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04 どこでもショップの力

 山道で行き倒れていたオッサンは、少女たちの昼食を食べ尽くし、それどころか施してくれた姫巫女を豚よばわりする無礼すぎる男であった。

 もしこれが街中であれば、即刻衛兵に突き出されていただろうが、そんな罪悪ですら消し飛んでしまうくらいのことを、オッサンはやってのける。


 なんと山の中に突然、聖堂を出現させたのだ……!


 女神様でも難しいような奇跡であったが、男は平然と手を叩き、呆然としていた聖女たちを正気に戻す。


「おい、ボーッとしてないで中に入れ、治療と蘇生の準備をするぞ。

 兵士たちに、死傷者を連れてこさせるんだ」


「か……かしこまりましたっ!」


 ピュリアはピャッと身を翻し、死傷者が野ざらしにされている所に向かう。

 包帯で応急手当をしていた兵士たちも、いきなり現れた聖堂に、まるで蜃気楼のオアシスでも見るかのような表情。


 しかしこれで戦況が立て直せると、傷付いた仲間たちをこぞって聖堂に運び込んだ。

 そこではアーネストとママベルが待ち構えていて、さっそく奇跡を施そうとしていたのだが、


「待て待て待て。まずは頂くものを頂いてからだ」


 いつの間にか聖父姿になっているオッサンは、隊長らしき男に手のひらを差し出す。


「ケガの治療は1回10万(エンダー)、死者の蘇生は1回100万(エンダー)だ」


 するとその場にいた全員がギョッとなる。


「なっ……!? お布施の額は任意ではないのか!? それに相場の10倍以上ではないか!」


「そうよ! それにこんな時にお金を請求するだなんて! 最低よ!」


「そうだ、その子の言っているとおり、いまは戦闘中だ! 後で払うから、今は治療を……!」


「ダメだ。その都度払うんだ。イヤなら外で包帯でも巻いてろ」


「ぐっ……! 貴様、聖父のくせして、慈悲のかけらもないのか!

 それに、今はそんな現金の持ち合わせはないぞ!」


「俺にだって慈悲はあるさ、こうして放り出さないでやってるじゃないか。

 それに、もうひとつ慈悲をくれてやろう。

 本来は現金オンリーなんだが、10パーセントの手数料を上乗せしたら、軍票でも受付けてやる」


「きっ……貴様は悪魔かっ!?」


「悪魔はこんなにやさしくはねぇよ。さあ、わかったらさっさと払え」


 小隊長は鬼のような形相で部下に軍票を持ってこさせると、引きちぎってオッサンに投げつけた。


 オッサンは気にもせず、床に散らばったそれらを拾い集める。

 軍票にちゃんとサインがあることを確認し、「毎度、ダマ小隊長」と手刀を切る。


 オッサンはさらに、呆れ果ててあんぐりしている聖女たちに視線を移す。

 切った手刀すら無駄にしないかのように、手刀に手を添えてパンパンと叩いていた。


「おいお前ら、なにボーッとしてんだ。仕事だぞ、さっさとコイツらを治療してやれ。

 蘇生がやりたきゃ、祭壇の引き出しに奇石が入ってるから使え」


 ハッとなって動き出す聖女たち。

 しかし引き出しを開けたアーネストは、さっそく顔をしかめていた。


「ちょっと! これ、最低級の奇石じゃない!?

 こんな低品質なのを使ったら、蘇生の成功率は1割以下よ!

 姫巫女のピュリア様でも、5割いくかどうか……!」


「ったく、じゃあ俺が蘇生をやるから、お前たちはケガ人の相手でもしてろ」


 「「「えっ!?」」」と聖女トリオはハモった。


「おじさま、蘇生がおできになるのですか!?」


「ああ、この中にいる間だけな」


 オッサンはぶっきらぼうに答えながら、手にした奇石を、祭壇に横たわっている死体の胸に、投げやりに押しつける。


「ったく、男の蘇生も割り増しにしてやりゃよかったよ。ホラ、さっさと起きろ」


 それは天に向かって跪くどころか、祈りすらも捧げない、あまりにもぞんざいな『蘇生』。

 まるで法要で3千円しかお布施が貰えなかった、生臭坊主のあげるお経さながらであった。


「ちょ……!? そんなので死者が生き返るわけないでしょ!? ふざけるのもいい加減に……!」


 しかし天窓から光が降り注ぎ、兵士はむっくりと起き上がる。


「「「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」」」


 前代未聞の蘇生の儀式、しかも一発で成功してしまったので、聖女トリオは思わず絶叫していた。

 オッサンは流れ作業のように、次々と兵士の死体を蘇らせていく。


 聖女トリオはもはや、ショック状態に陥っていた。


「ああっ……か、神よ……! わたくしはもう、このまま昇天してしまいそうです……!」


「ちっ、ちりんちりーんっ!? ちりんちりーんっ!? ママ、困っちゃう!? 困りすぎちゃう~~~~っ!?」


「うっ……ウソっ! ウソよこんなの! これは夢! 悪い夢なのよぉぉぉぉーーーーっ!!」


「いいからさっさと治せ、これからが稼ぎ時なんだからよ」


 「稼ぎ時……?」と、ふと聖女たちは、聖堂の窓から外を見やる。

 魔物軍の陣営には、いつの間にか黒く禍々しい館がそびえていた。


「あっ……あれは!? 『邪教の館』!? なんであんな所に!?」


 『邪教の館』とは、聖堂の魔物バージョンである。

 あの中ではこの聖堂と同じように、傷付いた魔物たちが運び込まれ、蘇生や治療を受けているに違いない。


「くそっ! 相手側にも救護拠点ができるとは! これは長期戦になりそうだぞっ!」


 ダマ小隊長の予想どおり、広場で始まった戦闘は夕方まで続く。

 しかしこちらの聖堂4人がかりで、相手側の館の回復要員はひとりだけのようだった。


 そのため、人間軍が少しずつモンスター軍を圧倒。

 そしてダマ小隊長が持ってきていた軍票が無くなると同時に、勝負は決着した。


 モンスターたちはわずかな残存兵力となった時点で撤退、邪教の館も土へと還っていく。

 ダマ小隊長は、聖女たちの協力に感謝した。


「キミたちの献身的な救護のおかげで、我々は勝利を勝ち取ることができた。

 あのモンスターたちが山から降りていたら、大変な被害を被っていたことだろう。

 ……出費はかさんでしまったがな」


 彼は最後にオッサンをジロリと睨み付け、軍勢を引きつれて聖堂をあとにする。


 そのときのオッサンはあいている石棺を使って、軍票の風呂を味わっていた。

 「両隣に裸の女がいりゃ完璧なんだけどなぁ」などと、幸運のペンダントの広告のようなことを言いながら。


 オッサンはワイン片手に、「おい、お前ら、ちょっとこい」と聖女たちを手招きする。

 「なあに? 裸にはならないわよ」とアーネスト。


「つれないこと言うなよ。あ、そんなことより、3人ともよく働いてくれたな。コイツは報酬だ」


 と、オッサンは軍票風呂の中をもぞもぞやって、わし掴みにした金貨を取り出す。


「ほら、受け取れ」


「す……すごい大金……! あっ、いやいやいや! いらないわよ、そんなの!」


「あの、おじさま、わたくしたちはお布施をいただいていないのです」


「ちりんちりーん。村の人たちのつくった作物とかを分けていただいているのよ」


「そうか、ならちょうどいい。コイツは金貨じゃなくてチョコレートだよ。

 あいにくと俺もカラッケツでな。ほら、さっさと受け取れ」


 「チョコレートなら……」と、聖女たちは石棺の前に跪き、コインチョコレートを受け取る。

 ピュリアは白魚の指のなかにあるチョコレートをじっと見つめたあと、決意したように言った。


「あの……おじさま、わたくしたちを、ここに置いてくださいませんか?

 おじさまのような、神をも怖れない聖父様を見たのは初めてです!

 おそばに置いて、おじさまの慈悲をぜひ学ばせてください!」


 両隣にいたアーネストとママベルは、「ええっ!?」「ちりんっ!?」と度肝を抜かれたように固まる。

 オッサンは、小指で耳の穴をほじくり、指先についた耳垢を吹き飛ばすついでくらいの気軽さで答えた。


「いいぜ。っていうかさっき言ったじゃねぇか、ここがお前たちの小屋だって」


 次の瞬間、聖女たちの白い首筋に、黒いオーラが現れる。

 それは真綿で首を絞めるように縮んでいき、最後には、蛇が絡みついたような荒縄になった。


 「な……なにこれ!? 外れない!?」と慌てる少女たちに、オッサンはハゲタカのような笑みを向ける。


「俺のテリトリーで『仕事』をして、『報酬』を受け取った以上、お前たちはもう逃げられねぇ。

 俺のそばで、死ぬまで働いてもらうぞ」

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