ルミナスは、語りかける
……落ち着いて。冷静に……あのネックレスは、リヒト様の魔力が込められている。今まで身につけていたから意識してなかったけど、魔力感知をすれば何処にあるか、すぐ分かるんだ。
城内を歩いている内に、冷静になってきた私は魔力感知を行う。…すると、私の近くに大きな魔力が三つと、指輪の反応が一つ。街の中にネックレスであろう魔力の反応を一つ見つけた。
大きな魔力はアクア様達で、指輪は陛下だ。街の中は……私が魔力を戻したあの場には隊の人もいたし、きっとネックレスを誰かが拾ってくれたんだろう。……よし!今すぐ探しに…
「―――さん、ルミナスさん?」
ハッとして私は、集中するために閉じていた瞳を開ける。すぐ目の前にイアンが立っていた。どうやら私は、城の出入り口まで来ていたようだ。ライラ王女が手を離してくれていたのは気づいていたけど…ネックレスの事ばかり考えていた。
「すみません、少し考え事をしてました。」
「そう…アクア様達も、もう来てるから。母上とライラも先に外に出たし……一緒に行こう。」
イアンに手を差し伸べられたけど、私はネックレスを探しに行く事を伝えようとし……
「ルミナス〜早くおいでよ。」
アクア様が外から顔を覗かせて、声をかけてきた。「ほら、皆が待ってる」イアンにグイッと手を掴まれ、私は城の外に連れてかれる。
「あ、あの! 大変なんです!私…ネックレスを落としてしまって…」
「そうね。確かに落ちていたわ。」
「…そうじゃな…。あのまま朽ちてしまえば良いのにのう…。」
城の外に出ると、リゼ様とフラム様がいた。アクア様も「ね〜」と二人の言葉に同意を示している。アクア様達は、私がネックレスを落としていた事に、気付いていたようだ。
……なんで誰も拾ってくれなかったんだろう…。
いや、落とした自分が悪い。
「ルミナス嬢、皆に君を紹介したい。君はこの国を救ってくれた英雄なのだからな。」
「え…」
陛下が私に話しかけてきて、穏やかな笑みを浮かべている。陛下の両隣には、ミルフィー王妃とライラ王女…その後ろにサリシア王女も共にいた。松明の火のおかげで、皆の姿がよく見える。
「父上…民達に、どうやってルミナスさんを紹介するんですか? …まさか…ルミナスさんを歩かせる気じゃないですよね?」
私の隣に立つイアンが、怪訝な表情をしながら陛下に尋ねた。
「民達は皆、城から門までの道なりに集まっている。道の途中に簡単な台を作らせたから、そこで紹介するつもりだ。後は道なりを歩いて回ろうと思っている。イアンが抱き上げて行けば、ルミナス嬢の負担は無いと思ったのだが……どうだろうか?」
陛下が少し不安げな様子で、私に伺うような視線を向けてくる。
………それだけで宴が終わってしまう気がする。
でも、街中を歩きながらネックレスの行方を探せると考えた私は、了承しようと口を開こうとして……
「ルミナスちゃんの可愛い顔を、見せ物のように晒して歩き回る必要は無いわ。名前だけ知ってもらえば良いでしょう。」
「…むぅ…。なんとも効率の悪い考えじゃ…」
「う〜ん。ちょっとねー。」
アクア様達からのダメ出しに「さ、左様でございますか…」と陛下が動揺したような声を出した。
「わたくしは、ネックレスを探しますから…それで構わ」
「ルミナス、ネックレスは別に急ぐことないよ。街の中にあるんだし…レオドル、僕達が協力してあげるから…さっさと済ましちゃいなよ。」
私の言葉を遮り、アクア様がリゼ様とフラム様に目配せをした。アクア様も、私と同じように魔力感知をしたのか、ネックレスの行方は把握しているようだ。
「ルミナスちゃん、私が風で声を運んであげるわ。」
「…儂は灯りかのう…」
「僕は台を作るよ。レオドルとルミナスから、皆離れてねー。」
私は今の状況に付いていけてなかったけど、周りにいる人たちは、私や陛下から距離を取る。
…あ、イアンは隣にいてくれてた。
アクア様が地面に手を付くと、足元の地面が動いたように感じた瞬間……グンッ!と私の視界が一気に高くなる。
―――た、高ッ! 怖ッ…!!
体がグラリと揺れそうになったけど、イアンがさり気なく私の腰に手を回して、支えてくれていた。
ピタリと視界が固定される。
アクア様の台作りは終わったようだ。止まった事で落ちついた私は周りを見る。私とイアンの立っていた足元の地面と、私達の隣にいる陛下の地面がそれぞれ高く上がり、まるで塔が二つ建ったようだ。
……灯りが綺麗…。
城から門までの道なりに突き立てられた、松明の火の灯りがよく見える。こちらから民達の顔は見えないけど、皆きっと驚いているだろう。
私の周囲が明るくなったと思ったら、顔の大きさ位の火の玉が、私達の周りをグルリと囲うように、いくつも現れた。これはフラム様の魔法だろう。
「民達よ。 私はレオドル・フェイ・グラウスである。 此度の争いで傷つけられた者達、また戦った者達、皆が無事な事に心から嬉しく思う。人間を憎む者も多かろう…しかし、我々を救ってくれた者も、また人間である。その者の偉大な力を皆が目にした筈だ。我々を守り、癒してくれた光を…私は国を救ってくれた英雄である、ルミナスを皆に紹介したい。」
陛下が民達に向けて語りかける。その声は、決して大声ではない。けれど…声がよく通り、端にいる人たちにも聞こえているように感じた。きっとリゼ様の魔法だろう。
陛下が私を指し示すように、こちらに向かって腕を伸ばす。
下にいる民達が、騒ついてるように思えた。皆の視線が私に集中しているように感じて、思わずゴクリと唾を飲む。
「ルミナスさん、民達に名乗って…。ルミナスさんの想いを、そのまま伝えたら良いよ。」
「はい…」
イアンが腰に手を回したまま、私に囁きかけた。
「……わたくしは、ルミナス・リト・ファブール。グラウス王国の民達……わたし……私は!…まだあなた方と触れ合えていません! 言葉を交わしていません! 皆さんに、傷ついてほしくなかった… 笑顔でいてほしかった…! 私には特別な力があります。けれど…私は皆さんと、距離を置かれたくはありません! 私は…ッこの国が、大好きです!! 皆さんと友人になりたいですッ!!」
一気に民達へ向けて語りかけた私は、はぁ…と息を吐く。落ち着いて話そうと思っていたのに…想いを伝えようとしたら、つい…感情的になってしまった。まるで子供のような語り口調に、自分が情けなく感じる。
シン…と辺りが静まり返って……
突如、空気を裂くような大歓声が沸き起こった。
火が揺らめき、声が私の元まで伝わってくる。私の名を呼ぶ声が聞こえてくる。
私の拙い言葉に応えてくれたようで、嬉しさのあまり目に熱いものが込み上げてきた。
「民達よ!今夜は争いを退け、皆が無事でいること…そして、我らが友人であるルミナスを称えて大いに祝おう!」
陛下の言葉に、収まりかけていた歓声が再び上がる。
宴の始まりだ。




