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02 私は妃候補(ライバル)じゃありませんよ。睨まないで下さいね。



 フィオレンツァがたどり着いた、ルーズヴェルト王国の首都エリントン。

 そして王族が住み、国の重臣たちが政治を行うのが王宮のエリントン宮殿だ。エリントン宮殿は本館、東館、西館に分かれていて、フィオレンツァは西館の一室に部屋を与えられるという。妃候補ではないが、バーンスタイン夫人の身内ということで丁重に迎え入れられ、宮殿の中を簡単に案内される。


 「ご存知でしょうが、本館は国王陛下と王妃陛下のお住まいがあり、謁見の間、外国からの賓客のための客間も用意されています。東館は王子殿下と側室様方が生活されていらっしゃるスペースです。フィオレンツァ嬢は、基本的に許しがない限りは本館と東館に近づくことすらできません。無理に足を踏み入れようとすれば反逆罪を適用され、一族に罪状が及ぶこともございます。どうぞお気を付け下さいませ」

 「は、はい。肝に銘じておきますわ」

 いきなり怖いことを言う。

 しかし大事なことでもある。こうして厳しい規則があるからこそ、王族の身の安全と国の安寧が守られているのだ。

 「西館は主に重臣の方々が政務を行う場です。住み込みで働く使用人の生活スペースでもあります。バーンスタイン夫人も西館に一室を与えられています」

 「あの、バーンスタイン夫人の生徒である私が西館に部屋をいただくことはよくわかりました。ちなみに妃候補のご令嬢はどちらに住まわれるのでしょう?」

 もし同じ西館ならば、すれ違う可能性がある。心の準備をしておかねばなるまい。

 「妃候補のご令嬢は、四名とも王都にあるお屋敷から通われます」

 「そ、そうですよね。ほほほほ…」

 心配は杞憂に終わった。

 さすが王妃になるかもしれないご令嬢のご実家だ。貧乏伯爵家のうちとは違い、王都にしっかり別邸がある。おそらくどのご令嬢も、御父君が政務を行う重臣に名を連ねているのだろう。そうでなければ王都に屋敷を持っていても金がかかるばかりで宝の持ち腐れなのだ。


 話しているうちに西館の門をくぐり、手続きを済ませる。西館の出入りを許可するメダルをもらう。入城の時も退城の時も必ずこのメダルを門番に見せ、管理帳にサインしてようやく門をくぐることを許されるのだ。

 西館内はさらに東西に分かれていて、宮殿の庭園が一望できる東側は重臣が政務を行う議員館、逆に城壁しか見えない西側が使用人たちの居住スペースで、フィオレンツァもこちら側の一角に案内された。

 途中、一人の少女とすれ違った。

 フィオレンツァと同じ貴族令嬢らしい装いで、茶色の髪を赤いリボンで編み込んで飾った可愛らしい少女だった。軽く会釈をしてやり過ごした後、案内の女官が彼女が誰か教えてくれた。

 「彼女はあなたと同じ、バーンスタイン夫人の後継者候補ですよ」

 「え!?私ひとりじゃないんですか?」

 「そのはずだったのですが、二日前に急に申し出があったそうです。バーンスタイン夫人も、二人で競い合った方がより良い結果に繋がるだろうと了承したそうですよ」

 なんてこった。まさかのライバルがいるとは…。もちろん他に候補がいなくてもきちんと勉強するつもりだったが、これは本腰を入れて取り掛からねばならないようである。

 「彼女はどちらのご令嬢ですか?」

 「アプトン子爵の長女、スーザン様です。今年17歳だと伺いました」

 スーザン嬢…可愛らしく見えたが一つ年上だった。ぱっと見では、感じのよさそうなご令嬢だったように思う。フィオレンツァの方が家格が(いちおう形だけは)上だし、バーンスタイン夫人の遠縁というコネもある。しかしそれに胡坐をかいていては、候補の座を手にできないだろう。

 何せ王家専属だ。セレブを相手にするのだ。これからは一瞬たりとも気を抜くことはできない。

 フィオレンツァは決意を新たにするのだった。

 

 フィオレンツァは部屋に通され、荷物を運んでもらう。そしてありがたいことに侍女を一人つけてもらった。伯爵家では自分のことは自分でしていたが、王宮内ではそうはいかない。腐っても貴族令嬢だし、何より王宮は未知の魔宮だ。世話係というよりは、王宮内の案内係として必要な存在だった。

 侍女はアガタという男爵家の次男に嫁いだ女性だった。三十代だがすでに子供は手を離れていて、王宮の厨房で働いているご主人の斡旋で侍女の職を得たらしい。

 「よろしくお願いしますね、アガタさん」

 「まあ、アガタと呼び捨てでいいんですのよ。私こそよろしくお願いしますわ。こんなに美人で上品なお嬢様のお世話をできるなんて光栄でございます」

 なんと、アガタさんはお世辞が上手だ。フィオレンツァは自分を不美人だと思ったことはないが、絶世の美女かといえばそうではない。領地にいたときも常に注目されていたのは自分磨きを怠らない姉たちであったので、あまりおしゃれに興味がないフィオレンツァは彼女たちの影に隠れがちだった。

 「ではアガタ、私は知っての通り、王家専属の教師となるべくこの王宮に上がりました。努力して師となるバーンスタイン夫人に認めていただき、後継者となるつもりです。そうなればアガタとはともに王宮で働く同僚になりますね。どうかその日まで私を支えてください」

 「まあ…。お若いのにしっかりされているのですね。お任せください。困ったことがあれば何でもこのアガタにおっしゃってくださいね」

 よし、掴みはオッケーだ!

 こちらを田舎者と蔑むようならもう少し高圧的な態度をとるつもりだったが、アガタは年下には面倒見の良い面を見せるお母さんタイプだった。

 …まあ、実際に一児のお母さんなわけだが。魔宮に乗り込むのだから、味方は多いほうがいいに決まっている。常に行動を共にするだろう侍女がいい人だと分かり、フィオレンツァは王宮に着いて初めて緊張を解いたのだった。


 

 翌日、フィオレンツァはアガタに連れられて庭園側の一室に通された。とうとう妃教育が始まるのだ。

 部屋にはバーンスタイン夫人が待っていた。

 「久しぶりですね、フィオレンツァ」

 「バーンスタイン夫人、ごきげんよう。この度は私の要望を受け入れて下さりありがとうございます」

 バーンスタイン夫人は栗色の髪を上品にまとめ、眼鏡をかけた、貴族版キャリアウーマンだ。青緑色のドレスが生真面目な彼女の印象をより強くしている。フィオレンツァの挨拶に、夫人の眼鏡がきらりと光る。

 …怖い。

 「もう聞いているとは思いますが、私の生徒はあなただけではありません。…スーザン嬢」

 「はい」

 昨日の少女が一歩前に進み出る。

 「アプトン子爵家の長女、スーザンと申します。よろしくお願いいたします」

 スーザン嬢はスカートをつまんで礼をする。フィオレンツァもそれに倣った。

 「ホワイトリー伯爵家の四女、フィオレンツァです。こちらこそよろしくお願いします」

 フィオレンツァは挨拶しながらスーザン嬢をさりげなく観察する。

 やはり可愛らしいご令嬢だ。初日だから気合を入れているのか、髪を飾るリボンは金糸が縫い込まれた豪華なものになっていた。明るい茶色の髪は毛先をくるくるとカールさせ、愛らしさを強調させている。ドレスも薄い布を何枚も重ねたピンク色のものだった。

 フィオレンツァは紺青の髪なので、ドレスも緑色で、すっきりしたデザインをしている。髪はアガタが上手に編み込んでくれたので粗末ではないが、髪飾りはしていない。目立つまいとしたわけではなく、単純に髪飾りが用意できなかったのだ。ドレスも今回の話を聞きつけた長姉のシャノンが手配してくれた一張羅だった。

 恐らくスーザン嬢の実家は裕福なのだろう。生活レベルの差を見せつけられたような気がして、フィオレンツァは少し落ち込むのだった。そんな様子を気づいてかいないでか、バーンスタイン夫人はフィオレンツァにスーザン嬢の横に並ぶように言う。これから妃候補の令嬢が入室して、本来の顔合わせが始まるのだ。

 言われたとおりに背筋を伸ばして待っていると、間もなく令嬢たちが城の者に案内されて入ってきた。


 「皆さん、揃いましたね」

 バーンスタイン夫人の言葉で顔合わせが始まる。

 ちなみに妃候補のご令嬢は四人。バーンスタイン夫人とその横に並ぶフィオレンツァ、スーザン嬢とは向かい合わせに立っている。前世の世界ならばセレブのお嬢様方には椅子をすすめるところだが、この世界にはあまり座る習慣がないのだ。なので令嬢たちを立たせていても無礼にはならなかった。

 「私がカルロッタ・バーンスタインです。第一王子殿下、第二王子殿下の婚約者が決定するまで、あなた方の講師を務めさせていただきます」

 バーンスタイン夫人は、お手本のような礼をした。令嬢たちも礼を返す。

 「それでは左からそれぞれ自己紹介をしていただきましょう。…さあ」

 バーンスタイン夫人の硬い言葉から、すでに講義が始まっていることをフィオレンツァは悟った。


 最初に前に出たのは一番年下と思われる可憐な令嬢だった。つやつやブロンドの髪に水色の瞳、薔薇色の頬をした超美少女で、一瞬妖精かと思った。

 「わ…わたくしは…エ、エステル・パルヴィンと申します。…パルヴィン伯爵家の長女です。どうぞよろしくお願いいたします…」

 「歳はいくつかしら」

 「す、すみませんっ。13歳です」

 バーンスタイン夫人は頷いた。言葉はつっかえつっかえだが所作は洗練されている。通常貴族として認められるためのデビュタントを迎えるのは15歳を過ぎてからだから、13歳ではこれくらいが及第点だろう。他の令嬢たちも冷笑を浮かべている者こそいるが、あからさまに嘲ってはいないようである。


 次は水色の髪に赤みの強い褐色の瞳をした、大人しそうな少女だ。はっと目を引くような美少女ではないが、白く輝くような肌にすっと通った鼻梁は上品だった。

 「テッドメイン侯爵家の次女パトリシアと申します。今年17歳です。どうぞよろしくお願い致します」

 無難に自己紹介し、綺麗な礼をする。話し方は少しゆったりで、優し気な顔立ちも合わせておっとりしている印象がある。


 次は茶色の髪に勝気そうな橙色の瞳の美少女…いいや、美女だった。乳がでかい…。さほど胸を強調させるようなドレスではないのに、乳房がむっちりとして谷間もはっきりと分かる。なのに腰は折れそうなほど細く、抜群のスタイルにフィオレンツァは見惚れてしまった。

 「スピネット侯爵家の長女ロージーでございます。18歳ですわ。よろしくお願いします」

 スピネット侯爵といえば、政治に疎いフィオレンツァですら知っているやり手の外交官だ。フィオレンツァの実家同様、歴史も古く由緒正しい家柄だったはず。ホワイトリー伯爵家とは違い、家は傾くことなく裕福なようで羨ましい。


 そしてついに四人目の番になった。フィオレンツァはごくりと唾を飲み込む。何せ彼女が部屋に入ってからずっと、セレブオーラがビシバシ飛んできていて目を合わせられなかったほどなのだ。他のご令嬢も上等なドレスに洗練された所作で、十分に圧倒されたが、最後の令嬢は格が違った。

 「ティンバーレイク公爵家の長女スカーレットと申します。18歳になりました。仲良くしてくださいませ」

 鮮やかな赤い髪をドリル…ではなく豪華に巻いて縦ロールにしているザ・女王様。ドリ…ではなく赤い縦ロールを揺らしながら優雅に礼をする。グレーの瞳の周りを上向きにカールしたまつ毛がびっしり囲っていた…おかしい、この世界にはまだマスカラはないはずだ。人形のように整った美貌は実に眩しい。そして真っ赤なドレスを纏う体は、ロージー嬢に負けず劣らずのセクシーダイナマイトボディだった。

 爵位が一番上であることといい、この美しさといい、この令嬢が王太子妃候補の筆頭で間違いないだろう。


 個性豊かな妃候補たちの自己紹介が終わり、再びバーンスタイン夫人が口を開く。

 「皆さん、明日から早速授業を始めます。生家が公爵家から伯爵家までありますが、私の授業では身分の差はないものと思いなさい。最終的に妃を選ぶのは王子殿下たちの意向が強く反映されますが、あまりにこの授業でレベルが低いと判断した場合は妃選定の前に落第し、城を去ることを命令される場合もあります。心するように」

 「かしこまりました」

 四人の令嬢が声を合わせて諾の姿勢を取る。実家でここまで躾けられているのだから、よほどの不始末を起こさない限りは落第にならないだろう。

 「それともう一つ、気になっていたと思いますが、あなた方と共に授業を受ける二人の生徒を紹介します。…ホワイトリー伯爵令嬢から」

 「…はい。ホワイトリー伯爵家の四女、フィオレンツァでございます。16歳です。どうぞよろしくお願いいたします」

 「アプトン子爵家の長女、スーザンと申します。17歳ですわ。皆様と一緒に授業を受けられることを光栄に思います。どうぞよろしくお願いいたします」

 「この二人は妃候補ではなく、私の後継者となるために城に上がりました。いずれあなた方の誰かが王子殿下に嫁ぎ、姫殿下を産めばその養育にあたる任が下るでしょう。私はあなた方四人を平等に教育するつもりですが、この二人だけに特別授業を施す場合もあります。あらかじめ承知しておくように」

 一斉に四人の視線がフィオレンツァとスーザン嬢に降り注ぐ。

 ロージー嬢に至ってはビームが出そうな目力で、危うく視線を逸らしそうになった。

 ライバルじゃないんだよー。絶対に妃の椅子なんて狙ってないから。視線で殺さないでっっ!

 

 こうしてフィオレンツァの精神はがっつり削られたものの、初顔合わせは無事に終了したのだった。



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