俺は弱すぎる....らしいが。
「ま、とりあえずベッドにでも座ってくれ。」
「わかったにゃ」
俺たちは俺が寝泊まりしている部屋のシングルベッドの上であぐらをかいて、向かい合う格好になった。
「まずね、右手を見せてもらいたいにゃ。」
「わかった。」
俺は右手に巻かれた布をとって、ノールに右腕を差し出した。ノールは両手でしっかりと俺の腕を持って、まじまじと観察している。肉球の感覚が気持ちいい。
「にゃにゃ!これは....にゃんと....んん?....」
驚いたそぶりを見せた後、ノールが首を傾げた。
「リュウイチ?これ自分で彫ったにゃ?」
「いや、そんなことはしていない。」
「にゃにゃ....それだとおかしいにゃあ...」
「何がだ?」
「弱すぎるにゃ。」
「なっ...!」
前世では強さを極めたつもりだったのだがな....その俺で弱すぎるというなら、異世界というのはなんと恐ろしい場所なのだ...!
「ああ。リュウイチがじゃないにゃ。加護のことにゃ。」
「加護?」
「この紋様を見るに、リュウイチは相当高位な神の加護を受けているにゃ。それこそ、お伽話でしか出てこないような、そんなレベルにゃ。そうなったら体から神々しさが漂ってたり、そんな風に、紋様を見なくてもパッとリュウイチを見ただけでそれとわかるはずだにゃ。」
「ふむ....」
そういえば創造神は、側近の神の加護を与えたとか言っていたな。
「それぐらいになると....もういろいろすごいことになるにゃ。曰く、単体で数多の国の連合軍に打ち勝った。曰く、1000年に一度と言われる天災を消滅させた。その力は並大抵の神では太刀打ちできないほどだ。とか、まあ、あくまでも伝説では、なんだけどにゃ。リュウイチはどこの教会に所属しているにゃ?」
「教会?俺はどこの教会にも属していないぞ?というか、無宗教だ。」
「にゃるほどねえ」
「どういうことだ?」
「簡単にいうと、信仰心が足らないにゃ。無宗教なら、仕方ないにゃ。むしろ信仰心ゼロなのに、常人を超えた力を発揮できるのはすごいにゃ。たまにそういうのがいるにゃ。山奥とかに生まれて、ろくな教育も受けてないもんだから、加護のことを知らないままその力を腐らせている人が。」
「神を崇めなければ、加護の力は得られないのか?」
「まあひたすら信心深くしているのも一つにゃ。でも大抵の加護持ちは、教会に所属して、魔人退治なんかの仕事をこなしているにゃ。そうすれば、自然に加護の力は強まっていくにゃ。」
「魔人とはなんだ?」
「そんなことも知らにゃいの?魔人ていうのは悪魔の加護を受けた人間にゃ。悪魔っていうのは神に仇なす大いなる邪悪、という風にされているにゃ。そいつらも、神の加護を受けた人間同様、凄まじい力を発揮するにゃ。」
「なるほどな....」
信仰心だなんて俺は持てそうにないし、そうなるとどこかの教会に所属しないと十全な力は発揮できないのか。
「リュウイチの凄まじい加護だと、武の神の中でも最上位の神を信仰する宗派の、総本山になる教会に所属するのが妥当にゃ。なんせ最上位の神の加護持ちなんて、伝説でしか知られていないぐらいだからにゃ。」
ノールはしみじみとした表情でウンウンと頷いている。
「教会というのはどこにあるんだ?」
「ここからだと....海路を経由するから....2年はかかるにゃ。それも莫大な金額が必要にゃ。一般人が一生働いても稼げないくらいの....」
「そんなにか....」
ふむ....それだとなぁ....あ、妙案が浮かんだ。
「加護持ちであることを明かせば、金銭面に関しては教会がなんとかしてくれないだろうか?」
「絶対によしたほうがいいにゃ。一度素性が割れると、悪魔の加護を持った奴が必ず命を狙いに来るにゃ。それも伝説級の加護持ちとなると、それはもう無茶苦茶強い魔人が襲いに来るはずにゃ。だから、加護持ちであることはそれまで秘密にしておくにゃ。今のままだったら、一瞬のうちに10回は殺されかねんぐらいにゃ。」
「なるほど...俺が高位の神の加護を持っているというのは、誰にでもわかってしまうものなのか?」
「いやぁ。加護の程度を見極めることができる人間は、ある程度限られてくるにゃあ。でも、やっぱり秘密にしておくに越したことはないにゃあ。」
そういえばマリアは俺が加護持ちであることぐらいしか、わかっていなかったみたいだったな。しかし、2年かかるのはいいとして、金はどう工面したものか....む?
「なぜノールは俺が高位の神の加護持ちだとわかるんだ?」
「それは、まあ。今は秘密にしておくにゃ。」
一瞬、ノールの表情が暗くなったように見えた。
「ところでリュウイチは、武闘大会にはもうエントリーしたかにゃ?」
「いや、まだだが。」
「じゃあ行って来るにゃ。場所はこの町の中央広場にゃ。どうせ場所、わかんないんでしょ?僕が案内してあげるにゃ。」
「ああ、すまない。恩に着る」
そうして俺たちは、再び宿をでて、中央広場に向かうことにした。
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また、賑やかな通りに出た。さっきよりも人通りが増えているようにも思えた。
「お腹減ったにゃ。酒場で腹ごしらえするつもりだったのに、誰かさんが騒ぎを起こしたせいでできなかったにゃ。とりあえずどこか適当なところで何か食べるにゃ。」
「さっきも言ったが俺は一文無しでな....」
「代金は僕が出してあげるにゃ。どうせリュウイチは優勝するにゃ。お金はそんときでいいにゃ。あ、あれがいいにゃ。」
そういってノールはある店舗を指差した。
「あそこの海鮮料理は絶品だにゃ。大会に出場する前に、うまいもんたべて、精をつけるにゃ。」
たくさんの人が並んでいる。かなり繁盛しているようだ。
「そうなのか。期待して待つことにするよ。」
「絶対優勝するんだよ。途中で負けたらパンチ喰らわせるにゃ。」
ノールはもふもふの手で軽くシャドウボクシングをして見せた。
「まあそれについては善処するよ。」
「大丈夫大丈夫。にゃ。弱すぎるって言ったけど、それは加護の程度に対してって意味だから、今でもリュウイチにはそんじょそこらの加護持ちじゃ敵わないぐらいの力はあるはずだにゃ。」
「本当か?」
「多分。」
「多分か。」
俺たちは列に並んだ。なるほど、海鮮料理が絶品というのは本当らしい。海鮮の良い匂いが漂ってきて、唾液がこみ上げてきた。俺の胃袋は激しく運動を始め、音が鳴り止まなくなった。
「リュウイチ。お腹が空いてるのはわかるけど、もうちょっと静かにできないかにゃ?」
「こればっかりはしょうがない。にゃ。」
「あ、僕の真似して!バカにしてるのかにゃ?」
「そんなことないにゃ。」
「猫パンチ喰らわせるにゃ?」
「お手柔らかに頼む」
むしろされてみたい気もする。
そんな風にたわいもないことを話していると、徐々に行列も短くなってきた。そろそろ俺たちも店に入れるだろう。楽しみだな。なんたって魚介にうるさそうな、猫のお墨付きだからな。