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第二章 アンロック-脅迫屋チーム結成前夜- Chap.6

 夜が明ける。土曜日なので目黒に表の仕事はなかった。

 千川完二は朝に一時間ほどランニングをし、部屋に戻った。着替えをし、今日はリスのシャツを着て、車を使って出かけた。

 新宿歌舞伎町、路地裏のゴミ捨て場の傍で千川は佇み、ハッとして振り返る。背後に立つ目黒に気づいた。

「目黒……なんでここに……」

 千川は深呼吸をし、「先日の尾行のお返しってわけか。全然気づけなかった」という。

「尾行したのは駐車場からここまでの三分だ」

「は? ……まさか」

「車のトランクは寝心地が悪かった」

 目黒の声に千川は首を回し、息を吐いた。目黒はゆうべ、居酒屋から帰るふりをして千川の車のトランクに潜り込んだのだ。そのまま千川の自宅に運ばれ、夜は千川の車の中で過ごした。車のピッキングは容易かった。匂いを残さないため、煙草が吸えないことの方がきつかった。

 今朝も新宿までトランクに入って移動したのだ。目黒は眼鏡に手をやった。

「おまえ、何かを隠してるようだったからな。ここでだれかと会うつもりか?」

「あんたを舐めてたよ、目黒さん。でも俺に脅迫されているってことを忘れるな」

 強く肩を叩かれた。同時に目黒はポケットから写真を出し、千川の顔に突き出す。千川の目が見開かれた。女の写真だ。八重歯を覗かせた若い女で、千川と同じシャツを着ている。

「部屋にまで入ったのか」

「おまえの朝のランニング中に。泥棒だからな」

「萬田って男から学んだ泥棒技術か?」

 いうが早いか、千川が拳を放ってくる。目黒はウィービングで躱す。続けざまのパンチも避け、反撃に出る。手刀で首を狙うフェイントに千川の腕が上がった。刹那、脇腹に一発撃ち込んだ。千川は体をくの字に折った。顔を膝で蹴る。さすがの反射神経でクリーンヒットはさせられない。続けて目黒は拳を打とうとし、止めた。千川が顔を上げ、微動だにせず目黒を睨んでいたからだ。今の蹴りで切れた唇を舌で舐める。

「俺を痛めつけて満足かい? 目黒さん」

 目黒は感情を殺し、写真をちらつかせた。

「この女がだれなのか、とは訊かない。だが、一方的に俺を利用できるとは思わないことだ」

 千川は息を整え、それから笑う。

「名前を教えよう。来栖稚奈。個性的な服を売るのが生きがいで、料理がへたで、オセロの強い女だった。蜂に刺されて死んだ」

 含みのある声音だ。「どういうことだ?」と訊き返すと、千川は諦めを携えて笑った。

「『萬田って男は自殺したらしいな? 福住日那子と関係が? 何があった?』。こう訊かれてあんたは全てを話せるか?」

「……無理だな」

「あんたが何を盗もうが勝手だが、俺を脅迫できるとは思うな」

 今までになく険しく、痛みのある声だった。

「全ては無理でも、話せることはある。おまえは?」

 目黒の問いに千川はため息をついた。

「……これから仕事だ。邪魔するな」

 ほどなく、男がやってきた。千川とは対照的に、がっちりした体格で色素の薄い短髪をワックスで固めていた。服はカーキのブルゾンにブーツカットのジーンズ。顔は薄味で特徴がない。

「やぁどうも」と手を上げ、千川が声をかけた。

「不破組の元構成員で、今はフリーの脅迫屋、曽根大我だな?」

 目黒は目を瞠った。不破組は名取会の上にいる広域暴力団だ。そしてまさか、千川と同業者の脅迫屋なのか。

「千川完二。後ろの奴は?」

 曽根と呼ばれた脅迫屋がいう。

「こいつは通りすがりの泥棒だ。気にするな」

「ま、なんでもいい。呼び出しに応じて来てやったんだ。さくっと済ませてくれよ」

 曽根は、どこか楽しむようだった。

「じゃ、単刀直入に。ぴーちぽっぷの磯辺を襲ったのは、おまえか?」

 曽根は三白眼で千川を直視して、頷いた。

 静かに目黒は息を呑み、千川の背を見やった。千川は軽い口調でさらに続ける。

「麻宮を殺したのも?」

「俺じゃねぇよ」

「でも麻宮を動かしていたのはおまえだろ?」

 曽根が口元を歪めて笑う。

「あいつも後輩だったんだぜ、千川さん。借金を消す代わりに俺の下で、脅迫屋見習いとして働いてた」

「ユヅキの動画を撮ったのは趣味ではなく、初めから脅迫の材料としてということか?」

 戸惑いを抑えながら、目黒は訊ねた。曽根はなんでもないことのように首肯し、千川が肩をすくめる。

「軽々しく脅迫屋を増やしてなってもらっちゃ困るぞ、後輩」

「ハハッ、先輩。麻宮みたいな会社員でも、金で簡単に引き受けんだよ。だれでもだれかを脅してる社会じゃねぇか」

 一羽のカラスがゴミ捨て場に舞い降りた。目黒たちを気にもせず、袋をつついて破る。

「麻宮にユヅキを脅迫させた目的は?」

「さぁな」

「ここまで明かしておいて?」

 曽根は千川を指さす。

「不破のおっさんに可愛がられてる男だから。義理立てのサービスでしゃべってやったが、これ以上は無理だ」

 曽根は踵を返した。ここで煙に巻かれるのは歯がゆい。千川が両手を広げた。

「大方、ターゲットは福住正明だろ?」

 立ち去ろうとした曽根が立ち止まる。

「名取会の幹部が今、裁判の真っ最中だよね」

 目黒はハッとする。鴻上たちに逮捕された闇カジノの運営者だ。

「あの裁判の担当判事が福住正明だ」

 曽根がゆっくり振り返る。笑みは浮かべているが目は笑っていない。千川が続ける。

「身内を減刑させたい名取会は、判事に圧力をかけようとした。で、判事の娘であるユヅキに目をつけた。このご時世大っぴらに判事を脅すなんてできない。だからフリーの脅迫屋、おまえと麻宮に依頼した」

「かもしれねぇな」

「でも仕事が遅かったな。まともな脅迫ができてないじゃないの」

「麻宮が使えなかったせいだ。せっかくの動画を消されるなんてへまをした」

 挑発に乗り、曽根が口走る。が、内心で目黒は首を傾げた。

「ユヅキから手を引いてくれよ、後輩」

「無理だ。成功報酬もらわねぇと割にあわねぇよ」

 今度こそ曽根は歩き去っていった。ゴミを漁っていたカラスが後を追うように飛び立つ。


「人を殺したかもしれない脅迫屋と対面とは、リスクが高いことをするんだな」

目黒はいった。千川は微笑で応じる。

「もちろんリスクは承知だよ。リスだけに」

 そういってシャツの裾を引っ張る。今日のシャツは、リスだった。目黒は笑わない。

「何のためにおまえは動く? ユヅキや栃乙女から、成功報酬は見込めないのに」

 千川が目を細めて、試すように言った。

「存在だけでだれかを脅せる奴がいる。そんな奴らが横暴なとき、戦う術を持たない奴らは抗いようがない。不公平だろ? 俺はせめて、武器になってやるんだよ」

 持たざる者の武器。あるいは盾。この男はその役割のために自分が破壊されても、おそらく悔やまないのだろう。目黒はそう思った。

「それにしても、妙なことをいったな、あいつ。麻宮は動画を消されるへまをした、とか」

 千川がいった。

「ということは麻宮のスマホに、ユヅキの動画は残ってないってことになるが」

 スマホのロックは解除できないから確かめようがなかった。目黒は一つ閃き、いった。

「出禁になった麻宮が再度ユヅキに近づいたことには説明がつく。脅迫屋の仕事だったから、ミスを取り返すしかなかったんだ」

「確かに。……でも、いや変だろ。動画を消したとすれば『あいつ』だろうけど、そんなこと一言も……」

 その時、千川の携帯が鳴った。

「公衆電話からだ……。もしもし、どなた?」

『はぁ? うちに決まってんじゃん!』

栃乙女の叫びが聞こえた。千川は理不尽極まりないという顔をする。

「あのな、公衆電話ってのは……」

『ユヅキちゃんがいなくなっちゃった! 起きたらもういなくて』

「ユヅキが?」

 千川の表情が変わる。

『磯辺店長に会いに行ったっぽいの。ずっとメールしてて……。止めたんだけど』

「磯辺と、どこで会うって」

『そんなのわかんない! でもわかる!』

「「は?」」

 千川と目黒は同時に叫んだ。

『ユヅキちゃんのバッグにうちのスマホを入れといたの。追跡アプリを入れといたから、GPSで追いかけられる!』


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