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11 成人の儀式(2)



 成人の儀式は教会で行われる。貴族はこの儀式をして初めて婚姻を結ぶことが許されるため、必ず行う通過儀礼だ。とはいっても本人がすることといえば、まずは王宮のしかるべき部署に伺いを立て、許可書が出たら教会に受け付けてもらうだけだ。教会は受け付けた人物の名前や家名を王宮に連絡し、最初の窓口と一致すれば成人と認められる。大多数の貴族からすれば、儀式というよりはただの役所手続きである。

 しかしそこは王族だ。国王の直系の子女は、王都にある教会の総本山で成人の儀式を大々的にするのが通例だった。十年前にもユージーンとヘイスティングズがやはり成人の儀式を行っている。王家の男子は初代国王ドウェインがまとったとされる白銀の鎧、女子は初代王妃フォルトゥナータの代名詞だった深紅のドレスをまとう。そして国教であるマウリッツ教会の教主が成人になったことを宣言するのだ。

 一見派手なだけの無駄な行事のように思えるが、数少ない王族のお披露目の機会でもあり、慈善活動に献身している教会に寄付を募る救済でもある。過去には教会が権力を持って国事に干渉する時代もあったが、現在の教会は徹底的に国の管理に置かれ、保護の代償に権力を持つことはない。

 

 儀式は無事に終わり、アレクシス第三王子は成人と認められた。フィオレンツァは一番前の列の席に立ち、その様子を見守っている。儀式を終えたアレクシスは真っ先にフィオレンツァに歩み寄り、その手を取った。その瞬間、周囲から拍手が巻き起こる。

 「アレクシス殿下、おめでとうございます」

 「ありがとう、フィオレンツァ。この瞬間に君が婚約者として傍にいてくれて夢のようだよ」

 鎧をまとったアレクシスは、本当に物語に現れる騎士のようだった。

 すごいなぁ。本当にこんな王子様みたいな人が…いや、本物の王子だった…王子が自分の婚約者でいいのだろうか。神様、何か間違えてない?

 ぼーーっとアレクシスに見とれているフィオレンツァは気づかない。フィオレンツァもまた、その美しさで参加者たちの注意を魅了していることに…主に男性陣の。彼らは王子の婚約者が年上で没落しかけの家の令嬢ということで、男を手玉に取りそうな妖艶な女を勝手に想像していた。なのに実際見てみれば、清楚で淑やかそうな美女。今までどうしてこんな令嬢が社交界で話題にならなかったのだ!と、特に婚約者のいない者は内心地団駄を踏むのだった。


 


 教会から馬車に乗り、今度は王宮へと移動する。アレクシスの成人の祝いと、正式な婚約と結婚の日取りの発表、さらに臣籍降下の件も発表される。フィオレンツァも正式にお披露目だ。

 フィオレンツァはがっちがちに緊張していた。いや…緊張しない方がおかしいと思いませんか?そんなフィオレンツァに、アレクシスは「心配いらないよ」とほほ笑む。いいですよね、あなたは慣れてますもんね。ちょっと不貞腐れかけたフィオレンツァだったが、アレクシスが額にそっとキスをすると途端にどうでもよくなった。現金なものである。

 …あれ、いつの間にか身長が追い越されている。


 「行こうか」

 「はい」


 騎士の装いから王族の礼服に着替えたアレクシスに手を引かれ、注目を浴びながら会場を歩く。すでに会場に入っていた王族の前まで来ると、膝をついて礼をしたアレクシスに合わせ、フィオレンツァも下を向いたままカーテシーをした。

 「楽にせよ」

 ガドフリー国王の言葉に姿勢を正す。顔を上げれば国王をはじめグラフィーラ王妃、アレクザンドラ王太后、ユージーン王太子、そしてエステル王太子妃が揃っていた。

 「本日、アレクシス・ルーズヴェルトは成人の儀式を無事終えた。いずれは王位を継ぐ王太子を支えるに相応しい臣下となるべく精進せよ」

 「かしこまりました、国王陛下」

 「そしてホワイトリー伯爵家の息女フィオレンツァとの婚約もここに正式に承認する。四ヵ月後に婚姻すると同時に公爵位とブレッシン地方を領地として与える」

 この宣言に、周囲がざわざわとし出した。臣籍降下の噂は出ていたが、豊かとはいえ王都から離れた田舎の土地を与えられたことが意外だったようだ。公爵位の貴族は、大抵王都に隣接した地区を領地として与えられることが多い。

 「有難く拝命いたします」

 アレクシスは周囲のざわめきをものともせず、よく通る声で礼を述べた。



 ようやく全ての行事が終わり、ダンスと挨拶の時間になった。ダンスを楽しむ者もいれば、公爵、そしてゆくゆくは大公になる予定のアレクシスとフィオレンツァに挨拶しに来る者もいる。

 夜会に参加しているのは、基本的には伯爵以上の家格の家だ。ただパトリシアの夫のように寄り親が権力を持っていたりすると子爵以下でも参加が認められているらしい。


 「この度はご婚約、おめでとうございます」

 「ありがとうございます」

 「フィオレンツァ嬢、挨拶のしるしに、よろしければ我が愚息とダンスを踊っては下さいませんか?アレクシス殿下は私の姪と…」

 どこかの伯爵だという貴族の申し出に、さて何回目だとフィオレンツァは遠い目になった。後ろに控えている彼の子息はフィオレンツァと同じくらいか少し年上、ご令嬢はおそらく社交デビューもしていないだろう8歳くらいの幼女だ。子息はフィオレンツァを舐めるように検分し、令嬢はきらきらとした瞳でアレクシスを見上げている。

 「伯爵…僕の婚約者は僕以外誰とも踊らないよ?」

 「で、ですが…」

 「まさかご子息はフィオレンツァにやましい気持ちを持っているのかな?よくもまあ堂々と挑発できるね?」

 「と、とんでもございません!誓ってそのようなことは」

 アレクシスが冷笑を浮かべながら言い放つと、伯爵は王子の逆鱗に触れたのではないかと慌ててぺこぺこし出す。なら最初からやらなければいいのに…。這う這うの体で去っていく伯爵たちの背中を見ながら、二人は顔を見合わせた。

 「まったく…姪だっていうあのご令嬢は確か男爵家の娘だったかな。兄上と義姉上の歳が離れているからって、僕も年下の令嬢が好みだと思われて、いつだったか釣書が来ていたよ」

 「殿下が年上の私と婚約を発表したから、さぞ驚いたでしょうね」

 そんな会話をしていると、女官の一人がこちらの護衛に近づいてきた。制服から、本館勤めの女官だということが分かる。女官から伝言を受け取り、護衛の一人がアレクシスの耳元で内容を伝えた。

 「ごめん、フィオレンツァ。兄上が呼んでいる。多分クラーラ嬢のことだ」

 「待っていた方がよろしいですか?」

 「そうしてくれるかい?すぐ戻るよ。護衛たちと侍女から離れないで」

 アレクシスはそう言うと、足早に従者の一人と歩いて行った。フィオレンツァはそれを見送ると、少し周囲を見渡す。一人で知らない貴族の相手をするのも気が進まないので、気心の知れた友人のスカーレット、ロージー、パトリシア、あるいは父のホワイトリー伯爵を探そうと思ったのだ。

 スカーレットは目立つ赤い髪なのですぐに見つかったが、残念ながら別の貴族に取り囲まれていた。仕方なく次に目立つ髪色のパトリシアを探そうとすると、侍女に「どちらへ?」と声をかけられた。

 「お友達を探そうと思って」

 「なら歩き回るより、探してきていただきましょう」

 「え、ええ…いえ、良いわ。申し訳ないもの」

 「そうですか。…お飲み物は足りておりますか?」

 「大丈夫よ」

 フィオレンツァはそう言ったのだが、その侍女は残っていた二人のうちの一人の護衛に飲み物を取ってくるように頼んでしまった。本来ならば今夜もヨランダが傍にいるはずだったのだが、急に家の事情で休まねばならなくなったらしく、アレクシスが用意したこの侍女がフィオレンツァに付いていた。名前は…確かメラニアだ。

 「メラニア、護衛の方をそのように使うのは…」

 「ではフィオレンツァ様、彼と一緒に何か口に入れられるものを取ってまいります」

 「え!!?待…っ」

 メラニアと最後の護衛の一人があっという間に去っていく。止める間もなく、フィオレンツァはぽかんとしてしまった。たった一人で会場の真ん中に立ち尽くし愕然とする。

 どんな放置プレイ?

 一瞬でフィオレンツァは、ライオンの群れに放り込まれた羊の気分になった。彼女が一人でいることに気づいた貴族が一人、また一人とゆっくり近づいてくる。

 まさかのサバイバル!!

 じりじりとフィオレンツァは後ずさる。さてどうするか…。護衛なしであの猛禽類の目をした貴族の方々に捕まったら、あまり想像したくない事態になりそうな気がする。取り囲まれてどこかの部屋に連れ込まれでもしたら最悪だ。何事もなくてもおかしな噂を立てられる。問題にしてもフィオレンツァの方から誘ったとでも言いそうだ。となれば、さきほど諦めたスカーレットの方へ突撃するしかない。スカーレットの周囲にいる方々を蹴散らしたら顰蹙を買うかもしれないが、貞操の危機には替えられない。

 フィオレンツァは先ほど認めたスカーレットの方へと方向転換しようとするが。


 「…ん?」


 明らかに異様なスピードでこちらに近づいてくる影を見つけて思わず動きを止めてしまった。緑色のドレスをまとった一人の令嬢がこちらに突進してくる。

 ―――クラーラ様?

 周囲もざわっとしたのが分かった。クラーラがアレクシスに言い寄っていたのは公然の事実だ。そしておそらく彼女がアレクシスとフィオレンツァの婚約に納得していないだろうことも、想像できることだった。

 固まるフィオレンツァ。そしてフィオレンツァと目が合ったクラーラが口を開く。

 「あなた…!あなたがアレクシスでん、…かっ!!」

 …が、台詞は最後まで続かなかった。

 

 「…おやっ!」

 「ああああああ!」

 フィオレンツァしか見えてなかったクラーラの進行方向に、一人の男性が飛び出していた。そしてクラーラは自分の勢いに跳ね返されて床を転がる。たっぷりとした布をふんだんに使ったドレスだったので、クラーラはボールのようにごろごろと転がった。

 す、ストライク…。

 「大変申し訳ない、ご令嬢!大丈夫ですか?」

 なんとクラーラと衝突したのは、スカーレットの義弟でティンバーレイク家のデクスターだった。

 「ちょっと、…このっ…何するのよ!」

 結構な距離を転がったクラーラは何とか立ち上がろうとするが、スカートのボリュームがあり過ぎてうまくいかないようだ。すると別の男性がクラーラに手を差し出した。クラーラは反射的にその手を取る…が。

 「おおっと…!」

 「ひいぃっ」

 クラーラに手を貸した男性の、差し出したのとは逆の手に持っていたワイングラスが傾いた。そのまま赤ワインがクラーラの頭からぶちまけられる。

 「なんたることだ!お許しください、レディ!」

 「…」

 大げさな身振りで謝罪するのは、パトリシアの兄で宰相の息子のクィンシーだ。一方のクラーラはさすがに理解が追い付かなくなったのか呆然としている。そして彼女が起動する前に、また別の人物が登場した。

 「クラーラ!ああ、我が従妹よ!!可哀そうに…どうしてそんなに酷い姿になったんだい?」

 騎士のザカリー・ベケット…謹慎が解けて王都に戻っていたのか。


 クラーラの身に降りかかった事故に、フィオレンツァはもちろん他の貴族たちも唖然としている。と、フィオレンツァにそっと近づく女性がいた。

 「フィオレンツァ様、テッドメイン家の者です。…どうぞこちらに」

 金髪のその女性にフィオレンツァは見覚えがあった。

 「クィンシー様の奥様ですね」

 クィンシーの妻、つまりパトリシアの義姉のナオミ夫人だ。まだ女官だったころ、一時は婚約破棄寸前までになったクィンシーと無事に結婚できました、と何故かわざわざ挨拶に来てくれたことがあるのだ…嫌味とかではなく、本気でフィオレンツァのおかげで結婚できたと思っているようだった。解せぬ。

 ナオミ夫人に連れられて、フィオレンツァはクラーラたちのやり取りに気を取られている客たちの間を縫うように移動する。その先には、顔色をなくしたアレクシスが立っていた。

 「フィオレンツァ!」

 「アレクシス殿下…」

 「良かった…。すまない、離れてしまって」

 彼の言葉に、フィオレンツァはこの状況が作られたものであることを悟った。おそらくユージーン王太子がアレクシスを呼んでいたというのは嘘だったのだろう。

 「護衛がいるから大丈夫だと思ったのに…。感謝する、ナオミ夫人」

 「とんでもございませんわ、殿下。フィオレンツァ様に何もなくてようございました」

 「ご夫君たちには改めて礼をするよ。今は失礼する」

 

 フィオレンツァたちがそのようなやり取りをしている間にも、かつてスーザンに誑かされた三人の男たちとクラーラのやり取りは続いているようだった。すっかりフィオレンツァを見失ったことに気づいたクラーラが金切り声を上げている。そしてそんなクラーラをザカリーをはじめとした男たちが宥めながら、会場の出口の一つへと固まって歩いて行った。別室で着替えを用意しなければならないなどと言いくるめたのだろう。

 アレクシスとフィオレンツァも別の出口を使って控室へと移動した。

 「すまなかった、フィオレンツァ。メラニアは長いこと僕の世話をしてくれた侍女だったから油断していた」

 「やっぱり彼女でしたか」

 「あとは護衛の一人のメルヴィンもグルだろうな」

 メルヴィンは、最後の最後でメラニアと共にフィオレンツァから離れた護衛だ。フィオレンツァに護衛が全くつかない状況に戸惑うこともなく、さっさと傍から離れたことから、思惑があってあえて職務を放棄したに違いない。

 「メラニアとメルヴィンは兄妹で、母上の命で五年くらい前から僕に仕えている。ずっと母上の部下だったのか、あるいはフィオレンツァが婚約者になってから改めて引き込まれたのかは調べなければ分からないけど」

 「ヨランダの家族の急病も、もしかしたら仕組まれたのかしら?」

 「きっとそうだろう。タイミングが良すぎる。…本当にすまなかった。怒っていない?」

 「い、いいえ。びっくりはしましたけど。…というか、やはり王妃様が私を害そうと?」

 「きっと何人かの参加者たちを使って、君に不利な噂を立てようとしたんだろう。部屋まで行かなくともバルコニーでもカーテンの影でもどこかに連れ込んで騒ぎ立てればいくらでも噂を捏造できるからね」

 ということはクラーラの突撃は王妃の予想外だったのだろう。王妃の手の者もクラーラの奇行(本人が好きでしたわけでもなさそうだが)に驚いて動きを止めている間に、一瞬早くナオミ夫人がフィオレンツァを捕獲することに成功した。


 フィオレンツァの前世の世界でもそうだったが、この世界では女性の立場はさらに弱い。貴族社会で男女の噂が立てば、必ずと言っていいほど女性が誘ったという声が上がり、その女性は社会的に抹殺される。なのに女性を弄んだ男はのうのうと次の獲物を探すのだ。

 フィオレンツァは悲しくなった。その理不尽な仕組みをほかならぬ、この国で最も高貴な女性の一人が利用した。

 その事実がなんともやりきれなかった。

 


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