04 降って沸いた?婚約話
スカーレットの鮮烈な女公爵デビューから二日後。
休暇を取ったフィオレンツァはミリウスと共に王都で買い物をしていた。彼が王都に来ることになった時から手紙などで相談して計画していたことだ。護衛なんて大層なものは連れていないので出歩くことができるのは、本当に安全な限られた区域だけだったが、ミリウスの目には何でも新鮮に見えるのか楽しそうにしていた。すでに家庭教師を招いて貴族としてのふるまいを勉強している弟のために、少し上等な文房具や王都でしか手に入らない書物などを揃えてやる。一通り買い物を終え、カフェで食事をして、一日かけてたっぷり王都を満喫した。
そのまま父と弟が泊まっている貴族専用ホテルにミリウスを送り届ける。そして王宮に戻るための馬車に乗ろうと、フィオレンツァはホテルの一角に設置された寄合場へと向かった。
徒歩でも王宮に戻ることはできるが、少々門番の対応が雑なのだ。以前馬車に乗らずに王宮の門をくぐろうとした時、ねちねちとくだらない質問をされ下品な視線を向けられ、馬車の時の三倍の時間をかけられて辟易した。今のように懐に多少の余裕ができてからは、フィオレンツァも門をくぐるときだけ馬車を使用するようにしている。
「フィオレンツァ、待ってくれ。私も王宮へ行く」
「お父様!?」
寄合場で馬車を待つ列に並ぼうとしていたフィオレンツァに、父のホワイトリー伯爵が駆け寄った。きっちりと貴族としての正装をしている。
「お父様、王宮へ行くなどと…どうされたのですか?」
「国王陛下に呼ばれたのだ。このままお前と一緒に謁見する」
「え、ええ!?」
フィオレンツァは目を剥いた。どうして貧乏貴族…もう貧乏ではないが…中央から離れて久しいホワイトリー伯爵が、国王に謁見などということになったのか。
「どうして?何かあったのですか?」
「…国王陛下から直接お話があるだろう。心配するな、悪い話ではないはずだ」
いやいや、いま話してくださいよ。怖いわ。父の顔はかなり強張っている。これで「悪い話ではない」と言われてもなんの説得力もない。かといって国王に謁見はどうやら決定事項らしく、フィオレンツァが嫌だと言って拒めるものでもなさそうだ。
王宮に着くと待っていたヨランダによって手早くドレスに着替えさせられ、髪も結い直された。父と再び合流し、エスコートされて本館へ向かう。上位の女官になったフィオレンツァでも、年に数回しか入ったことのない本館だ。玉座のある謁見の間はもちろん初めて通される。
…いや、本当に何事ですか?
「ホワイトリー伯爵ナサニエル殿と、ご息女のフィオレンツァ嬢です」
名前を呼ばれ、謁見の間の扉が仰々しく開く。一度礼をした後、中央まで進み、下を向いたまま貴族淑女の礼をした。
「面を上げよ」
フィオレンツァとホワイトリー伯爵は顔を上げる。玉座には国王ガドフリーと王太后アレクザンドラが座り、グラフィーラ王妃とユージーン王太子がそれぞれ玉座の後ろに立っていた。さらに玉座から少し離れて、普段は重臣が立つだろう場所には見知った顔ばかりだった。テッドメイン宰相はいても不思議ではないが、バーンスタイン夫人、女公爵となったばかりのスカーレットと夫のブレイク、そして第三王子のアレクシスと錚々(そうそう)たる顔ぶれだ。
どういうことなの…。いっそ気絶してやろうか。
「ほう、そなたがフィオレンツァか。伯爵、そなたに似て美しい娘ではないか」
「…きょ、恐縮です」
ガドフリー国王がフィオレンツァを上から下までじろりと嘗め回す。嫌な感じだ。こちらを見るグラフィーラ王妃の目つきがややきつい気がする。
「父上、早く話を進めてください」
フィオレンツァの不安を感じ取り、父を急き立てたのはアレクシス王子だった。一瞬目が合い、にこりと笑いかけられた。
あー、本当にいい男になった。笑いかけられただけでお腹がなんだかむずむずする。アレクシスと会う度に、自分も一端に女だったんだなぁと自覚するのだ。
「ううむ、分かった。…宰相」
「かしこまりました」
フィオレンツァが達観している間にも、話は進んでいく。
「ホワイトリー伯爵ナサニエル殿、王命を伝えます」
「はっ」
ホワイトリー伯爵が膝をつき、フィオレンツァもそれに続いた。
「本日王命をもって、ナサニエル・ホワイトリーの四女フィオレンツァ・ホワイトリーを、第三王子アレクシスの婚約者に任命する。婚約期間は半年とする。なお第三王子は二ヵ月後の成人の儀式にて公爵に臣籍降下する予定であり、フィオレンツァは王族ではなく公爵家に迎え入れられる」
「承ります」
「…」
父に倣ってフィオレンツァも頭を下げた。…というか、頭が真っ白でそうせざるを得なかった。
婚約!!?
誰と誰が?
フィオレンツァとアレクシス王子が…婚約?
こ ん や く ! ?
蒟蒻じゃなくて?
婚約期間半年…半年後に結婚しろと!!
頭がぐるぐる回る。なのに体はきちんと動く。おかしな感覚だった。
そのまま父にエスコートされ、別室へと促される。
お腹が気持ち悪い。吐きそう。
あとから合流するテッドメイン宰相から詳しい説明があると言われた。
うん、無理。
「宰相閣下がおいでになるまでお待ちください」と案内の女官によって別室の扉が閉められたと同時に、フィオレンツァはたまらず気絶した。




