ルミナスは、愕然とする
「ひょわッ!?」
真っ直ぐに立つことが出来ずに、グラリと後ろに体が傾く。イアンと繋いでいた手が離れて、一瞬の浮遊感に私は背中に痛みが……
こなかった。
「…… だい、じょうぶ、れすか?」
「……え?」
背中辺りから、モゴモゴと聞き取りづらい声がした。私の腰には背後から腕が回されていて…その腕がプルプルと震えていた。後ろにもたれかかる私を、支えてくれているようだった。
「ご、ごめんなさい! ナハト王子!」
「いえ…お怪我はないでしょうか?」
慌てて体重を前に傾けて、私はフードを外して顔を振り向かせた。ナハト王子が涙目になってる!重かったよね!体痛めなかったかな!?
私は急いでナハト王子から降りて、地面に足をつけて立ち上がる。
「頭は? 首は大丈夫? 今治すから…」
「ルミナス様!? えっ、あの…」
ナハト王子の頭に手を当てながら魔法を行使した。私の体重のせいで怪我していたら、シャレにならない。良くなれー治れー。
ナハト王子が目を瞬かせながら私を見つめ、包まれていた淡い光が消える。よし、これで大丈夫だ。
私は安堵の笑みを浮かべながら、手をそっと離した。
「ルミナス〜…。チビから離れないと、イアンが嫉妬でどうにかなっちゃうよー。」
「はっ!? ちが…ッ!俺は別に…ッ!」
一息ついた私は周りを見る。どうやらアクア様の前…テーブルの上に私とイアンは瞬間移動してきたようだ。きっとテーブルの端だったのか、私は足を踏み外し後ろに倒れたのだろう。イアンはいつのまにか、椅子に座るナハト王子の後ろに立っていた。
そして後方に馬車が一台止まっていて、ゼルバが立っている。私が見たからなのか、ゼルバは頭を軽く下げてきた。
……瞬間移動に頼るのは、もうやめようかな…。
そんな考えが頭を過る。思い浮かべた人の前に出れるのは良いけど、相手先も考慮しないと本当にダメだ。楽しちゃダメだね。
「…指輪をサンカレアスに置いてきたのじゃな?」
「はい、フラム様。サンカレアス王国の国王陛下に、渡して参りました。」
椅子に座るナハト王子の側に立ったまま、私は背筋を伸ばし、フラム様の問いかけに答える。
「ルミナスちゃん、疲れてない? ねぇ、アクア…」
「はいはい。僕は家具作りが得意だからねぇ〜。作り変えるから、皆少し離れてよ。」
椅子に座っていた全員が立ち上がり、私とイアンも離れた。
……そういえばナハト王子…私のことルミナス『様』って……私がいない間に、何か言われたのかな?
少し気になったけど、目の前でアクア様が地面に手をついて、魔法を行使する姿が視界に入る。
先ほどまではアクア様達と対面する形で椅子と四角いテーブルがあったけど、丸いテーブルに作り変えて、囲うようにして椅子を七脚作り出した。テーブルの上には、それぞれの椅子がある位置に、コップが七個用意されている。
アクア様達が椅子に腰を下ろし、私の隣の椅子にはイアンが座った。
「フラム爺ー」
「むぅ…」
全員が座ったのを見たアクア様が呼びかけるけど、フラム様は唸るような声を出して髭を撫でていた。
「ルミナスは喉が渇いてるよ。フラム爺の火は、美味しいお湯が出来るから喜ぶよ〜。」
アクア様が楽しげに笑みを浮かべ、フラム様はチラリと私に視線を向けた。お湯に美味しいとか、味の違いなんてあるのかな…と内心疑問に思ったけど。果実酒を飲んできたとは言いづらく…ニコリと微笑んで私は誤魔化す。
フラム様はバッと上に手を上げ……
火柱が上がった。
「フラム爺、そんなにいらないよー」とアクア様に文句を言われて、シュンと火は小さくなったけど。
「あ、私クッキーもらったんです。少しですけど…」
「 まぁ、頂きたいわ。」
食い気味にリゼ様が反応した。声のトーンが若干高くなったから、もしかしたら甘いものが好きなのかもしれない。袋からクッキーを取り出した私は、席を立ち一枚ずつ皆に配る。ナハト王子は遠慮していたけど「みんな平等です!」と言って私が押し付けたら、「平等…良い、言葉ですね。」とキラキラとした瞳で私を見つめながら受け取っていた。
余りはリゼ様に渡す。
やっぱり甘いものが好きみたいだ。「あら…ルミナスちゃんに、誘惑されちゃったわ…」とリゼ様がクッキーを受け取りながら妖艶な笑みを浮かべて、ドキリとする。してません! クッキーで…いや、リゼ様がどの位自分の空間に閉じこもっていたか知らないけど、甘い物に飢えていたのかもしれない。
私も席に座り一口かじる。サクッとした食感と口の中に甘みが広がった。砂糖をたっぷり入れてるのか、少し甘すぎのように感じたけど…糖分を欲していた私は口元が自然と緩んだ。
「…ルミナスさん、俺の分も食べていい。」
「……え?」
イアンが腕をズイッ…と伸ばして、私の口元にクッキーをもってきた。え? え? これは…直接食べろと?イアンは俯いていて、私を見ていない。この世界に、あ〜ん…をする習慣はあるのだろうか…
いや、しないよ! アクア様がなんかニヤニヤしてこっちを見てるよ! 気づいてイアン!
私は手で受け取り、お礼を言って自分の手で口に運んだ。イアンは私が食べてる姿を見て、とろけるような笑みを浮かべている。
……クッキーの味が吹き飛んだよ。
その笑顔の方が何倍も私には甘いです。
袋の中に白パンがあるけど…一つしかないし、後でイアンにあげよう。コップを手に持ち、ゆっくりと口に含む。
とても和やかな雰囲気に感じる……けどなぁ…
私はテーブルにコップを置くと、左右に顔を向けた。左側には穴があってギル騎士団長がいたはずだ。土で蓋をしたのか穴がなく、どこにいるか分からない。右側にはオルウェン王が枷をつけられて、気絶して倒れてた。その場所は土がドーム状に盛り上がっていて、オルウェン王の姿は見えない。…まるで二人とも埋葬したように見える。
もしかして、私は間に合わなかったのかな?
いつ話を切り出すべきか、私は迷っていた。和やかな雰囲気を自分から壊すのは嫌だし、埋葬したならそれでも別に構わない。生きたまま埋めたのかもしれないけど。
「気になる? 」
「はい…。」
アクア様がテーブルに両肘をついて、頬杖をつきながら私を見つめる。
「ルミナスが戻ってくる、少し前かな…穴の奴は口を塞いでいた布が外れたみたいで、呻き声が煩わしくて穴を塞いだんだよ。」
「アイツ…まだ生きてるのか…」
アクア様の言葉に、イアンが冷たい声で呟いた。
先ほどの笑顔が幻だったようだ。今は険しい表情をして穴があった付近を見つめていた。私も緩んでいた気持ちを引き締めて、アクア様の言葉に耳を傾ける。
「そっちの奴は土を固くして覆ったけど…起きたら暴れて出てくるよ。」
私は再び右側に顔を向ける。土は簡単に崩れそうには見えない。強度は触ってないから分からないけど、サリシア王女なら、楽勝で出てきそうだ。果たしてオルウェン王にそんな力があるのかな? 枷をつけられてるし、腕力がありそうには見えなかったけど。
「まぁ…後で分かるよ。…サリシア、戻ってきたみたいだね。」アクア様が町の方に顔を向ける。
川を飛び越えてこちらに歩いてきたサリシア王女は、椅子に座る陛下の側に立った。
私にチラリと視線を向けたサリシア王女は、陛下になにやら囁きかけている。
「…眠らせて運んだのか?」と陛下は少し動揺した様子で、サリシア王女は無言で頷いていた。
どうしたのか私は気になったけど……
陛下が口元に手をやり、咳払いをして「サリシア、町の方はどうなってる?」と再び問いかける。
「民達は落ち着きを取り戻しています。皆が無事な事を祝って、今夜は宴をする事になり、隊の者達は塔と壁に残らせましたが、村人と町の住民総出で今準備をしています。」
陛下は穏やかな表情で相槌をうち、私も『宴』の言葉に反応する。
……宴って何するんだろう? 皆でお祝いかぁ〜…
さっきのサリシア王女と陛下の内緒話は、私の頭から消えて、宴のことを考えていると……
バギィッ………
オルウェン王を覆っていた土にヒビが入った。
「起きたみたいだね。」
「風で切り裂きましょう。」
「儂一人でも十分じゃ…。」
アクア様、リゼ様、フラム様が椅子から立ち上がる。
覆っている土の全体にヒビが数カ所入り…ドガァッ!と何かが勢いよくぶつかる音が外に漏れる。
中で闇雲に暴れているようだった。
土がボロボロと剥がれ落ちて、その姿が見え……
私は愕然とする
ソレは人ではなかった。




