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01 皆で一緒に王都に行こう!


 

 オルティス公爵は、領地を出て王都へと向かった。公爵夫妻にとっては四年ぶり、ルナマリアとアルトステラにとっては初めての王都だ。馬車の旅に子供たちは浮かれ、窓に乗り出して景色を楽しんでいる。一方、アレクシスとフィオレンツァは始終難しい表情をしていた。


 「両陛下の思惑はなんだと思います?」

 フィオレンツァが問うと、アレクシスは額を軽く押さえた。

 「…テルフォード女公爵によると、王太子の廃嫡は避けられないらしい。少女への暴行ももちろんだが、やはりテッドメイン宰相への傷害が重く見られたようだ」

 かつてザカリー・ベケットは王宮内で抜刀しようとしただけで重い処分を下され、廃嫡された。いくら王族とはいえ、自分の欲望を優先するためだけに他人を傷つける行為が許されるわけはない。もし彼が王位に就けば、殺されることを恐れて誰も彼に忠言できなくなってしまうだろう。

 それに誰も口にしないが、襲われた少女が幼いうえ、かなりむごい扱いを受けた話も貴族たちの嫌悪感を募らせていた。女性を弄ぶ貴族はもちろん他にもいるが、どちらかというと大人の遊びや駆け引きの延長とされており、成人前の娘を無理やり手籠めにするという行為は眉を顰める者が圧倒的に多かったのだ。王太子のような下種は掃いて捨てるほどいるのだろうが、かといって開き直る者はそうそうお目にかからない。

 「ではやはり」

 「ああ、きっと僕に王太子の座が回ってくるだろうね」

 こうなった以上、王位を継ぐのはアレクシスしかいない。国王と正妃の子であり、女児とは言えすでに子供もいる。問題はフィオレンツァとすでにいる二人の娘たちがどうなるかだった。

 フィオレンツァは元伯爵令嬢なので家格的には問題がないのだが、やはり王妃になるには後ろ盾が弱い。より高い家格の令嬢、あるいは他国の王女を迎い入れて王妃に据え、フィオレンツァを側室にするべきだという話は絶対に上がってくるだろう。いいや、むしろそれだけなら平和的な方だ。

 「いまや王家の権威は失墜している。王妃が君や娘たちに簡単に手を出すとは考えにくいが…」


 今のところ、国王夫妻が何を思ってアレクシスたちを呼び出したのかは判断できなかった。

 彼らも後がない。気に入らないという理由だけでフィオレンツァや娘たちに手を出せば、議会から見放されて玉座から引きずり降ろされる可能性もある。アレクシスとフィオレンツァを懐柔して味方につけ、今回のユージーンの不始末の責任を何とか免れようと考えるのが自然だろう。


 「本当は君たちを危険な王宮に連れて行きたくはないが…」

 「わかっています。領地にいたところで、安全というわけではありませんからね」

 ザカリーやヨランダとは散々話し合ったが、出した結論は、二手に分かれるのは悪手だということだった。護衛も二手に分かれるし、王都とオルティス領では距離があり過ぎて連携が取りにくい。むしろアレクシスが一人で王宮に向かえばこれ幸いと閉じ込めて形ばかりの王太子に立て、あちらの都合のいい正妻を宛がってしまいそうだ。元の妻子は別居とみなされ、それを理由に離縁されてしまうだろう…最悪始末されることだってありうる。しかもそうなれば、国王夫妻だけでなくアレクシスに一族の娘を宛がいたい貴族にも警戒せざるを得なくなる…つまり敵が増えてしまうのだ。

 「次の街で、もう少し詳しい情報を得られることを祈るしかないか…」




 オルティス公爵一行は、真っすぐに王都に向かわず、街道を迂回してとある街へと入った。迂回と言っても遠回りというほどではないので、観光名目の回り道で十分通る。王都からはやや離れているものの、東に抜ける街道沿いにあるその街は、十分に賑わいのある華やかさがあった。あらかじめ取られていた宿に入った公爵一家は、すっかりはしゃぎ疲れた娘たちをアガタに預けると、用意された一室に向かう。


 中に入ると、ソファにしなだれかかるように座っている一人の貴婦人がいた。水色の髪が特徴的なその貴婦人は、ぐったりしていたもののフィオレンツァの姿を認めるとぱあっ、と顔を輝かせた。

 「フィオレンツァ!」

 「パトリシア、久しぶりね。…ああ、どうかそのまま横になっていて頂戴。お腹の子に障るわ」

 「…ありがとう。オルティス公爵様もお久しぶりでございます」

 「パトリシア夫人。…無理はしないでくれ」

 「大丈夫ですわ。お会いできてよかった…!」

 パトリシア・デューイ子爵夫人は弱弱しいながらも笑みを浮かべたが、顔は紙のように白い。この街で落ち合う約束をした際に、彼女が待望の第一子を身ごもっているということを聞いてはいたが、体調が悪い原因は悪阻だけではないだろう。

 アレクシスは苦しげな顔をする。

 「パトリシア夫人、兄が…ユージーンが君の父上にしたことは本当に…っ」

 「いいえ、公爵閣下…。閣下には何の責もございませんわ」

 そう、ユージーン王太子が重傷を負わせたダン・テッドメイン宰相は、パトリシアの実の父なのだ。テッドメイン宰相は未だに意識が戻っておらず、身重のパトリシアの心身に負担をかける一因となっていた。

 

 「王宮に詰めている兄クィンシーからの情報です。…臨時の宰相としてスピネット卿が指名されました」

 スピネット卿とは、ロージーの実父、元スピネット侯爵だ。すでに爵位はないものの外交の重要なポストを任され、敬意を込めてスピネット卿と呼ばれるようになっている。

 今回は王太子の不始末のせいで王家の威信が失墜した。このうえさらに外国からの圧力があってはたまらないと、外交に詳しい彼が抜擢されたようだ。それに本来宰相は実績がある伯爵以上の当主が議会の審議と推薦を繰り返して選ばれるが、今回は「臨時」「至急」ということで、むしろ元侯爵で現在は爵位のないという彼がうってつけだったらしい。

 「王太子は幽閉されていると聞いたが…」

 「その通りです。王宮の南西の離宮に幽閉されています」

 「あそこか…ならやはり、ユージーンは廃嫡確実だな」

 フィオレンツァも噂程度には聞いたことがある、南西の離宮。本館の南に広がる王家所有の森の中のさらに奥にひっそりと佇んでいると聞く。罪を犯した王族が行きつく先だと言われ、ヘイスティングズ元王子もその離宮に幽閉され、そのまま命を落としたらしい。

 「エステル妃は?」

 「詳しい行方は分かりませんが、王都の外に逃れたことは確実のようです」

 「王家に愛想をつかしたんだろう。両陛下は子供のできない事実をすべて彼女のせいにしていたようだから」

 とりあえず無事ならばいい。これ以上彼女を王家の犠牲にするのは気の毒だ。

 「…公爵閣下、実はもう一つ懸念材料があるのです」

 パトリシアは自分の侍女を手招きした。侍女がヨランダに持っていた封筒を手渡す。

 「これは?」

 「イリーナ・ナジェインという、バザロヴァ王国の公爵令嬢に関する情報です」

 「バザロヴァ王国だと!?」

 アレクシスの顔が険しくなる。空気が一気に刺々しくなった。

 バザロヴァ王国とはグラフィーラ王妃の祖国で、現国王はアレクシスにとっては伯父にあたる。

 「王妃様が留学という名目で王宮にすでに招いておられます。…クィンシーも時間がなかったようで調べられたことはそれが全てのようですが…」

 「充分だ。…クィンシー殿には感謝している」

 ヨランダに託された封筒に入っているのはイリーナ公女に関する調査書なのだろう。

 

 話がひと段落したところで、パトリシアは再びソファに身を預けた。フィオレンツァもルナマリアの時の悪阻は大変だったから気持ちが分かる。

 「パトリシア、大丈夫?…ヨランダ、レモン水を持ってきて…」

 少しでもパトリシアが楽になるようにと色々手配しようとしたフィオレンツァに、パトリシアは急に彼女の手を両手でつかんだ。

 「フィオレンツァ…!」

 「パ、パトリシア、どうしたの?」

 「お願い、王都にはいかないで!危険だわ」

 「…」

 「両陛下も王太子殿下も頭がおかしいわ!あんなところに行ったら殺されてしまうわよ」

 「パトリシア…」

 「お願いよ…あなたを失いたくないの。私の大事なお友達…」

 「パトリシア…ありがとう」

 フィオレンツァは泣き出したパトリシアを抱きしめる。妊娠した影響で感情の振れ幅が大きいのだろうが、フィオレンツァを思ってくれる言葉に嘘はないだろう。父親の怪我も大きなショックだったはずだ。

 「よく聞いて、パトリシア。考えなしに王宮に行くのではないわ」

 「でも…」

 「王妃様が私を煩わしく思っているのは知っています。でも領地に籠っていても危険を回避できないと思ったの」

 ただでさえ妊娠しているし、小さな子供がいるので身動きがとりにくい。どこかに身を隠すにも、すぐに見つけられてしまう可能性が高いだろう。ならば堂々と姿をさらして、アレクシスたちに守ってもらう方が安全だと考えての今回の同行だった。


 パトリシアを落ち着かせ、少し話してからフィオレンツァたちは部屋を後にした。

 これから彼女は、夫であるデューイ子爵の実家にあたる侯爵家の領地で静養する予定だ。実父であるダン・テッドメインが王太子に刺されて重傷を負い、テッドメイン家が右往左往している最中にパトリシアの妊娠が発覚した。デューイ子爵とクィンシーは、騒動が落ち着くまでは王都から離した方がいいと判断したのだ。テッドメイン家の領地ではなく夫の実家を選んだのは、国王が王太子をかばうためにテッドメイン家を切り捨てることを懸念してのことだ。王太子の幽閉でどうやらその心配はないようだが、ダンは意識不明のままであるので用心に越したことはないだろう。

 

 翌日、フィオレンツァたちは馬車に乗り込んだ。

 その先に待っているものに不安を覚えながら…四年ぶりの王都へと足を踏み入れるのだった。


更新再開します。

本当は最終話まで書き終えてから投稿したかったのですが、なかなか進まず、途中でつじつまが合わないところも出てくるかもしれないです。広い心でご覧ください。


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― 新着の感想 ―
[一言] ざまぁと言うには凄惨なお仕置きが出てくるような気がしたり、しなかったり。
[一言] おや、王妃が乗っ取りでも仕掛けてきた?
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