終わりと始まり
硬く、干からびた、誰も存在しない大地に彼は、頭を打ち付けた。
彼はこれまでの旅を後悔している。
そして、
俺は生まれるべきでは無かったんだと、何度も叫んでいる。
あぁ.....きっとそうだ.....と。
何も知らなかったんだ、
それでも知るべきだったんだ、この世界の状況を。
容易ではない事は、重々承知してた。
何人.........何人死んだ.....?
違う.....
「あぁ..............もう誰も居ない.....のか.........」
それでも俺は、自分の知っている人達を指折りして数えようとした。
あぁ.....腕も脚も無いのか......、あるはずの無い手を想像した。
何か聞こえる.....。
大地の鳴き声、それは大地が、星が崩れていく時に星が悲鳴をあげる。
この星はもう既に腐敗していたようだ、だから選ばれた、もう遅い、彼は粛清を止める事は出来ないだろう。
しかし.....まだ間に合うかもしれない、
彼は今、真実か定かでは無い運命を見ている。
「俺は.........生まれるべきじゃ...無かったんだっ.....! 他の誰かなら.....誰かならきっと!!」
足りなかったんだ、
覚悟も、努力も、復讐心も、憎悪も、
何も.....足りなかった.........。
いや.........足りなくてもいい.........、
まだだ.....まだ終わってない.........。
彼は残っていた右脚を上手く使い、
這いつくばりながら、無様に前に進んだ。
錆色が溢れ出す彼は、もはや人とは思えなかった。
そしてあの翼を睨み続けている。
「待てよ!!!!!!!」
だが彼の威勢は一瞬にして、消え果てた。
それでも、彼は進み続けようとしているのが分かる。
「俺が!.....俺がやってやる!!何も足りてなくても!俺は行く!!!」
この言葉は私に言っているのだろう、
崩れゆく大地の中、彼はいまだに私に叫び続けている。
そうか.........彼なら必ず......、
成せるだろう。
私の勘違いだった、彼の覚悟は充分だ。
それだけでは無い、彼の、彼らが旅した経験が、
強さの苗床となっている。
私は.....この私は.....、彼の剣となり、彼と含め私、
いいや、8人で散ろうではないか。
旅の終着点でまた私を取りに来てくれるはずだ。
大きく力強い鐘が鳴りだし、いよいよ此処は滅びる。
「ヴァイス.....私は此処に待っている............」
次は必ず、必ず.....。
私は願った、これで何回目だろうか、
いいやこれで最後だ。
「待っ.............てるから.....」
私は気になってしまった、彼らの長い.....旅を.....
物語を.........。
ーーーーーーーー
「ヴァイス、今日ってジークさん帰ってくるんでしょ?」
冬風が彼女の金の髪を揺らした。
夕日が僕の動きを鈍らせて、瞬きを繰り返す。
もう日が暮れちゃうな.....
少し遠くの木陰の下に何かが光っているのが見えた、剣.....だろうか.....?
頭を掻きながらテトラに返答した。
「知ってたんだ」
「うん!」
隣で幼馴染のテトラが、紅蓮の空を見上げて手を伸ばす。
あまりにも綺麗なその指先は全てを優しく包み込めそうだった。
「ヴァイスはさ、.......夢とかある.....?」
「無いことも無いけど」
僕は騎士になりたい、そして将来この村を一生守りたいという夢を僕は言わずに隠した。
「騎士でしょ?」
知っていたくせに、心の中でそう言って、片目を瞑り頷いた。
「へぇー.....、騎士かー、ヴァイスが騎士になったらどんな感じなんだろう.....」
僕は笑って、どうだろう、と返した。
「テトラそろそろ戻るよ」
もう帰るの?と言うテトラの顔は可愛かった、
まあ、いつもなら夜空を見て帰るんだけど、
最近は魔物が多いって母さんが言ってたからな。
ーーーーー
村に戻ろうとした時だった、
焦げ臭い匂いが僕の鼻を刺す。
灰が雪のようにひらひらと村の方から僕の目の前を横切って行く。
微かに聞こえる村の人達の叫び声。
「っ!?」
紅蓮の空から飛空音がして、
僕らは身体を寄せ合い見上げた。
美しく凛々しい紅い目をした白銀の竜が村の方へ飛んで行く。
強風と共に辺りの花は散っていった、
数え切れない花弁達は、そのまま地へと落ちる。
僕は嫌な予感と恐怖を感じた。
テトラの手はただただ震えていた、テトラの震える手を僕は下手くそに握った。
「大丈夫.....」
何も安心出来ない、保証もない言葉だ、この時咄嗟に口から溢れ出たこれはテトラを安心させる事が出来たのだろうか?。
僕は白銀の竜を追うように、走り出した。
村に近付くほど肺は締め付けられるような痛みが走る。
息がしづらく、呼吸が上手くできない。
やがて、金属音と悲鳴が近付いてきた。
僕は行くてを遮る植物を掻き分けて走った。
森を抜けた先には、想像もしたくない光景が僕の目に映った。
魔物達が村を襲撃し、村の人達を殺している。
「そんな.....」
テトラは膝を折って地面に座り込んだ、
どうしてこんなことに......、
僕はその場で泣き出した。
テトラは泣いていないのに、僕は大声を上げて泣いた。
ーーーーー
「父さん...」
もう帰ってきて何処かにいるかもしれない、
母さんも何処かに逃げてるかもしれない、
僕はテトラを置いて急に走り出した。
「待ってヴァイス!」
崩壊していく民家は何故か僕の心を蝕んでいく、
思い出を潰されていくようだったからだ。
夥しい数の死体を僕は踏まずに家に向かって走った。
遠くから聞き慣れた声が聞こえた、
そこには、
たった一人で白銀の竜に立ち向かう父さんが、雄叫びをあげながら剣を振っていた。
「父さん!!」
「逃げるんだ...」
即答だった、
話す暇などきっと無いだろう。
気付けば後ろには息を切らしたテトラが居て、
その後ろには騎士が2人居た、
全身に鋼鉄の鎧を付けた、身長の高い2人、
父さんの騎士だろうか?
「逃げるぞ...........ジーク隊長の頼みなんだ.....」
それだけ言って身体を引っ張られた、
僕らを無理矢理でも逃がすつもりなのだろう。
「嫌だっ!この村を置いて逃げたくない!」
僕は暴れた、
だけど 僕を掴む騎士の握力は強くなった。
「頼む.....」
ーーーーーーー
燃え上がった民家から、
禍々しく残酷な斧をもつ黒い鎧を纏った騎士が
僕らに向かって歩いて来た。
斧から滴る鮮血はどれだけの人を殺してきたかを物語っている。
「イチ...二...サン...ヨン...ガキが二人と騎士が二人か.....いや.....その子は.....」
良く聞こえなかったが、ブツブツ吐きながら重そうな斧を肩に担ぐ。
漆黒の兜で顔は見えない、
騎士は僕らを連れて急に走り出した。
テトラは身体を震わせて、泣いていた。
暗黒騎士の左手には女性の頭が軽そうに持たれていた。
いつも僕に優しくしてくれたり、果実や美味しいものをくれた、テトラの母親だった.........。
「やはり惨めなモノだ、人間という生き物は」
石ころのようにソレを投げ捨てて、僕を追いかけて来た、
追いつかれる.....。
暗黒騎士は斧を騎士に振り下ろした、
騎士達から錆色が吹き出して、
そのまま倒れた。
運良く僕とテトラは当たらなかった...、
いいや運ではない、騎士達が僕ら2人を死守してくれたのだ。
自分の命よりも.......僕らを.....。
「不発だ.......」
僕は騎士が持っていた剣を手に取り、
不慣れに構える。
今はそれだけしか出来なかった、
カチカチカチカチと剣は震えて、呼吸はまともに出来ない、空気が薄くて、辺りをさまよう黒煙を吸い込み、立っているのも限界だった.....。
大量の汗と涙が何度も何度も僕の頬を伝う。
怖い...、
今にも泣きながら逃げ出してしまいそうだ、
だが後ろにはテトラが呼吸を上手くできずに泣き悲しんでいる。
どれだけ弱くて、守る力なんて無くても、
テトラは絶対に死なせたくない。
思考もほぼ停止に近く、
焦りと恐怖が僕を襲う。
「ほぉ.........、次は.....失敗しなさそうだな.....」
呼吸はどんどん加速して、血の巡りを感じる。
「これで私も.....もういいだろう.....なあ...ジーク.............?」
暗黒騎士は独り言を終えると、
暗黒騎士は斧を慣れたように、独特な構えをした。
人を確実に仕留める、そんな念が斧から感じた。
僕は剣を振った事など無い、
僕は目の前の暗黒の塊に向かって刃を振り下ろした。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
暗黒騎士は動じない...
「カキーーーンッ!!!!」
金属音が僕の耳を叩く、
僕の剣など暗黒騎士の鎧すら傷を付けなかった。
「愚かな」
暗黒騎士は僕を玉蹴りのように蹴り飛ばした、
瞬き一瞬で僕は地面に這いつくばっていた。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ.....!」
左手は折れているようだ、
恐怖と痛みで身体が動かない。
暗黒騎士は気付けば僕に斧を振り下ろそうとした、
「ダメ!!」
テトラが迷わず暗黒騎士の身体を抑える、
僕とは違う.....、すぐ動く事が出来て、強くて、優しい。
それに比べて僕はなんて弱いんだ、
いつもそうだった。
「邪魔な小娘だ」
苦笑した暗黒騎士はテトラの首を締める、
僕が無理矢理でも立ち上がろうとした時には
僕の目の前で倒れてしまった。
テトラの目にはいつものような、
キラキラとした蒼い目では無かった。
声すらもう出せなくなってしまった僕は這いつくばったままテトラを抱き寄せた。
テトラはまだ微かに息がある。
「ごめん.....テトラ.......ごめんね...僕が..弱いから...ごめん....ぁぁ.....」
僕は発狂した...........
眼球から飛び出る液体はただただ、テトラの頬を濡らした。
「哀れを超えて、滑稽だ.....。」
暗黒騎士は笑った、
笑った、それが僕は許せない、でもいっそ同じでテトラと殺されようと思った。
だが....
僕を殺さずに去って行った、
わざとだろう、もがき苦しむ僕を見て、いい気分になったんだろう。
「き.....れい.....な星だね.....今日は...」
抜け殻のような瞳から雫を垂らした。
僕に向かって回復魔法だろうか、
微かで弱々しい光が僕を包み込み、僕を癒した。
「ごめん...ね..これしか...できなくて....いつか..この魔法で...ヴァイス...のこと.......守りたかったの.....」
真っ暗な空を見上ているテトラは僕を強く抱き返した。
「いっぱい.......勉強...し...たのよ...?」
「テトラ!まだ助かるから!」
立ち上がろうとした時テトラは僕の手を掴んだ。
「もういい.....もう...いいから....」
「何言って.....」
ーーーーーー逃げてーーーーーー
まるで一瞬だけ世界が止まったようだ、なぜだろうか、
どうしてそんな、逃げてって.........、
父さんも.....、
僕は少し怒りの感情を持ち始めた。
「ねぇ.......見える.....?綺麗...な星.....」
何を言っているのか、
空は真っ暗だ曇っている、
今にも雨が降り出しそうだ。
「ねぇ...ヴァイス......きれ.....い.............だ.............ね.......」
テトラは僕に沢山の事を話してきた、
だけど、テトラの優しい声は少しずつ聞こえなくなっていく、そして最後の言葉も聞き取ることができなかった。
テトラは絶命した。
テトラの右手に日記だろうか、それを大事そうに握り締めていた。
僕はそれを手に取った。
綺麗な星というのは、恐らく小さい頃からよく二人で見た、夜空の事を言っていたのだろう.....
もうこんなことは.......
ーーーーーーー
父さんはまだ戦っている、
もう僕は周りの音すら聞こえなくなってしまう。
僕は強くなる、
それを誓う。
村は全壊してなお今も魔物達は人々を襲う、
僕は起き上がって最後にテトラを抱きしめた、
涙は未だに流したままだ。
剣を持って僕は父さんを置いて村から逃げ出した
父さんを置いていくというより、もう父さんの事を考える暇が無かった、今はただ逃げて生きる、これしか頭に無かった。
太陽はもう遠に沈んで曇の間から月が僕を嘲笑うかのように見下ろした。
「どうだ?」
そんな声が聞こえた気がした、
まるでこうなると知っていたかのように...
「僕が.........何したって言うんだよ.....!」
僕だけ.....
本音の悲しみと怒りを掻き混ぜて、朧月を睨み、唇を噛んだ。
逃げ出す時、僕はこの村であった事を何度も思い出して、心臓が張り裂けそうだった。
さよなら.....
何処へ向かうかなんて分からない、
でも振り返らずに前だけを見て走っていた。