気分のまま、クズリュウに連れられて酒場のスイングドアをくぐる。
そこは店主と客こそいないものの、れっきとした『酒場』だった。
ずらりと並んだ丸テーブルにバーカウンター、中央にはステージがあり、吹き抜けの2階席まである。
これに食いついたのは、意外なる人物であった。
「ち……ちりんちりーんっ!? なんて素敵なお店なんでしょう!?
ママ、こういうお店で働くのが、子供の頃からの夢だったの!」
ママベルは大きな胸とベルを揺らし、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして、酒場の中を見てまわった。
特に厨房には「あぁん、こんなにおっきなまな板に、ぶっとい包丁があるだなんて、素敵ぃ!」などと、調理器具ひとつひとつに感激している。
気がつくと、クズリュウはバーテンの格好になっていた。
「そうかい。それじゃあ金が入ったら食材を仕入れるから、調理を手伝ってくれ」
「お金が来たら仕入れ? こんな山奥で仕入れだなんて、なにを言って……」
アーネストが突っかかっているうちに、マネームーンが戻ってきた。
手にしていた軍票の束は、両手いっぱいの札束になっている。
「さっそく入金するまね」と酒場の奥にある事務所に引っ込んでいったあと、なにか板のようなものを小脇に抱えて戻ってくる。
それは石板で、光る文字が浮かび上がっている。
石板を手渡されたクズリュウの顔がパッと明るくなった。
「おっ、全部で1000万¥か! いい稼ぎになったな!
これなら高級食材も買いたい放題じゃねぇか!」
クズリュウは嬉々として石板に指を這わせる。
石板に触れるたびに、文字は変遷するようにコロコロと入れ替わっていた。
そして聖女たちは、さらなる衝撃の光景を目撃する。
なんと、石板の操作と連動するかのように、カラッポだった棚に次々と酒瓶が現れ、パイプオルガンのようにずらりと並んでいたのだ。
バーカウンターには台座に乗せられたビールの樽に、生ハムの原木。
天井には飾り付けのように連なったソーセージが走り、厨房には肉や野菜の詰まった木箱が積み上げられる。
それはまるでカラカラに乾いた大地に水が染み渡り、次々と若葉が芽吹くような光景。
店という名の大いなる入れ物が、息を吹き込まれた瞬間であった。
天井からのロウソクの明かりに、キラキラと輝く酒瓶たち。
酒場に入るのも初めなピュリアは、その美しさに「わぁ……!」と目を輝かせた。
アーネストは「ふ……ふん、お酒なんてふしだらな人間が飲むものよ!」とそっぽを向いている。
「ちりんちりーんっ! こんな大きな厨房でお料理ができるだなんてっ!
ま、ママ、困っちゃう! 困り過ぎちゃうくらい、素敵っ!
すっ……素敵素敵素敵! 素敵ぃぃぃ~~~~~っ!!」
ママベルはもはや狂喜乱舞。
困り笑顔を浮かべながら厨房に飛び込んで、とんでもない速さでキャベツを千切りにしている。
「むーん、まるで魔導キャベツ千切り装置ばりのスピードまね」とマネームーンは舌を巻いていた。