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04 急転



 用意された部屋は、国賓が使う立派な客間だった。


 部屋にはアレクシスたち公爵一家のほかに、護衛のザカリー、侍女のヨランダが残った。ちなみに部屋のすぐ前の廊下にはザカリーの部下が二人、そして客間の隣に備え付けられた使用人用控室に侍女が二人いる。この侍女たちはある程度の戦闘訓練を受けている者たちだ。

 「さて、この状況をどう見るか…」

 「我々を囲い込んでから引き離し、アレクシス様と隣国の公女を無理やりどこかの部屋に押し込めるくらいはすると思っていましたが…」

 たとえアレクシスにその気がなくとも、部屋に女性と二人きりにされてしまえばありもしない既成事実が出来上がる。しかしイリーナ公女の「い」の字もでなかった。王妃の態度がおかしかったことも気にかかる。

 「王妃は確実に何かを企んでいる…だが、直前になってなにかトラブルが発生したというところかな?」

 「情報が少なすぎますわね。スカーレット様やバーンスタイン夫人と接触したいですが…まさか西館を通らずに本館に連れてこられるなんて」

 「それは僕も油断していた。あちらもなりふり構っていないね」


 今回使われた「竜の道」は、王族ですら私用に使えば議会に弾劾される。そんな危険な賭けを国王夫妻はしたはずなのに、今日のうちに動き出さないのは、やはりあちらに何らかの計算違いが起こったのだろう。


 「あなた…」

 「大丈夫だ。テルフォード女公爵にも、テッドメイン家にも連絡は行っているはずだ」

 スカーレットに日程の手紙をあらかじめ送っていたのはもちろんのこと、念には念を入れてパトリシアと接触した際にアガタを預けておいた。アガタはパトリシアの婚家のデューイ家の侍女に扮し、別ルートで王都に入っている。そしてデューイ子爵家からクィンシーへ、そしてクィンシーからスカーレットをはじめとする知己の元へすでに情報が渡ったはずだ。

スカーレットたちも今頃オルティス公爵一行が王都に入っていることを掴んでいるだろう。そして彼らが王都のどこにもいないということは、すでに王宮内にいると推理するのも容易い。

 確実にスカーレットたちと連携を取るために、そしてそれを国王夫妻に知られないための布石だったのだが、あちらが「竜の道」というジョーカーを切ったことで、スカーレットたちと接触することができなかった。これで今日中に何らかのことを起こされては、うまく抵抗することはできなかっただろう。

 何かは分からないが、あちら側のトラブルに感謝せねばなるまい。


 「明日が勝負だろうな」


 「竜の道」を使った以上、国王夫妻が良からぬことを企んでいるのは確実だった。フィオレンツァを、あるいはフィオレンツァと子供たちの両方を排除しようとしている…パトリシアの懸念は当たっていたのだろう。

 しかし相手にとって、「竜の道」は諸刃の剣でもある。こうやってアレクシスたちに最大限の警戒心を抱かせているし、議会に今回の私用が知られれば玉座が揺らぐ。


 「明日僕が呼び出されたら、不審がられないようにジェットとリナだけを連れて行く。別れたらすぐにザカリーたちはフィオレンツァと子供たちを連れて本館を脱出しろ」

 ジェットとリナは今回連れてきた護衛と侍女の名だ。

 「一緒に行動した方がいいのでは?明け方に一緒に逃げましょう」

 「だめだ、ここまで来てしまったら大人数は目立ち過ぎる。分散した方がいい。それにやはり両親の意思をはっきり確認しておきたい。…馬鹿だと思うだろうが、最後まであの人たちを信じたいのかも」

 「閣下…」

 「王妃にはメルヴィン兄妹をはじめとする暗殺専門の手練れがいることは分かっている。僕が国王と謁見することで、彼らがすぐには動かないことを願おう」

 本館を脱出することや、どういった流れでどういったメンバーで逃げるかも、あらかじめ考えていた作戦の一つだ。

 「ブレイクに手紙を出しておいた…。うまく届いていればいいけど」

 「…あの綺麗な鳥ですか?」

 まさかの伝書鳩…いや、色鮮やかだったからインコだろうか。

 「決まった場所にしか行ってくれないんだ。ブレイクがきちんとそのタイミングでその場所にいればいいんだけど」

 「いなかったらどうなるんですか?」

 「…そのままどこかに飛んでいくね」

 なるほど、スカーレットたちと西館で接触できなかったのが痛いというのはそういうことか。手信号か何かで時間を知らせるつもりだったのだろう…決まった場所はどこかは分からないが、いくらブレイクでも王宮内をうろうろしていては不審がられてしまう。こうなればブレイクに連絡が届かなかったと考え、自力で西館まで逃げる努力をした方が建設的だろう。そこで誰か協力者と接触できれば…。


 「今回のこと、議会が把握していたとは考えづらい。間違いなく国王と王妃の暴走だ」

 アレクシスを無理やりイリーナ公女と婚姻させ、隣国の影響力を盾に自分たちの都合を押し通そうとしているのだろう。このままアレクシスが立太子しても、ユージーンの不始末の責を少なからず国王夫妻が被る。彼らはまだ玉座にしがみつきたいのだ。

 そのために隣国の影響力を利用しようとしている。

 「愚かな人たちだ…。子供や孫の世代のことを考えられないなんて」

 アレクシスが深くため息をつく。

 

 気が付けば日付は変わり、運命の日を迎えていた。





 「オルティス公爵様。国王陛下が執務室でお待ちです」

 「…分かった」

 呼び出しを受けたのは午前の八時だった。ルーズヴェルト王国の貴族たちがまだ遅い朝食を取っている時間だ。

 「あなた」

 「フィオレンツァ。子供たちを頼む…愛してるよ」

 「私も愛してるわ。お気を付けてください」

 抱擁を交わし、アレクシスを見送る。ちらりと廊下を見れば、こちらを見張る兵たちと目が合った。

 彼らの目をかいくぐり、西館へと脱出しなければならない。


 アレクシスの背中が廊下の奥に消えたことを確認して、部屋のドアを閉めようとする。

 「お待ちください、フィオレンツァ夫人」

 全く気配を感じなかった声に、フィオレンツァはつい振り向いてしまった。

 直後に自分の行動に舌打ちする。部屋に入るタイミングを逃してしまった。

 すぐに気づいたザカリーとヨランダがフィオレンツァと声をかけてきた男の間に入る。30代後半くらいの赤い髪の男だった。琥珀色の瞳は鋭く、程よく筋肉のついた隙のなさそうな体つきをしている。

 「…何かしら?」

 「王太后様が夫人をお呼びです」

 「王太后様ですって?」


 王太后アレクザンドラ。

 昨年から臥せりがちになり、半年ほど前から公式の場には全くと言っていいほど姿を見せなくなってきている。


 「夫が戻ってきてからでは駄目でしょうか?」

 「両陛下に気づかれずに接触したいとのことです。チャンスは今しかありません」

 「…」

 「いけません、奥様。彼が王太后様の使いだという証拠はどこにもありません」

 ザカリーが耳元で忠告してくる。フィオレンツァも分かっていた。

 アレクザンドラ王太后が国王の監視の目を潜ってまで、個人的に面識のないフィオレンツァに接触しようとする可能性は低い。国王か王妃が王太后の名を使って誘い出そうとしているのだろう。

 「分かりました。子供たちも連れて行きますわ。準備をさせますので少々お待ちください」

 とりあえず、時間を稼ごう。

 フィオレンツァはともかく部屋に一度入ろうとしたが…。


 「が…っ!!」

 耳元で風圧がして、ザカリーのくぐもった声が聞こえた。

 フィオレンツァは身をすくめたまま硬直する。

 後方でもみ合う音が聞こえた…おそらくザカリーとあの男だろう。王太后の使いを名乗る赤髪の男が、フィオレンツァを無理やり拘束しようとしてザカリーに阻止され、そのまま取っ組み合いになったらしい。

 「奥様、こちらへ!」

 「…え、ええ」

 半ば強引に部屋の中に引きこんでくるヨランダに、一瞬「ザカリーに助太刀してほしい」と頼みそうになるのをぐっと堪えた。それではとっさにフィオレンツァをかばったザカリーの意を無にしてしまう。

 ヨランダがドアを閉めるとほぼ同時に、女官たちの悲鳴が聞こえて廊下は一気に騒がしくなった。護衛の中でも一番体が大きい、ニールという騎士がドアを背中で押さえる。

 「一刻の猶予もないようです。窓から脱出しましょう」

 「わかったわ。子供たちを先にお願い」

 荷物の中から、ロープを出して窓から垂らす。当然、このような事態を予測してあらかじめ用意してきたものだ。この部屋は三階だから、敵もこちらがすぐに窓からの脱出に転じるとは思わないだろう。

 ヨランダがルナマリアを、そしてもう一人の侍女であるノーリーンがアルトステラを背中に括りつけて先に脱出する。

 「奥様も、お早く」

 「え、ええ…」

 ノーリーンが無事に降りたことを確認し、フィオレンツァも窓に足をかけようとしたが…。

 

 ドンッ!!


 ひときわ大きな音がして、ドアが吹っ飛ばされた。

 「ニール!」

 衝撃をまともに受けたニールが床に倒れこむ。

 廊下の向こうに立っていた一組の男女に、フィオレンツァは見覚えがあった。そして、彼らが手にしているボウガンに戦慄した…窓から狙撃されたら、ルナマリアたちが危ない!

 フィオレンツァは迷わずロープを外し、窓の外に放る。侵入者が「勝手なことをするな!」と吠えていたが知ったことではない。

 「ヨランダ、行きなさい!!早く逃げて!!!」

 叫ぶなり窓を閉め、盾になるように立ちはだかった。

 「フィオレンツァ夫人、そこをどくんだ」

 「…断るわ、メルヴィン。…それにメラニアね」

 かつて王妃に命じられ、フィオレンツァを陥れようとした兄妹。ここにいるということは、やはり最初から王妃の手駒だったということなのだろう。

 そこへあの赤髪の男がドアの奥から姿を現した。

 「ザカリー・ベケットは?」

 「逃げられた」

 「まあ!夫人を見捨てて逃げたの?」

 メラニアが蔑むようにフィオレンツァを見る。

 「馬鹿を言うな。隙を見て夫人を取り返すつもりに決まっているだろう。見張りを怠るなよ」

 対する赤髪の男はぴしゃりとメラニアに忠告すると、フィオレンツァへ向き直った。


 「フィオレンツァ夫人、ご同行を。主がお待ちです」






 「…父上、今なんとおっしゃいましたか?」

 呼び出された国王の執務室。アレクシスは舌打ちしそうになるのを堪え、震える声で聴き返した。一方のガドフリーは、少し困ったような顔をしている。

 

 「ユージーンを廃嫡し、そなたを王籍に戻して立太子する。…同時にフィオレンツァ夫人とは離縁し、イリーナ・ナジェイン公女を王太子妃にしてもらう」

 

 「冗談を言わないでください」

 「フィオレンツァ夫人の実家は王妃の後ろ盾になるには力不足だ。あとで苦労するのはフィオレンツァ夫人と子供たちだぞ」

 「ですが…!ではなぜ他国の…王妃様の祖国の公女なのですか?」

 「公爵侯爵には年頃の令嬢がおらぬ。他国に目を向けたら、王妃の親戚に年頃も身分も丁度よいイリーナ公女がいたというだけだ」

 「それはおかしな話ですね…。王妃様はつい数か月前まで、ユージーン兄上の側妃候補の家格の高い令嬢たちをお茶会に招いていたと聞きました。まさかその令嬢たちが一気に既婚者になったわけではありますまい」

 「そ、それは…」

 「大体、その話は議会の承認を得ているのですか?」

 ガドフリーが顔を歪める。

 「後ろ盾が欲しいのは陛下と王妃様なのでは?ルーズヴェルト王国をバザロヴァ王国に売るおつもりか!!」

 「黙らぬか!」

 「いいえ、黙りません!ただちに隣国の公女にはお帰り願ってください」

 「フィオレンツァ夫人を手放せとは言っていない!側妃にすればよいだろう!!」

 「そういう問題ではありません!」


 アレクシスとて王家に生まれた人間だ。そしてもしこれから王位を得る地位に就くのならば、こんなことが起こることもありうると理解はしていた。

 もしルーズヴェルト王国がひっ迫した状況で、貴族の団結が必要な状況で国王になるのならば、フィオレンツァを側妃に直してより高い家格の令嬢か、あるいは同盟国の王女を正妻にするという選択も受け入れただろう。フィオレンツァも悲しむだろうが抵抗はしないはずだ…王族とは、国と民に尽くすための道具だということを彼女はよくわかっている。

 しかしそういった挿げ替えが、政略結婚を知らない民によく思われないのも事実だ。だから議会が存在し、王族も交えて審議を重ね、民に納得のいく形を示して行かねばならない。

 だというのに。

 イリーナ公女を娶れというのは、あくまでもガドフリー国王とグラフィーラ王妃の都合でしかなかった。ユージーンの失態の責任を逃れるべく、ルーズヴェルト王国の貴族たちを他国の圧で黙らせるためだけの縁組でしかない。そして議会を無視して秘密裏にことを運び、既成事実を作ろうと画策していることは明白だった。

 玉座にある者として、あるまじき行動だ。


 「国王陛下…父上。考え直してください。今ならばまだ間に合います」

 「…ならぬ」

 「父上」

 「ならぬ…。わしは…まだ隠居したくはないのだ。やっと王太后の抑圧がなくなったのだぞ」

 「何ということを…あれほど父上を献身的に支えて下さった王太后様をそのように…」

 「黙れ、黙るのだ!!」

 ガドフリーは首を振ってアレクシスの言葉を制した。多少の罪悪感はあるのだろう。

 しかし次の瞬間には、強い意志を感じさせる目でアレクシスを睨んだ。

 「衛兵!アレクシスをとらえよ!」

 待機していたのだろう、衛兵が二人、アレクシスを拘束しようと向かってくる。アレクシスは素早く身をひるがえすと、出口ではなく、ガドフリー国王に向かって走った。

 「!!」

 「動かないでください、陛下」

 アレクシスはガドフリー国王を左手で拘束すると、右手で机の上にあったペーパーナイフを喉に突きつけていた。

 「アレクシス…!貴様、実の父親に刃を向けるなど」

 「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

 「ぐうっ…」

 「さあ、このまま一緒に西館に行ってもらいます。陛下たちの言い分を西館の重臣たちに存分に披露してください」

 「アレクシス、…待て!!」

 「さあ!お早く!!」

 アレクシスはガドフリー国王を拘束したまま執務室の出口へと歩く。二人の衛兵はおろおろしていたが、アレクシスがひと睨みすると持っていた武器を下におろした。

 「やめよ、アレクシス!夫人と娘たちがどうなっても良いのか?」

 「すでに妻子は脱出しているはずです。これくらいのこと、予測していましたよ」

 「そなたの部下も優秀なようだが、こちらにも手駒はある。まだ本館にいる可能性は十分にあるぞ」

 「心配いりません。父上がこう命じて下さればよいのです…『国王たる自分の命が惜しくば、彼らを傷つけるな』とね」

 ガドフリー国王が息をのんだ。

 「閣下!」

 執務室のドアが開き、アレクシスに付いていた護衛のジェットとリナが現れた。様子がおかしいことに気づいて動いてくれたようだ。

 「廊下の外は?」

 「襲ってきた者は制圧しました」

 「しかし女官には逃げられたので、すぐにこのことは知れるかと」

 「よし、このまま西館に向かう。付いてきてくれ」


 ガドフリー国王をロープで縛ってジェットが担ぎ上げる。そのまま三人は追っ手を差し向けられる前に西館に駆け込むことにした。

 「閣下、これからどうされるのですか?」

 「仮に手紙がブレイクに届いていなくても、勘のいいテルフォード女公爵ならば本館と西館との扉を注視しているはずだ。扉の前で騒げば、適当な理由をつけて中に踏み入ってくれるだろう」


 いくら国王夫妻が本館に戒厳令を敷いていたとしても、アレクシスたちが中にいることを隠し通すのは難しい。昨日今日とガドフリー国王は公務を休んでいるはずだし、王都にいるはずのオルティス公爵一家がどこにもいないとなれば、議会が本館を怪しむのも時間の問題だ。フィオレンツァたちが上手く西館に逃れてくれていればいいが、ガドフリー国王が言ったように失敗していることもありうる。ならば自分たちが西館に駆け込んで、一刻も早く重臣たちに事態を知らせた方が残されたグラフィーラ王妃へのけん制にもなるはずだ。


 アレクシスたちは一気に西館へと向かう廊下を駆ける。

 さすがに兵はゼロではなかったが、国王という人質に手をこまねいているようだ。

 しかしあと少しで西館へ繋がる門に到達しようかという時…。

 見覚えのある男女を連れて廊下の中心に立っていた人物に、アレクシスは自然と足を止めていた。

 

 「母上…」



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[一言] 王が率先して国を売るとか
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