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【書籍化・コミカライズ化進行中】貧乏で凡人な転生令嬢ですが、王宮で成り上がってみせます!  作者: 小針 ゆき子
第四章 公爵夫人フィオレンツァは、王宮に思いを馳せる暇がない
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08 華麗なる女公爵、オルティス領に赴く



 ニコール襲撃事件から三週間後のオルティス公爵家。


 「気持ち悪いぃ。ずっと気持ち悪いぃぃ」

 妊娠二ヵ月目を迎えたフィオレンツァは、とうとう悪阻という洗礼を受けていた。

 前世のドラマとかでは、妊娠した女性が急に「うぅっ」と言って洗面所に駆け込んだりしていたはずだが、実際は全然違う。とにかく朝から晩まで緩い吐き気が続いて、口の中がすっぱい。フルーツは何とか取れるようになったが、肉やパンなどは見たいとも思わなかった。

 「もっと酷い症状の方もいますわよ。思ったよりも軽く済みましたね」

 「これで軽いんですか…」

 担当医となったシェルヴィー女医の言葉にげんなりする。運がいいと言われてもぴんとこない。


 「それにしても、今日は屋敷内が少し浮足立っていますわね?」

 帰り支度をしていたシェルヴィー女医がそう口にする。そわそわしている屋敷の空気を敏感に感じ取ったようだ。

 「実は、今日は王都から高貴な客人がいらっしゃるのです。…ご存じありませんか?テルフォード女公爵です」

 「ああ!あの婚約破棄事件のスカーレット様ですね」

 ヘイスティングズとスーザンが起こした婚約破棄は、数年経ってもとびきりのゴシップのようだ。スカーレットが王宮の優秀な女官として周知されるにはまだまだ時間が必要らしい。

 「その女公爵様がいらっしゃるの?」

 「ええ。先日の事件をきっかけに公爵閣下が使用人を王都から増員することになりまして。その選定を女公爵様自らがなさって下さったんですよ」

 「女公爵様自らが?」

 「奥様と女公爵様は、妃教育を共に受けた親友ですから」

 「まあ」

 羨望の眼差しを向けてくるシェルヴィー女医に苦笑いで返す。

 あの悲劇の主人公ヒロインスカーレット様と親友なの!?と目が言っている。

 凄いのは私じゃないです。スカーレット様なんです。

 ここにいるのは、悪阻にヘタレかけてすっぴんをさらしている駄目な公爵夫人です。

 「…ヨランダ、お化粧を手伝って」

 「かしこまりました」



 

 フィオレンツァは玄関までスカーレットを出迎えたかったが、自室で待っているようにとアレクシスに厳命されてしまった。どうやらスカーレットからの要求らしい。すでに騒がしくなっているエントランスの空気を感じ取り、フィオレンツァは椅子から立ったり座ったりしている。

 「ヨランダ、やっぱり私も…」

 「お待ちください、奥様。女公爵様がおいでになりました」

 廊下側に立っていたヨランダがドアを大きく開ける。

 フィオレンツァは居住まいを正してカーテシーをした。

 「まあ、フィオレンツァ!」

 「テルフォード女公爵様、この度は…」

 「さあ早く顔を上げて!椅子に座って頂戴」

 「は、はい…」

 生まれた時から上位貴族だったスカーレットはさすがにカーテシーをするなとは言わなかったが、妊娠しているフィオレンツァをすぐに椅子に座らせた。カーテシーは結構筋肉を使う姿勢なのだ。

 「おめでたなんでしょう?良かったわね。アレクシス様の顔がふにゃふにゃににやけてて、ブレイクがいなかったら張り手をするところだったわ」

 「あ、ありがとうございます」

 後半の台詞は聞かなかったことにした。

 「お出迎えできなくて申し訳ありません」

 「謝る必要はないわ。私がそうしてって頼んだの。あなたに無理をさせたくなかったし…それに、ちょっとサプライズがあるのよ」

 「サプライズ、ですか?」

 「うふふ」

 スカーレットの紅を引かれた唇が弧を描く。

 「新しい侍女頭を連れてきたのよ。…さあ、入って頂戴」

 「失礼いたします」

 「あ…」

 「お久しぶりでございます、オルティス公爵夫人。本日よりこのお屋敷の侍女頭を拝命しました、アガタでございます」

 「アガタ!!」

 フィオレンツァは椅子から飛び出してアガタに駆け寄った。

 「来てくれたのねアガタ!…でもどうして?王宮の仕事は?」


 アガタは四年前、フィオレンツァがバーンスタイン夫人の後継者となるべく初めて王宮に入った時に、彼女の部屋の担当となってくれた王宮侍女だ。のちにヨランダがフィオレンツァの担当となったことで元の仕事に戻っていたが、王宮女官になったフィオレンツァとは仕事場が同じ西館だったこともあってずっと親交が続いていた。確か夫は王宮の料理夫で、息子も一人いたはずだが…。


 「先日息子が成人して、完全に独り立ちしたのです。今後のことを夫と話し合っていたところ、テルフォード女公爵様からお話を持ち掛けられて」

 「ご主人は?」

 「一緒に連れてまいりましたわ。新しい職場に張り切っています。後で紹介しますわね」

 「嬉しい!アガタなら安心だわ」

 「精一杯務めさせていただきます。奥様はどうか良いお子を産んでくださいまし」




 「君のサプライズは成功したみたいだね?」

 「そうなんですけど…でもフィオレンツァとアガタ夫人があんなに仲がいいなんて…ちょっと嫉妬してしまいました」

 夫のブレイクからワインを注いでもらいながら、スカーレットは唇を尖らせる。そんな子供っぽい仕草も絵になるスカーレットにアレクシスは苦笑した。

 「でもアガタ夫人は本当にいい人選だったよ。ヨランダだと若すぎて、元いた使用人たちの反発があったかもしれないからね」

 アガタはまだ30代半ばだが、成人した息子がいることもあって貫禄がある。一方のヨランダも十分に優秀なのだが、20代になったばかりなので年配の使用人から不満が出てくる可能性があった。

 ちなみに前の侍女頭はニコールに絆され、あのメリッサをそそのかしたようなので、降格を言い渡している。だから彼女に代わる侍女頭が必要だったのだ。優秀な侍女ならば探せばいくらでもいただろうが、フィオレンツァは妊娠で気が立っている…できれば信頼を置ける女性が欲しかった。そういう意味で、王宮侍女として長く勤め、フィオレンツァと親交のあったアガタはうってつけだった。

 

 「ところで、ある程度は手紙で伺っていますけど…」

 「ブキャナン子爵夫妻のことだね」

 アレクシスは深いため息を吐いた。

 たった二日間だけだったというのに、本当に嵐のような夫婦だった。穏やかだった新婚生活を引っかき回され、屋敷の使用人全員を疑う羽目になった。あんなものは二度と経験したくない。


 アレクシスはブキャナン子爵夫妻が、こちらの結婚祝いと自分たちの爵位引継ぎの挨拶という名目で屋敷にやってきたことから話し始めた。

 フィオレンツァのニコールに対する様子がおかしかったこと。

 ニコールが屋敷の使用人たちにフィオレンツァに対する悪意を植え付け、彼らを懐柔しようとしたこと。

 アレクシスにわざと近づいて、精神的に不安定だったフィオレンツァをさらに揺さぶったこと。

 そして馬鹿なメイドを使ってニコールがフィオレンツァの部屋に侵入し、恫喝したこと…。

 スカーレットがどんどん笑顔になっていく。

 逆に目が怒りでらんらんと燃えていて恐ろしかった。


 「ニコール夫人は生まれつき罪悪感がなく、実の妹のフィオレンツァをずっと虐げ続けていたらしい。しかも自分が異常だということをきちんと理解していて、幼いながらそれを隠すほどには聡明だったようだ」

 「ヘイスティングズ元王子や、その母のヘロイーズ妃のような?」

 「あれはただの、権力を振り回す子供だよ。なんていうのかな…冷静に、自分自身すら駒にして強盗殺人を計画できるタイプというのか…ホワイトリー伯爵が言うには、他人への愛情もなければ、自己愛もないらしい」

 「自己愛がない人間なんているんですか?」

 「いるんだよ。にわかには信じがたいから、フィオレンツァもニコールのことをうまく説明できなかったと言っていた」

 「同じ父母から生まれて、ああも違いが出るものですか」

 ブレイクがそう言いながら腕を組む。子供の性格は環境によって育つものだと思っていたが、生まれつき何かが欠けている者も中にはいるのかもしれない。

 「…ブレイク、このまま王都には戻らずにブキャナン領に行きましょう」

 「はいはい。そう言うと思っていたよ」

 「スカーレット様、ニコールを調教しても意味はないと思うよ?」

 「やってみなければ分かりませんわ」

 「言っただろう?彼女には罪悪感がないんだよ。…今は別館に軟禁されているはずだから、あんまり刺激してほしくないんだけど」

 「それでは私の気が済みません」

 するとアレクシスはにやりと笑った。

 「…なら、ルパートの方を調教したら?」

 「ブキャナン子爵を?」

 「フィオレンツァを貶めて、ニコールの手を取った男だよ?…まあ、僕にとっては結果的に恩人だけど。でもニコールの嘘を信じてフィオレンツァを詰ったことは僕も怒っているんだ」

 「あらぁ…。それはそれは…」

 「スカーレットの鞭が唸るね!」


 ちなみにだが。

 この部屋には給仕はいなかったが、何かあった時のために扉の前に使用人が一人控えていた。護衛も従者も幅広くこなす男、ザカリー・ベケットである。「調教」「鞭」という言葉が普通に飛び交う刺激的な会話を聞きながら、ザカリーはちょっと意識を飛ばしかけていた。

 無だ。

 無になるのだ、ザカリー…。




 「もう発ってしまわれるのですか?」

 フィオレンツァはがっかりしたように言う。

 朝食の席でスカーレットとブレイクが昼食後にオルティス領を発つと聞いたからだ。

 「ごめんなさいね、フィオレンツァ。大事な用事ができてしまったの」

 「…そうですか。仕方ありませんね」

 「今度来た時はもっとゆっくりできるようにするわね」

 「はい、楽しみにしています」

 フィオレンツァは「大事な用事」については詳しく聞かなかった。

 きっと王都で何か急な行事が行われることになったのだろうと思ったのだ。

 事情を知っているアレクシスとブレイクは曖昧にほほ笑み、ザカリーは目が死んでいたのだが、フィオレンツァには知る由もない話だった。




 スカーレットとブレイクがオルティス領を発ってから二週間後のこと。

 オルティス公爵アレクシス宛てにブキャナン前子爵…ルパートの父から手紙が届いた。


 先日の息子夫婦の無礼を改めて詫びる言葉から始まり、子爵家の近況が綴られていた。

 ニコールは無事に幽閉することができたらしい…詳しいことは書かれていなかったが、決して外には出さないので心配しないでほしいとのこと。そしてテルフォード女公爵スカーレットが訪れたことも書かれていた。スカーレットはルパートと数時間「話し合い」をしたらしいのだが、その後は前子爵に対してもすっかり従順になり、人が変わったように真面目に政務に励んでいるという。遠回しに「女公爵は何をなさったんですか?」と質問されているようだったが、アレクシスは返答する気はなかった。

 



本編一話と閑話三話を投下して第四章は終わります。第五章が最終章となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] ちょっと待てブレイク、君も、まさか…?? という疑念が浮かぶこの話。 でもまあスカーレットにころころされる権力とか血筋とか持ってて良かった!って思っていそうではあります。
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