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第二章 アンロック-脅迫屋チーム結成前夜- Chap.8

 公園の噴水前で、今度は目黒も日那子も時間通りに落ちあえた。夜の闇の中で、俯き加減の日那子の表情は見えない。

 思えばあの日、萬田の葬儀の日も、彼女は俯いていて、目黒は表情を窺えなかった。だから目黒はいまだに知らなかった。萬田を愛していたのか。目黒を憎んでいるのか。


 日那子に恋をしてから数か月。萬田は変わった。悪事を重ねて寂しさを埋めていた不良は、日那子のために誠実な道を歩もうとあがいていた。窃盗も喧嘩もやめ、仕事を始めた。萬田が悪事に手を染めていたのは、空虚さを忘れるためだった。孤独を紛らわせるため、危険と隣り合わせのスリルを味わっていた。だがもう萬田はからっぽではなくなっていた。

 目黒はただただ、近くで見ていた。人は変わるのだということを、萬田に教えられながら、傍観しているだけだった。

――日那子さんに思いを打ち明けてきた。

 そんな報告を目黒にしてきた萬田の顔は、続きを聞くまでもなく結果を物語っていた。

――オーケーだってよ。どうする、ガキ。

――子どもの俺に訊くな。

 目黒は答えた。ちょうど難物の金庫の鍵開けに挑んでいたから、「どうでもいい」ふりをした。おめでとうは、言いそびれた。

 日那子は当時から眩しい美貌だった。萬田に紹介された目黒も、思わずドキドキするほどだった。でも萬田といる時は、大きく口を開けて楽しそうに笑う人だった。

萬田と日那子の交際は、決して周囲から祝福されるものではなかった。日那子は名のある家の娘だ。とくに両親は萬田を嫌悪していた。

それでもどうにかなるのだろう、と目黒は思っていた。大人が何をしようとあの二人は変わらないと。その程度には子どもだった。

 萬田に強盗傷害の容疑がかけられたのは、二人の付き合いが一年になる頃だっただろうか。

――俺はやってない。絶対にやってない。

 無罪を訴える声が、目黒が最後に聞いた萬田の声だ。目黒はなんと答えてやっただろうか。覚えていない。

 萬田は川に飛び降りて死んだ。警察に追いかけまわされた挙句の自殺だった。

後から知った話だ。

 日那子の両親と目黒の父親が昵懇であったこと。両者の間で一方では娘の恋人として、一方では息子の友人として萬田はふさわしくないという共通認識が芽生えたこと。目黒の父がコネを使い地元警察を動かしたこと。強盗傷害事件に、萬田を犯人と示す証拠は何もなかったこと。 

日那子は、妊娠していたこと。

全て目黒は後から知った。


 アタッシュケースを日那子に渡す。

「これは?」

 戸惑う日那子に目黒は答えた。

「ぴーちぽっぷの店長が殺人罪で逮捕され、店は潰れました。警察が入る前に、金庫から少々奪ってきました」

 日那子が驚いた様子で目黒を見上げた。

「俺は泥棒なので。これを離婚資金に」

 もう、後から知るのは御免だった。だから調べてあった。福住の家は冷え切っていること。正明が世間体を気にして日那子の離婚の申し出に応じないこと。家を飛び出すにも、行動金銭ともに自由は正明に制限され、日那子は苦慮していること。

 日那子の手に、強引にケースを握らせる。

「満美ちゃんはいい子です。必ず立ち直れる」

「……ありがとう。目黒くん、私は」

「もう会うことはないかもしれません」

 目黒は頭を下げ、背を向けた。水のない噴水の前から日那子が立ち去る足音はしなかったが、振り返りはしなかった。


 千川との待ち合わせはファストフード店だった。到着すると、またも栃乙女と口論していた。栃乙女が目黒に気づく。

「あっ、目黒川」

「川ではない」

「聞いて、千川が私をくどくどしてるの」

「くどくど?」

「口説こうとしてる、な。いや口説こうとしてねぇし」

 目黒の白けた目線に気づき、慌てて千川がいう。

「退屈したら俺の仕事を手伝えっていっただけだから」

「だれが脅迫屋の手伝いなんて」

「資質あると思うけどね。毎日楽しくなるぞ」

「やだやだ。うちは彼氏できそうだし、今楽しいし。構わないでよね」

 千川に報酬の封筒を押しつけると、栃乙女は立ち上がった。

「つまらん男に引っかかるなよ」

 千川のセリフに舌を出してから、歩き去っていく。

 目黒は栃乙女のいた席に座る。千川はフライドポテトを煙草のように咥えていた。

「初めからこうする気だったか?」

 目黒はいい、ポテトを一本奪った。

「ん?」

「本当の意味でユヅキを守るには、第二第三の麻宮から守らなければいけない。そのためにはユヅキを働かせる『場』を消すのが一番だ。おまえの目的は、ぴーちぽっぷを潰すことだったんじゃないか」

 千川はポテトを咀嚼し、笑った。

「結果論すぎるだろ。第一ぴーちぽっぷなんて氷山の一角だ。潰したところで何になる?」

「何にもならないだろう。だがだれかが楽になる。おまえはそのために自分はどうなってもいいと考えている。俺が知る限り脅迫屋は本来、顔をさらけ出してターゲットに接近したりしない。おまえはあえて他人の依頼で危険な目に遭おうとしている。まるで自分を罰するようだ」

「わかったような口ぶりだねぇ、泥棒さん」

「からっぽの器を埋めるために悪を装っていた男を知ってる。そいつは死んだが、おまえは似てるんだよ。匂いが」

 鼻を摘まんだ千川は残りのポテトを口に入れて、立ち上がった。

「俺はただの脅迫屋だ。なるほど仕事の過程で氷山の一角に出くわすこともあるだろうね。でもそいつを潰すのは正義感でも罪悪感でもない。報酬のためだ」

 千川がトレーを持って立ち去ろうとする。

「もしまた崩したい氷山を見つけたら俺にも噛ませろ」

「なんで?」

「俺には盗む理由が必要だから」

 目黒の答えに一瞬きょとんとしてから、ふっと笑い、千川は歩いて行った。


 〈五年後〉


 マンションの自室に帰宅した男を、待ち伏せていた目黒と千川は組み伏せた。

「ぼちぼち来ると思ってた」

 目黒の手と壁に挟まれた男が言う。まるで待ち伏せを予測していたかのように、抵抗はなかった。不気味な目だった。

「そう。君の仲間たちを退場させてるのは俺たちさ。レッドキャップのリーダーさん」

 千川がいい、先ほど引き出しから没収したナイフを、男の眼前の壁に突き立てる。

「おっと敷金取られちゃうな。でも命は取らないよ、曽根大我」

 そう。因果な話だ。

千川と初めて会った五年前の事件でかかわった、もう一人の脅迫屋、曽根。あの男がいつしかレッドキャップという組織の頭になっていた。5年前の剣呑な雰囲気はそのままに、悪人として厚みが遥かに増していた。突然拘束されても怯えていない。

「俺と同じ社会のゴミのくせに、正義の味方気どりかい? 先輩」

 曽根が冷静に千川にいい返した。

「あんたら何をしたって犯罪者だ。俺と同じ道を潔く歩けよ」

「俺の道は俺が決める。その方が楽しい」

 千川は「な?」と目黒に視線を向ける。

「同感だな」

 そっけなく目黒は返した。

 二人を見やり、曽根は嘲笑った。

「あんたらが、今のまま歩き続けられるはずねぇよ」

「終わるのはおまえだ、レッドキャップ」

「五年前、あんたは俺を捕まえなかったな? だからレッドキャップが生まれて、多くの犠牲者が生まれた。自分も加担してるって、わかってるだろ」

 曽根は千川に、挑発的に言った。獲物を絡めとり、底なしの沼に沈めるような目をしていた。千川が小さく息を吸う。刹那、目黒は曽根の腕を捻じり上げた。うめき声が上がる。

「過去は過去だ」

 静かにいい、千川に視線を送った。受け止めた千川は、微笑み頷き返した。今は今しかない。自分たちのやり方で、やるべきことをやるだけだ。だから千川という男は、相手がだれであろうとも、いつものセリフを口にする。

「曽根大我、今からおまえを脅迫する――」

 堂々と、氷山に立ち向かっていく。


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