ルミナスは、目を見開く
「それじゃあ、森に行こうか。ネックレス探ししよう。」
アクア様がまるで宝探しをするようなノリで話すので、私は目が点になる。
「そうね。まずは城から出ましょう。そうだわ…移動するなら、アクアの魔法が便利よね。」
「そうじゃな…」
二人も賛同したことから、私達は部屋を出て城内を歩いた。城内を歩きながら私はイアンを探したけど…姿は見えなかった。マナと同じエプロンを付けた人とすれ違ったけど、アクア様達の姿を見ると慌てた様子で走っていったから、もしかしたら陛下に知らせにいったのかも。
「ルミナス。僕の魔法をちゃんと見てるんだよ。」
アクア様が、片膝を地面に付いたまま顔を振り向かせて、後ろに立つ私に声をかけた。リゼ様とフラム様は、私の両隣に立っている。
今私達四人は城の外…城の出入り口の側いる。
昨夜民達に語りかけた場所でもある。
近くにいた隊の人が頭を軽く下げ、城の外に出てきた私達が何かすると察したのか、息を凝らしてこちらを見つめていた。
昨夜の事があったし、足元の地面が動くのは予想していたけど……
「あ、アクア様! 手すり! 手すりを付けてください!」
「え? なにー?」
「ルミナスちゃん、大丈夫?」
「儂の杖に掴まるのじゃ…」
アクア様は前だけ見ていて、後ろを振り向かない。
リゼ様は私に手を差し伸べてくれて、フラム様は杖の先端を私に向けている。
私は両膝と両手を地面に付け、前屈みになりながらプルプルと震えていた。
足元の地面が動いたと思ったら、体が斜めになって土の道が森のある方を目指して向かっていった。それが移動式だから怖いのだ。エレベーターを少し速くした位の速度だけど、昨夜とは違い街並みが上からハッキリと見えるのが怖い。壁を越えるためにか、高さもある。横幅は三人分位で、フラム様とリゼ様の足元はギリギリだ。二人が微動だにしないのが不思議に思う。慣れているのだろうか…。
―――アクア様!……ッ手すり!
両手を付いたままギュッと瞳を閉じて、アクア様の姿と手すりをイメージする……
「…ん? ルミナス、魔法行使したの?」
「凄いわ、ルミナスちゃん。」
「流石じゃのう…」
私は「…はい」と弱々しい声で返事しながら、瞳を開ける。私の前には、土の手すりが胸の高さに出来ていた。土の柵を手で伝いながら立ち上がった私は、手すりにしっかりと両手で掴まり、ふーっと息を吐く。リゼ様とフラム様も私の様子を見て、もう大丈夫と判断したのか前に顔を向けた。
……あれ? 幌馬車が少なくなってる…?
下を見る余裕が出来た私は、門がある上を通過する時に森と町との間に数十台あった馬車が、数台しか残っていない事に気付いた。どこかに移動したのかもしれない。塔にいる見張り番の人が、私達に向かって頭を下げていたので、私は軽く手を振っておく。
グラウス王国の民達は数々の魔法を目にして、慣れてきているように見えるけど…
他国で魔法を行使したら…大騒ぎになるんだろうな。
「木があるから、道を細くするねー。」
リゼ様とフラム様が、私の前と後ろに移動して土の道が狭まり、一人分の横幅になる。
土の道がゆっくりと木々の合間を通り、地面と繋がった。全員が地に足を付けると、土の道はアクア様が元の土に還し、私は辺りに広がる草木に視線を向ける。部屋で魔力感知をした時と、今いる場所が同じか…見ても分からなかった。でもアクア様には大雑把にしか告げていないのに、ここに降りたから、アクア様も魔力感知をして場所を把握していたのだろう。
風で葉の擦れる音と、鳥の鳴き声が私の耳に入る。
枷が付いたまま森で目を覚ました時は、前世の記憶が戻ったばかりで戸惑いや恐怖…様々な感情を抱いていたけど……今は、とても穏やかな気持ちでいられた。
「……ルミナスさん?」
聞き慣れた声がして、私は声の出所を探す。
右前方……木の枝の上に立つ、イアンの姿を見つけた。金の瞳が私を見下ろしながら、瞬きを繰り返している。胸当ては付けていなく、ベルトには片方に長剣を、もう片方には短剣と袋を腰に下げて……
……ん??
「イアン!ネックレス持ってるんですか!?」
袋から黒い光が見えた。なんでイアンが?昨日は見えなかったのに…そう疑問に思っていると、イアンが枝から降りて私の方まで歩み寄ってきた。
アクア様達に向けて軽く頭を下げたイアンは、袋から取り出した物…ネックレスを私へと手渡す。
「ネックレスはトウヤが持っていたんだ。…アイツ袋に入れたまま、城に届けるのを忘れてたらしい。」
ため息混じりに話したイアンの言葉を聞いた私は、拾ったのは隊の人かと思ってたけど…トウヤとシンヤの姿があった事を思い出す。
……イアンは、ネックレスをずっと探してくれていたのかな?
「トウヤも近くにいるんですか?」
「いや、トウヤとシンヤは二人で狩りをしていたんだけど、さっき町に戻るって別れたんだ。」
もしかしたら、トウヤとシンヤとはすれ違っていたかもしれない。忘れてたとしても、拾ってくれたトウヤには後でお礼を言おう。
「早く見つかったね。」
「ルミナスちゃんに…正直ソレは付けてほしくないわ。」
「魔力が込められてる物は、壊せないしのう…」
三人の声が私の横から聞こえてきた。イアンと向かい合わせになっていた私は、体を横に向けて、アクア様達と向かい合わせになる。
「代々ファブール王国の女王は指輪と共に、このネックレスも守ってきたなら…わたくしは、これから肌身離さずネックレスを付けます。」
一度落としてしまったけど…。
このネックレスにはリヒト様の想いと、二人の思い出が詰まっている。これからは指輪同様に、もっと大事にしようと私は思っていた。
「…ルミエールには…ネックレスを守れとは言わなかったのだがのぉ…」
フラム様が俯きながら、少し沈んだ声で呟いた。
「ルミエール…?」私が疑問に思って、名前を口にすると「ルミエールは、初代女王の名よ。」とリゼ様が教えてくれた。なんだか私と名前が似ている。
「初代…ルミエール女王は、皆様がお育てになったのですよね? 」
「そうね。魔力をもっていたから、人間に任せるのは躊躇したのよ。…三人で人間のフリをしながら子育ては、大変だったわ。」
リゼ様が何か思い出しているのか、口元に手を当ててふふっと笑っている。「フラム爺は子供がいたくせに、ぜーんぜん役に立たなかったしね。」とアクア様が横目でフラム様を見ながら言って、フラム様は無言のまま、自身の髭を撫でていた。
「フラム様…お子様がいらっしゃったのですか?」
「そうみたいだよ。フラム爺は若い頃、普通の人間として暮らしていたみたい。フラム爺が魔法を扱うようになったのは、子を成した後だったみたいだし…子どもは魔力をもたなかったみたいだけど。ルミエールと共にいる間、僕達三人は色々とお互いの事を話してね。僕もその時に聞いて驚いたよ。…もしかしたら、サンカレアス王国には、フラム爺の子孫がいるかもね。」
アクア様の言葉を聞いた私は、ガルバス騎士団長の姿を思い浮かべる。フラム様と同じ赤髪と赤い瞳なのは、サンカレアス王国で私の知ってる限り一人しかいなかったからだ。でもフラム様の子供の代から、かなりの年月が経っているだろうし…確かめる術もないけど。
「ルミナスちゃんと一緒にいると、ルミエールと過ごした日々を思い出すわ。」
「そうだね。リヒトにも…ルミナスと会ってもらいたいな。」
リゼ様が優しげな眼差しを私に向けながら話して、アクア様は伏し目がちに、少し悲しげな表情をしていた。フラム様は黙ったまま私を見つめている。
長い年月を生きていた三人は、リヒト様に対する想いは、それぞれ違うように私は感じるけど…。
……リヒト様…貴方は、いつまで閉じこもっているつもりですか。アクア様達の声を無視して……。
アクア様は、リヒト様と仲が良かったと……閉じこもったリヒト様に何度も話しかけたと言っていた。
私はペンダントを手の中で握り締め、強く想う。
外に出てきてほしいと……
「……っ…何、してんだ…リヒト……」
アクア様が唇を震わせ私…いや、私の腰に下げている袋を見据えていた。
「リヒトは、もう出てこないつもりね。」
「…そのようじゃな…。」
リゼ様がフゥ…とため息を吐き、フラム様が難しい表情をしていた。二人とも目線はアクア様と同じのように見える。私が三人の様子に戸惑いを感じていると、私の隣に立っているイアンが「…どうか、されましたか…?」と躊躇しながらも尋ねた。
「ルミナスちゃん、袋から指輪を出してみて。」
「……はい。」
アクア様は固く口を結んでいた。私はリゼ様に言われた通り、リヒト様の魔力が込められた指輪を取り出そうと、袋に視線を移して……驚きに目を見開く。
「………色が……無くなってる……?」
恐る恐る袋の中から…指輪を取り出す。
指輪に付いた宝石は……色が無くなっていた。




