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第二章 アンロック-脅迫屋チーム結成前夜- Chap.5

 目黒は帰宅しなかった。今夜は実家から宅配便が届く予定だったが、受け取れない。母親が送るのは野菜だ。不要だといっても、「うちで作ったのは新鮮だから」と送ってくる。

 目黒の実家は東京とは思えないほどの田舎町だった。

 ――ろくな父親じゃなさそうだな。

 千川が福住正明を評した言葉が脳裏で繰り返された。昔、目黒の父親もろくな父親ではなかった。母親も立派な母親ではなかった。過去は、両親の中では全て終わった話なのだろう。だが目黒の中ではまだ過去が続いているのだ。だから両親の想像も及ばない裏稼業を続けている。

 マナーモードにしていた携帯が鳴った。画面を見て目を見開く。昨日連絡先を交換したばかりのユヅキからだった。

「もしもし」

『目黒さんすいません、……今平気ですか?』

「……ああ。一人か? 栃乙女は?」

『隣で寝ちゃってます』

 外出しているわけではないようだ。

「どうかしたのか」

『あの……全然、勘違いだと思うんですけど……目黒さん、ママの友達ですか?』

 思わぬ図星に言葉をなくした。

『昨日、バイトの話で、私に「お母さんが心配する」っていったじゃないですか。お父さん、家族に全然興味ない人なんですけど、そのことを目黒さん知ってるなら、ママの知り合いかなって。違いますよね』

 アハハハ、とごまかすような笑い声。

 ユヅキは頭のいい子だ、という栃乙女の言葉を思い出した。本来、聡明な高校生なのだ。

「……言葉のあやだ」

『やっぱそうですよね。恥ずかしい! なんか、その……うち、お父さんが本当のお父さんじゃないっぽくて』

 携帯を一瞬、取り落しそうになる。

「そうなのか」

『親は隠してるんですけど、なんとなく。弟と私、たぶん違うんですよ、お父さん』

 ユヅキの勘は事実だと、目黒は知っていた。

 ユヅキ、いや満美の本当の父親は萬田玄。目黒に泥棒の技術を教えた男だった。

『どんなお父さんなのか知らないけど、今のお父さんよりは、マシかなぁ。だったらいいなぁって。私の体に、血が流れてるんだし』

「君は君だ」

 目黒はいった。

「だれの子であろうと、何者にでもなれる」

『優しいんですね、目黒さん』

 満美が洟をすすって、笑った。

『私って、人生を間違ってるんですよね?』

「答える権利は俺にはない。もう寝ろ」

『……はい。おやすみなさい』

 通話は終わった。

 マンションが立ち並ぶ路上に目黒はいた。無性に煙草が吸いたい欲求を我慢した。

 走馬燈のように、過去が頭の中を巡る。


 萬田に出会ったのは目黒が中学生の頃だ。あの頃、目黒は毎日殴られていた。父親に。

父は、警視庁勤務の警察官だった。機動隊の小隊長で、SATの選抜の声がかかるほど優秀な刑事だった。

 事故に遭うまでは。

 凶悪事件とはなんら関係ない、ありふれた車の追突事故だった。非番だった父は脚の靭帯を損傷し、後遺症が残った。

 もとより他人に尊大で、家庭では強権な父だった。機動隊のエリートとしての道を絶たれてなお警察官でい続けることは、プライドが許さなかったのだろう。警察を依願退職した。

性格の歪んだ父は、目黒に自らの果たせなかった野望を継がせようとした。

――俺の分まで強くなれ。俺の息子なら、俺よりも偉くなれる!

訓練と称し、目黒に近接格闘術を叩き込んだ。鬱憤や悔恨を息子の体に叩き込むように。目黒は庭先で汗と土と血にまみれた。

 れっきとした虐待だが、母も近所の住人も見てみぬふりをした。父は恐れられていたし、それ以上に尊敬されていたのだ。妹は物心がついておらず、目黒は全て引き受けるしかなかった。

 そんな日常の中に萬田が現れた。

 夕日が沈みかけた土手で、萬田は走っていた。彫りが深く浅黒い顔立ちで、髪は襟足より長く、眩しくなるほどの金髪。耳が大きかった。

 その日、萬田は柄の悪い二人組の男に追われ、全速力で逃げていた。一本道だった。学校帰りの目黒が驚いて立ち止まると、萬田はまっすぐ向かってきて「おまえ、邪魔だ!」と手を出してきた。だから反射的に手首を捻って倒した。

 追手の二人は「よくやった、ガキ」と笑い、転がった萬田を蹴り始めた。後で知ったが、追手の二人は悪徳金融の人間で、萬田は彼らの事務所の金庫から金を盗んだらしい。

三人を放置し、目黒は帰宅しようとした。

――助けろ!

 背中に叫び声を受けた。袋叩きにされている萬田が叫んだのだ。

――頼む、助けてくれたら、おまえの欲しいもんをやる! 約束する!

 これも後で知ったが、藁にすがる思いで、適当に吐いた言葉だったそうだ。

 目黒は萬田を助けた。気まぐれ、といってしまえばそれまでだ。だが、欲しい物をもらったことなど一度もない毎日で、不良じみた男の叫ぶ「約束」が光を放ったのだ。

 二人組を返り討ちにして、目黒は倒れていた萬田に手を差し伸べた。

――おまえ、強いな。

 鼻血を出しながら、子どものように目を輝かせた。目黒の方が子どもであるのに。

――俺は萬田。ここらじゃ有名な……

――欲しい物、くれる?

 目黒はいっていた。

 萬田は鼻血を拭って、取り繕うように笑った。

――あ、ああ、もちろん! 約束だからな。

 怪しい、とはすぐに直感した。しかし、うさん臭い萬田の笑みが、目黒にはなぜか心地よく、もっと話したいと思ったのだ。父に呪いをかけられるだけの道を、外れてみたかった。

 後日、萬田は手提げ型の金庫を持ってきた。

――欲しいものを手に入れる術を、教えてやる。

 得意げにいった。やはり詐欺に遭ったな、と落胆しつつも、目黒はピッキングツールを受け取り、気づけばレクチャーを受けていた。

――すげぇな! 才能があるぞ。

 と驚かれれば嬉しく、

――この程度に十二分もかけてんのか。まだまだだな、ガキ。

 と笑われれば意地になって鍵を開けた。次から次へ、様々な鍵を。自分の指先でロックが外れる瞬間は快感だった。

 萬田が自称だけではなく札付きのワルであることは知っていた。天涯孤独の身で高校は中退。窃盗や喧嘩の常習犯で、幾度か補導されていた。だが目黒から見れば、ただ鍵を開けるのが好きなだけの、寂しがりの男だった。

 萬田は「レクチャー」の報酬として、目黒に近接格闘を教えてくれと頼んできた。もとはといえば目黒が助けた報酬が「レクチャー」なので本末転倒だったが、二つ返事でOKした。教わるばかりでは対等になれない、と思ったからだ。父の虐待を、その時ばかりは感謝した。

 そんな関係を築き数か月した頃、萬田が恋をした。

 地元の名士の娘、日那子だった。


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