兄の背中(ルーク)
僕は西の方角を目を細めて見つめていた
「アイシャ....任せたよ...」
アイシャは首を傾げたが、すぐに頷き
弓を構えて走って行った。
ここからは僕一人でジーク兄さんを見つけ出す
嫌な予感がするから...
多分ジーク兄さんと死闘をしている
白銀龍シルバードレイクの咆哮だろう
その咆哮はシルバードレイク自身
悲しそうで辛そうな、望んでいないような咆哮だった。
僕の鼓膜を何度も震わせている
何かを訴えかけているのか?
そんな事を考えながら僕は西に向かい走っていた
僕は可能な限り早く、シルバードレイクの所に向かいたいのだが、そう簡単に行かせてくれないらしい。
僕の目の前には、夥しい量のゴブリンやリザードマン、さらには暗黒騎士が数人
「邪魔を...しないでくれ.....」
あぁ...存在する事がもはや罪だ
奴ら魔物達は生かすべきではない。
きっと僕の目は憎悪にまみれている
僕は左手にある氷心剣アイシクルブレードを地面に突き立てた。
その時
頭の中でアイシャの声が聞こえる
「"あの"剣技を使う時は非常事態の時だけです、どうか自分のお身体を大切に」
知ってるよ.....
そう素早くつぶやいた
分かってるよ...
分かってるけど.....
僕は突き立てた剣を握りしめた
今から使う特殊剣技スキルは僕の生気と引き換えにするのと、僕の身体は氷のように冷たくする。
だがそれ相応の剣技ではある
これは非常事態だから...
一瞬冷やかな冬風を吸ってから、両手でもう一度強く剣を突き立てた。
「フロストステージ!!!」
そう叫んだ瞬間に銀色の霧が辺りを冷やした。
魔物達はどよめいたが僕を狩り殺すため、襲いかかってきた。
「あぁ.....分かる...僕には力がある...みなぎる」
このスキルは僕の専用特殊スキルだ
一定時間だけ僕は氷の力によって、暗黒騎士など赤子の手をひねるように絶命させることが出来る力が僕に宿る。
僕は少し苦笑して、剣を地面から抜いて襲ってくる魔物達を一刀両断にした。
「人間とは思えない力だな」
そう言って1人の暗黒騎士が大剣を担ぎながら僕に近づいてくる。
そうだよこの力はまともじゃない。
ただこの力で僕はこの世界を救ってきたんだよ
僕の身体なんてこの世界の為なら...
「まるで魔物じゃないか」
「っ!!」
僕はその言葉に締め付けられた。
違う
それは違う
何度も言い聞かせた。
僕が魔物だと?
気付けば暗黒騎士の大剣は僕の目の前だ
すぐにカウンターを行って
次は僕が暗黒騎士の首に向けて水平に剣を振った。
斬り返しをされて
少し後ろに後退する
コイツらに構ってる暇なんてないんだ
僕は剣を額に当てた
剣技スキル〈フリージングソード〉
「雪の結晶達よ この僕に力を貸し 生まれるべきでは無かったもの達を抹殺せよ!!」
どんどん冷えていく僕の身体はついに小指を凍結させた。
僕の周りには氷の剣達がクルクルと回っていた。
氷心剣を魔物達に向けると
氷の剣達は魔物達を一掃していった。
立ちくらみをしたが
僕は魔物達を踏みつけずに先に進んだ
しばらく進むとジーク兄さんがシルバードレイクと激闘を繰り広げていた。
「ジーク兄さん!!!」
「ルーク!!!来るなっ!!!」
千切れたマントを背負ってまた攻撃をしに行ってしまった。
兄の背中は誇らしく、見慣れた光景だった。
だが兄の剣はもう折れていた、何故か胸騒ぎがした
「兄さんっ!」
気付かなかったのか僕の足元にはカレンさんがグチャグチャになっていた。
僕は口から冷気をこぼして
身体を震わせた。
兄さんは声をあげて、涙を流しながら剣を振っていた。
そう折れた剣で.....
シルバードレイクは間もなくホワイトブレスを放った。
兄さんはまともに受けてしまい、地面に身体を強打させた。
僕の顔は白くなっていき
〈フロストステージ〉の影響で生気は奪われていくが
シルバードレイクを睨んで剣を構えた
「駄目だ!!逃げるんだ!!」
どうして...
兄さんはボロボロのまま僕の前に立ち上がった
朧月が兄さんを照らしている
「必ず生きろ...」
それが最後に聞いた兄さんの言葉だった
兄さんはそのままがむしゃらに走って行って、シルバードレイクに捕食された。
バキバキと骨を砕いて、血飛沫が僕の身体に襲うようにかかった。
「...あ.......僕は何を...........してるんだ.......」
僕は泣く事すら出来なかった
ただもう一度、〈フロストステージ〉を使用していた。
殺意が溢れて、
何処かに引きずり込まれて行くような感覚に陥った
間もなく
思考が停止した。
「っ!!!」
気付けば僕は真っ暗な部屋に立っていた
冷たくてもはや温度すら分からない空間だ
そして何より寂しい...
「何を...代償にしても、アタシの力を求むのかい?ルーク」
声が聞こえて僕は頷いた。
「そうか...」
両眼の激痛と共に僕は元の場所に戻っていた
僕は魔物のように雄叫びをあげて
両眼を抑えた
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァ!!!」
氷心剣は僕の目の前に堂々と突き刺さっているようだ。目を開ける事は出来ず、力がみなぎるのが分かる。
心臓が嘆くように早くなった。
「ァァァァァァァァァァァァァ!!!」
落ち着いてから僕は氷心剣を抜いてシルバードレイクの背後に移動して
剣を振り下ろした。
尻尾を切断してそのまま殺すつもりだったが
シルバードレイクは僕の右腕を噛みちぎった
痛みなど感じなかった。
右肩から丸ごと持って行かれたようだ。
シルバードレイクは兄さんの死体を咥えて翼を広げて飛び立って行った。
「僕が守ってるこの世界は、残酷で無慈悲だ...」
周りの騒めきももう聞こえない。
襲撃は終わったのか...
またこの空間か...
「ルーク...そろそろ臓物を頂くわ...両眼は美味しかったわぁぁぁぁ.......」
そう聞こえて僕は氷心剣を投げ捨てた
「アナタの心臓ももう氷漬けになる頃よ...」
耳を塞いでしゃがみ込んだ僕は悲鳴をあげた
「ジーク兄さん!ジーク兄さん.....兄さん.....また何処かに行ってしまうの?.....行かないで...」
兄さんは白い光に向かって歩き出した
隣にはカレンさんも
「ヴァイスを任せたぞ.....」
氷心剣は僕に最後に告げた
「アナタが.......弱いのよ...僕が守ってる世界.......?笑わせないでよ.......」
それは耳元で冷たい吐息がかかったように聞こえた、自分でも何が起きているのかが理解出来ない
ただ僕の心はフリーズしてく事だけが分かった。
この出来事が瞬き一瞬の夢のように感じた。
「弱い...........」
いよいよ兄さんとカレンさんは、見えなくなっていく、一瞬振り向いた気がした。
ヴァイスは生きてるのか.....
「待っ.......................」
世界の音が止まった気がした。
僕は右腕を光に消えていく2人に伸ばしたはずたが、肩から右腕は無いのだ
慌てて左腕を2人に伸ばそうとするが
左腕が凍ったように動かない...
左腕には氷心剣が無意識に握らされていた。
「アタシがチカラを...アゲルから.....戦いなさい.....」
キーーーーーーーーンと甲高い耳鳴りが僕を襲った
「っ!!!!!!.....」
アイシャの泣き声...?
見えない...何もかも...
ただ気配が分かるくらいだろうか
そして音には敏感になっている
村はほぼ全壊だろう、多くの人がこの世を去った、
もう夜は明けて、朝焼けが僕達を照らしている
住民達は少しだけ助かったが、死んだ人の方が多いだろう。
僕の仲間も数人になってしまった。
何より、兄であり、聖騎士の隊長である、ジークが戦死した事はこの世界を驚かすだろう。
僕は少し混乱している、そんな事はでも言っていられない、この世界の人々は氷のように溶けて無くなってしまう
僕が守らなければならないのだ。
氷とほぼ変わらない程に冷たい僕の左手を誰かが握ってくれている。
仲間達が心配してアイシャの膝の上にいる僕を見つめているようだ。
僕は寝転がったまま、アイシャの暖かい手を握り返した。
「副隊長.....無理しないでっえ.....いつも言ってたのに.........」
久しぶりにアイシャが僕に敬語を使わなかった、
アイシャの涙が僕の頬を濡らした
僕は"あの"力のせいで両眼を失明した、もうアイシャの顔を見ることは出来ないだろう。
白鳩達が僕達の上を飛び去っていった。
翌日...
僕はポルグ村の丘の上に立って
故郷の丘の上に立った時の光景を思い出した。
兄さん達から託されたものはある。
そして僕はこれからも戦い続ける
たとえ両眼が無くても右腕が無くても。
僕が魔物でも
大切なものを守る為に.......
後ろから足跡がした
それは懐かしく
心臓が締め付けられ撫でられるようだ....。