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第一章 愛する生徒へ Chap.5

 その夜、私たちは栃乙女ちゃんの部屋兼アジトに集まった。帰ってきた栃乙女ちゃんが大きなサングラスをしていて、ぎょっとする。

「なんでサングラス?」

 千川さんがすかさずつっこむ。

「はぁ? ターゲットを尾行しろっていったから、寒いのに見張ってたんだけど? もう。こういうアウトドアは目黒川の役目なのにぃ」

栃乙女ちゃんは、ゲームセンターを逃げ出した後の、玉木響をマークしていたのだ。

「いや、サングラスの意味」

「尾行っていったらこれでしょ」

 栃乙女ちゃんはきょとんとして外したサングラスを指で回す。

「顔バレしてないんだから必要ないだろ、逆に目立つだろ」

「まぁまぁ千川さん。お疲れさま、栃乙女ちゃん」

 間に入って私は宥めた。栃乙女ちゃんに「疲れたよう」と抱きつかれる。

「僕の方の収穫だけど」

 そういってスナオさんが、白い袋を取り出した。内用薬袋だ。

「和枝さんから預かった、武富先生の所持品。どうして持ってるのか謎で、気になるって」

 受け取った千川さんは中の錠剤を出す。

「亜鉛製剤?」

 一緒に領収書も入っていた。処方された日付は一か月以上前だ。残量を見るに、最近は飲んでいなかったようだ。

 おそらく、茂手木さんが目撃した薬だろう。

「なるほど」

 千川さんはすぐにぴんとくるものがあったらしい。私は亜鉛製剤の効能を訊こうとしたのだけど、先に千川さんが「気になることが一つある」といった。

「武富は職場を出てすぐ事故を起こしてる。いつどこで酒を飲んだんだ?」

 あっ、と私は虚を突かれた気分になる。飲酒運転に至った理由ばかり考えていて、初歩的な疑問を見逃していた。どうやら見逃していたのは私だけらしく、「それなんだよね」とスナオさんは顎に手を当てて頷く。

「家族も、警察もわかってないらしい。事故が学校を出てすぐに起きたことは間違いないんだ。車内に酒の空き缶もない。先生愛用の水筒はあったらしいけどね」

「水筒?」

 千川さんが鋭くいう。

「毎日持ち歩いてたって。いやいや、中身は水だったよ。警察も確認済み」

 学校を出てから事故現場まではわずか二分程度。寄り道して酒を飲む可能性も低い。

「じゃ、学校でお酒飲んだ? やば」

 と、栃乙女ちゃんが目を丸くする。

「まさか」

「校内も捜索されたそうだけど痕跡は発見されてないって。現状、武富先生が車内で飲酒、ゴミは車外にポイ捨てした、ぐらいしか考えられない。これも僕が飲酒運転を信じられない理由の一つ」

「そもそも、アルコールが検出されたというのが、間違いってことはないんですか? お医者さんの勘違いというか」

 私はいってみた。「ないだろ」と千川さんにバッサリ斬られる。……わかってはいたけど。

「んー」

 スナオさんも浮かない顔になってしまう。

「どうしました?」

「……和枝さんが打ち明けてくれた。事故の夜、病院で武富先生の着ていた服を受け取ったとき、匂いがしたんだって」

「匂い?」

「日本酒っぽい匂いだったらしい」

 言葉がない。理由は不明だけど、武富さんが酒を飲んでいたのは、事実。

千川さんは思案顔をして、「ま、とりあえず次」と指を鳴らした。

「栃乙女はどうだった? 尾行の成果」

「うん。玉木響ね、スマホ持ってたし、カフェの公衆Wi-Fiガンガン使ってくれたおかげで、侵入超楽だったよ」

 玉木響のスマホから情報を引き出せたらしい。内容をパソコンに表示する。

「引っかかるものっていったら、これ?」

 栃乙女ちゃんがディスプレイを向けた。それは有名なネットの質問サイトだった。玉木響は質問を書き込んでいる。内容を読んだ千川さんが目を細めた。

「千川さん、これって」

「ガキんちょにもう一度当たってみよか」


 脅迫屋会議が終わり、私は先に帰路についた。スナオさんが買い物ついでに駅まで送っていく、と付き添ってくれた。

 昼の曇り空は晴れ、月が見えていた。風が吹き、スナオさんは青いマフラーを撒き直した。出番の短い秋は通り過ぎていってしまって、冬の冷気が辺りを包んでいた。

隣を歩くスナオさんを見上げ、切り出してみる。

「武富さんのこと恩師っていってましたよね」

 スナオさんが目を向けた。

「先生ではなくて恩師って。茂手木さんの話だと、昔は怖い先生だったそうですけど」

 スナオさんは夜空を見上げてから、懐かしむように語り出した。

「怖い先生だったね。とくに校則は厳守。たとえば、何人かが校則違反の置き勉をこっそりしてたんだ。鞄が重いからさ。そうしたらある日の放課後、残していた机の中身を没収された。僕は生贄とばかりに授業中、ノートの落書きをさらされてさ。さすがに歯向かったら、ぶたれた」

 ほのぼのと話しているけど、かなりつらい思い出じゃないか。

「置き勉くらいで……」

「ね? でも厳しさは優しさだったよ。生徒一人一人に、真剣に向き合ってくれる人だった。ほら。知っての通り僕は当時、母子家庭になった直後だったでしょ。先生は、父親みたいな存在だったかも。『堂々とまっすぐに生きろ』って、面と向かっていってくれたんだ」

「堂々と、まっすぐに」

「おかげで堂々としたナンパ師になれたよ」

スナオさんはマフラーで口元を隠し、笑った。


 日曜日の朝。不安を浮かべた顔で、玉木響は家の近くの公園にやってきた。私は「おはようございます」と頭を下げ、千川さんは「よく来たな」と、滑り台の上から手を振った。

「なんで俺のアドレス知ってんの」

 響が尖った声でいう。

「大人はいろいろ知ってるんだ。知りたくないことも」

「はぐらかしてんじゃねぇよ」

 響が走り寄ると、千川さんは滑り台を滑って下りた。

「俺はメールにこう書いた。『体罰事件のことを知っている。言いふらされたくなければ来い』。で、君はやってきた。心当たりがあるわけだ」

「知らねぇよ。武富の事故の次は体罰事件? なんなわけ?」

 千川さんが指を鳴らし、私はプリントアウトした質問サイトの書き込みを開いた。「なんで」と声を震わせ、響が目を見開いた。


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