ルミナスは葛藤し、涙腺が崩壊する
イアン王子に背負ってもらいながら、森の中を駆けていく。私を背負っているのに、走るスピードがとても速い。
ライラ王女も小さいのにイアン王子について走ってきていて、二人とも休憩もとらずに走り続けているのに疲れた様子も一切ないし…。
獣人の身体能力は本当に高いんだな、と感心した。
背中に捕まる時に鎖をどうしよう…と思ったが、剣で断ち切ってくれた。イアン王子は枷はさすがに俺には無理だから国に帰ったら外そう、と言ってくれたけど枷同士で繋がっていた鎖が取れただけで、手足を動かすのが大分楽になった。
鎖が枷からぶら下がった状態でじゃらじゃら音が鳴るけども。
そして、走りながらもイアン王子は私の質問に答えてくれた。
サンカレアス王国とグラウス王国の間には山々が連なっている。お互いの国で交流は少なく、木を切って馬車が一台通れるような道はあるが、ちゃんと舗装された整備してある道ではなくて獣道を少し広げたような感じだ。そのため行き来をするとなると、かなり大変である。…前世の時代だったらトンネルを通せば…となるけども、この世界には機械も無いしトンネルを作る知識も無いのだ。
そして私たちがいたのは、グラウス王国寄りにある山の中だった。
……なぜ私はこんな所にいるんだろう。
イアン王子にも、なぜこんな所に一人で?と聞かれたけど、戸惑う私の様子をみて質問するのをやめてくれた。
イアン王子は狩りに出てきていて、ライラ王女は一人でこっそり後をつけて来てる所を連れ去られたらしい。
とりあえず話はまた国に行ってから、ゆっくり話そうということになった。
…それにしても……。
ルミナスはイアンに振り落とされないように、しっかりと捕まった腕の力を緩める。
ルミナスは今葛藤していた。
……さ、触りたい!!
変態発言である。
いや、ルミナスが思ってるのは体を、というわけではない。ルミナスが触りたがっているのはイアンの頭に付いてる耳だ。頭の上でピコピコと動く様子に目線を離せないでいる。
前世では実家で猫を飼っていた。しかし社会人になり一人暮らしで住んでいた所はペット禁止だった為、動物好きな薫は飢えていた。
そう、モフモフに。
今、手の届く所に……!
ルミナスの頭の中は猫耳一色に染まりつつあった。
…ちょっとだけ、ちょん…って触るだけなら…。
片方の腕をイアンから離し、なんとか頭の上に付いてる猫耳に手を伸ばす。
「どわぁ!?」
触った瞬間イアンが奇声をあげて急停止した。
「――ッいきなり何するんだよ!」
ガバッと顔をルミナスの方に振り向き怒っている。
怒りのせいなのか顔が真っ赤だ。
「ご、ごめんなさい。ちょっと…ほんの少しだけ触らせてほしいの!」耳がダメなら尻尾…!と食い下がろうとするルミナスにイアンは諦めたのか、
「尻尾はぜーったいにダメだからな!……本当に少しだぞ…。」
はぁ…、とため息をつき前に向き直る。
「はい、ありがとうございます!」
許可をもらった!そしたら少しだけ…そうルミナスは思ったが… 。
恐る恐る触っていた手つきは、どんどんと激しくなる。
ちょ…ばか、おまっ…っ!とイアンは抗議するがルミナスの手は止まらない。
本気で怒ろうと、イアンが声をかけようとし…
「――っうぅ…っうえ…。ひ…ヒカル〜。」
…と、突然ルミナスの手が止まり泣き始めた。
『ヒカル』というのは前世で薫が実家で飼っていた猫の名前だ。真っ黒な毛色をしたその猫は、実家にいる時いつも一緒だった。
学校でうまくいかない時はヒカルに愚痴を聞いてもらった。毎日夜一緒に寝ていた。
でも…高校生の頃に亡くなってしまった。
小さい頃から一緒で、寿命だったのは分かっていたけど…悲しくて悲しくて毎日夜に泣いていた。
イアンの黒い毛色の耳を触っているうちに、ヒカルと過ごしてきた日々の記憶を思い出してしまったのだ。
…それと、ずっと緊張の連続で気が張っていたのもあるのだろう。
ルミナスは涙腺が崩壊したかのように、目から止めどなく涙が溢れている。
「お兄さまー?どうかしたんですかー?」
先を進んでいたライラが、二人が来ないことに気づき止まって声をかけてきた。
「……とりあえず出発するから、しっかり捕まって。」
イアンの言葉に、腕をギュッと力をこめて首にまわし、二人は再び進んでいく。