02 謁見の間で
ルーズヴェルトの王宮はベルサイユ宮殿のような、平地に直線的な建物が並んでいる城ではありません。どちらかというと日本の江戸城とか白鷺城をイメージしています。塔と高い壁が立ち並び、迷路みたいな造りです。
王都の入り口で、オルティス公爵一行を騎士たちが待ち構えていた。アレクシスは子供たちが前にいるのに舌打ちしそうになる。公爵領とは反対側の方角の入り口を使ったというのに…恐らく全ての入り口に騎士を配置していたのだろう。ガドフリー国王は、秘密裏に動かせる己の手駒がまだ残っているらしい。
「オルティス公爵様とご家族様ですね。馬車は二台のみですか?」
「そうだ。短期の滞在予定だったから」
「左様ですか。国王陛下の元まで我らがご案内いたします」
「馬車を乗り換えるのか?」
「いいえ。このまま誘導いたしますので」
馬車を騎士たちが取り囲むようにして走り、正門へと向かう。窓の外をちらりと見れば、騎士たちに囲まれて走る馬車に王都民たちが怪訝な目を向けていた。
「どういうつもりかしら?」
ここで待ち構えていたということは、人目に付かない場所で自分たちを馬車から引きずり降ろすためかと思った。用意していた馬車に乗り換えるように言い含め、家族をばらばらにすれば、一人くらい消えてもどうにもならない。しかしどうやら騎士たちは本当に王宮の正門に向かっているようだ。騒ぎになって、王都にいる対立派貴族の耳に入るのを避けたのだろうか。
「まさか、本当にお嬢様たちに会いたいだけでは?」
騎士たちと話している時は神経を尖らせていたザカリーも拍子抜けしている。
「最初はそのつもりかもしれない。しかし王太子が起こした事件を隠して僕たちを呼び寄せたんだ…子供たちと会って終わりではないだろう」
「では予定通りに?」
「ああ、両陛下のいる本館に行くには必ず西館を通り、西館と本館を繋ぐ門をくぐる。西館には王族専用の通路があるから人目に付きにくいが、本館への門はそうはいかない…テルフォード女公爵はすでに女官長補佐の地位にあるから、門が使われる予定ならばすでに把握しているはずだ」
「そこでスカーレット様に接触できますか?」
「こう騎士に取り囲まれていては直接話すのは無理かもしれない。ただブレイクとならいくつかやり取りする方法が残っている。テルフォード女公爵に、僕たちが王宮内に入ったということを把握してもらえばひとまずはクリアだ」
フィオレンツァはひとまずほっとする。
しかしその安堵は長くは続かなかった。
オルティス公爵一行の馬車は正門をくぐった。そして…。
本来ならば西館へと続く道に入るというのに、馬車は真っすぐ本館のある南へと向かっている。
「まさか…」
アレクシスの顔から血の気が引いていく。彼らの目の前に、白い荘厳な扉が口を開けていた。
「『竜の道』!」
「まさか、『竜の道』を…王族の血を引くアレクシスやルナマリアたちはともかく、私やザカリーたちもいるのに」
「竜の道」。
周囲を背の高い壁に取り囲まれた白亜の道。王族の中でも王位を継いだ者しか通ることを許されず、その権利があるものすら自由に利用することはできない。議会に承認をかけ、数日の審議が行われて初めて使うことが許される。基本的には「国王の即位」「国王の崩御」そして「立太子の儀」でしか承認は降りるはずはないものだ…当然元王子のアレクシスも足を踏み入れたことはない。
いくら現国王と正妃の子とはいえ、現在は臣籍降下しているアレクシスを招くためだけに、議会が使用を許可するとは思えなかった。おそらく国王と王妃は共謀して己の私兵を使い、秘密裏に「竜の道」を開けたのだ。ここならば、アレクシスたちが人目に付かないと見越して…。
本来ならば「竜の道」を私用で使うなど言語道断だ…議会にばれれば国王の座にありながらも弾劾されることがありうる。ダン・テッドメイン宰相の不在とそれに伴う混乱がこの事態を許したのだろう。ルーズヴェルト王国国王の権力は強いが、議会も飾りではない…この事態を知れば決して国王を許しはしない。
「両陛下は危ない橋を渡っているな」
「自覚はあるのでしょうか?」
「さすがにあるだろう…ユージーンの失態で、もう後がないと思っているのかも」
ユージーンが廃嫡され、アレクシスが繰り上がりで王太子になることはもはや確実だ。しかしこのまま静観しては、国王夫妻はユージーンの失態の責を問われるだろう。
「なにか、一発逆転の秘策があるのでしょうか?」
「それがないと『竜の道』なんていうジョーカーを切らないだろうが…。しまったな、西館との門を使わずに本館にたどり着いてしまうなんて」
アレクシスも予想外の展開に苛々しているようだ。あらかじめ手紙で王都に入る日取りを伝えてはいるが、スカーレットはすでに自分たちが王宮本館に入っているという事実を確認するのに時間がかかるはずだ。全員の顔が、緊張で強張っていった。
やがて「竜の道」が終わり、またしても荘厳な扉が現れた。すでに扉は開かれており、フィオレンツァも数えるほどしか踏み入れたことがない本館に入っていく。
神経を尖らせていたが、今のところ同行しているザカリーたちを引き離そうとする様子は見られなかった。
「よく来た、アレクシス。フィオレンツァ夫人も久しぶりだな」
謁見の間に入るなり、ガドフリー国王の声が響いた。本来ならばこちらの方が先に着き、王族が後から中に入って来るものだ。まさか先にあちらが到着しているとは思わず、アレクシスとフィオレンツァたちは慌てて膝をついた。
「国王陛下…」
「よいよい、この場は家族だけだ。…短い時間だけだがな。さあ、顔を上げて、私に孫娘たちを抱かせておくれ」
「は…」
顔を上げて見渡せば、確かに同席しているのは臨時で宰相となったスピネット卿のみだった。複雑そうな、何か言いたそうな顔をしている。本来ならば臣下は十数名同席するものだ。「竜の道」を使ったのも、アレクシスたちの到着を知る者を最低限にし、家族水入らずを実現するためのものだったのだろうか。
アレクシスとフィオレンツァは戸惑いながらも立ち上がり、ルナマリアとアルトステラの手を引いて玉座へと進む。
「おお!そなたたちが…」
「長女のルナマリアと、次女のアルトステラです」
「なんと!二人ともアレクシスにそっくりではないか。さあさ、じいじのところへおいで」
ガドフリー国王は本当に孫娘たちに会えて喜んでいるようだ。
「こんにちは」
ルナマリアがガドフリー国王からの好意を感じ取って、愛想よく挨拶をする。アルトステラは状況についていけず黙したままだが、姉が平気そうなので不安ではないようだ。
「賢い子だ。…私は君のお祖父さまだよ」
「おじーさま?」
ルナマリアは首を傾げている。ホワイトリー家の祖父とはもうすでに会っているので、二人も「お祖父さま」がいる状況がよくわからないのだろう。しかしそんな様子も可愛いようで、国王はルナマリアとアルトステラの頭をなでている。二人のことをいたく気に入ったようだ。
「そしてあちらはお祖母さまだ」
「おばーさま…」
玉座に座ったままのグラフィーラ王妃が少し困った顔をしている。
「王妃、そなたの初孫ぞ。もう少し嬉しそうな顔をしたらどうだ?」
「も、申し訳ありません…。アレクシスの幼いころにそっくりで…本当に驚いていたのです」
国王に叱責されてグラフィーラ王妃が慌てて立ち上がる。しかし国王のように、ルナマリアたちに近づこうとはしなかった。
「遠いところまでよく来てくれたわね。…あちらにお菓子を用意してあるわ。好きなものはあるかしら?」
「おかし!」
ルナマリアとアルトステラの顔がぱっと明るくなる。どうやら謁見の間の隣室…客人のための控室に用意されているようだ。隣の部屋の存在を示された途端、ザカリーとヨランダが警戒したのが分かった。アレクシスたちをばらばらにする仕込みかもしれない…。
「では皆で参ろう。さあさあ、ルナとステラ、お祖父さまと手を繋ごう」
しかし予想は外れ、国王は子供たちを連れて隣室へと向かう。アレクシスたちも一緒で構わないようだ。
「私はご遠慮しますわ…」
「まったく…!仕方がないな」
「申し訳ございません。アレクシス、フィオレンツァ夫人も悪いわね。少し体調が悪いのよ。また後で会いましょう」
王妃は歯切れ悪そうに言うと、自分の侍女を伴って退室してしまった。顔色は悪く、確かに体調不良にも見えた。
そのまま王妃を除いた一行は隣の部屋に入り、子供の好みそうなお菓子と軽食が用意してあるテーブルにつく。毒見が終わってから、早速子供たちにクッキーを食べさせた。
「国王陛下、王妃様は…」
「すまないな。最近気がかりなことが多くて参っているのだ。そなたたちを受け入れていないわけではないから許してやってくれ」
「…気がかりとは、もしかして宰相のことですか?」
「…!誰かから聞いたのか?」
「いいえ、ですが謁見の間にいらっしゃらなかったので。なぜ代わりにスピネット元侯爵が?」
アレクシスは知らないふりをしてテッドメイン侯爵がいない理由を聞く。するとガドフリー国王は深くため息をついた。
「子供たちのいる前では話しにくい。時と場所を変えて話したいのだが」
「…分かりました」
正直このままここで話してもらっておしまいにしてほしかったのだが、子供たちに聞かせる内容ではないというのもその通りだった。
「ところで父上、せっかく王都に来たのですから、久しぶりに旧友と会おうと思います。外出をしてもよろしいでしょうか?」
「いいや。明日まで控えてくれ」
「なぜです?」
和やかだった空気が一気に険悪なものになった。アレクシスもガドフリー国王も隣に幼子がいるので声を抑えているが、周囲は息をのむ。
「理由は明日説明する。…とにかく、今日は外出はならん」
「今ここで理由を説明してください。納得できれば従います」
「アレクシス、そなたはすでに臣下。私がしろと言ったらそれに従うのだ」
「…陛下」
「本館に部屋を用意させているから今日はそこに泊まれ。侍女を用意しているが、信用ならないというならば自分たちのを使っても構わぬ」
「明日の…いつまででしょうか?」
「午前のうちに使いを出す…良いな?」
「…分かりました」
さすがのアレクシスも受け入れざるを得なかった。あちらから呼び出しておいて閉じ込めるようなまねをすることに理不尽を感じるが、命の危機に瀕しているとも言い難い。
国王の言う通り、自分たちは臣下なのだ。ザカリーたちを手元に置いていいと言っているうちに矛を収めた方が良いだろう。
子供たちだけが無邪気にテーブルのお菓子を頬張り続けており、その日の謁見は終わった。




