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スクリームキャッチャー  作者: 萩原由雨
1/1

1*夜が始まる

あの日言えなかった本音を届けに行きませんか。

電話の着信を知らせる電子音で我に返った。入社時の研修で電話は何秒以内に出ろだかなんだか言われた気がする。


「お電話ありがとうございます。株式会社Aです。」


手元の受信ボタンを押すとヘッドセットマイクにつながる。ほぼほぼ無意識で口から発せられるマニュアル通りの受け答え。心底バカバカしい。マニュアル通りに対応を終え、相手が電話を着るのを待つ。あと2時間で定時となる。

2時間をやりすごし、タイムカードを切って会社を出る。どうでもいい1日だった。



どうでもいい会社と仕事。昼休みを快適に過ごすためだけに付き合っている同僚との世間話。大して味の良くない社員食堂。どんなに働こうと所詮事務職の給料などたかが知れているが一日電話番をして十数万もらえるならそれでいい。

大学生の頃に買ったボロい自転車で家路についた。


空の冷蔵庫にコンビニで買った缶チューハイを投げ入れてタバコをふかす。この家が賃貸だとか、先日カーペットに焼き跡を付けてしまったとかは気にしていない。先のことなんか考えられない。どうしようもなく今風呂に入るのが面倒なことが一番の問題だった。


ほぼ這いつくばりながらシャワーを浴び、冷蔵庫に転がした缶チューハイを空けたら炭酸が吹き出た。粗悪なアルコールが喉に刺さった。眠い。


昼間の8時間さえ耐えれば夜になって眠れる。日が登っている間の私の世界は偽物で、夢の中だけが現実。


現実がどうでもいいとしか思えない。過去を語ると過去に戻りたくて嗚咽が出る。

それなりに希望を持って大学に進学したが結局1年経たずとしてやめた。半年ほどだらだらバイトをして食いつなぎ、今年から求人サイトで1番上にでてきた会社に派遣として務めている。理由は1番上に出てきたから。生きていくためのお金が稼げればどうでもよかった。

それなり、とどうでもいいで選んだ仕事はやっぱりどうでもよく、良くも悪くもない。毎日をたんたんと消費している。昼間は。

高校時代憧れた大人とはかけ離れた生活をしている。あの頃描いた未来が何だったかもう明確に思い出せはしないけど。そもそも大学から1年で逃げ出したせいで予定より3年も早く社会に出ることになった。惰性で大学進学時に借りた1Kのアパートに住み続けている。

私は成人してすらない。それでもコンビニで酒もタバコも咎められることなく買えてしまうし、国に税金を収めて、毎日会社に通っている。望んだ未来がと聞かれれば首を縦に振れないが、誰にも責められず誰にも過度な期待をされることも無く、ある意味自由に生きられている。精神衛生上問題は無い。


同級生たちが未だ親のスネをしゃぶりながらアホな大学生活を満喫していると思うと腹が立たない訳では無いが、アホな大学生になりたいかと聞かれればそれは違う。派遣として会社に所属してはいるが、紙切れ1枚でサヨナラできてしまう、所詮根無し草と同じだ。

風の前の塵、風前の灯。根を持たない私をつなぎとめる人も特に居ない。地元に住む両親も、盆正月帰れば特に私に興味はないらしい。



アルコールとデスクワークの疲れで瞼が重い。眠れそうで嬉しくて1人でけたけた笑った。気色悪い自覚はあった。誰も理由を知らないだろうから。

「おやすみ。」

毛布も被らずソファに身を預けた。夜が始まる。






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